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第17話 非常事態

 赤みを帯びた四角い大理石のテーブル。

 その上に並べられた食事の多さにルフは驚く。

 それは隣に居るソプテスカも同じようで、眉間を抑えて「あちゃー」と呟いている。


「まぁ、座るがよい」


 王に促され、目の前の席に座る。

 腰が深く沈んだことから、きっと高価な品だと勝手に想像した。

 正面には国王。ソプテスカが二人の間に座った。


「そうだ。知っておるか? お主の祖国から冒険者が来る。ギルドが増援を依頼したらしい」


 ルフはそんなことは初耳だと驚いた。

 確かに自分の祖国である人魚に国にはギルド本部があり、駆け出しからベテランまで幅広く冒険者が居る。

 魔物狩りの依頼を出せば、ある程度の数を集めることは問題ではない。


 問題なのは、そうしなければならないほど、竜の国で魔物が発生している事態だ。

 ルフは目の前の食事にありつかずに、ジッと王を見つめる。


「国王は戦わないのですか?」


「必要ならそうする。しかし、ギルドが対応してくれているのだ。我の出番ではない」


「父上。最近は魔物が活発化しており、対応が遅れると取り返しのつかないことになるかもしれません」


 ソプテスカが身を乗り出し、神妙な面持ちで父である国王を説得している。

 しかし、国王はそれを笑い飛ばし、食事を続けた。


「ハッハッハ! 大丈夫だ! 我のカンがそう告げておる! それに……噂を確かめるいい機会ではないか」


 王の放つ雰囲気が変わる。

 先ほどまでのフランクな雰囲気ではなく、ピンと張りつめた重い空気。

 ルフは自分の呼吸が浅くなるのを確実に感じた。


「噂と言いますと?」


「神獣の子……それが味方なのかどうか」


 王がニッと口端を吊り上げる。

 この人も神獣の子を探している?


「父上。仮に実在しているとして、どうするおつもりですか?」


「ソプテスカよ。我はゴーレムを殺した冒険者が神獣の子ではないかと思っておる」


 そのまま王は説明してくれた。

 まずゴーレム殺しを行える冒険者はこの国では限りなく少ない。

 それを一人で撃破する力を持っているのが一つ。


 目撃情報から、その冒険者は火属性の魔法に特化しており、未だに姿を現さない者。

 報酬を用意すると言っているのに、姿を見せないのは見せるとマズいから。

 その理由はその者が今噂の神獣の子であるからだと。


「神獣などおとぎ話です。ましてやそれの子供が人間だなんて。嘘もひどいです」


 ルフが鼻で笑い言う。

 神獣の子など噂に過ぎない。目立ちたい冒険者が言った嘘だ。


「しかし、仮に居るとしたら……彼らは味方だろうか?」


 今度は王がルフをジッと見つめる。

 鋭い視線が身体に突き刺さり、背中へと抜けていく。


「敵……だと?」


「それが分からないから困っておる。仮に味方にしてみよう。その国は間違いなく他国よりも優位に立てる」


「待ってください、父上! 戦争を始める気ですか!?」


 ソプテスカが机を叩き立ち上がる。

 国家間の戦争は長い間行われていない。

 理由は色々とあるが……


「戦争をするつもりはない。ただ、この絶妙なパワーバランスで成り立っている五か国の関係には、大きすぎる不確定要素なのだ。神獣の子は……」


 そう。一番の理由は五か国の力関係のバランスが、今の状態で成り立っていること。

 またお互いに少しとは言え、恩恵を受けている関係柄、勝手な行動は出来ない。

 その中で勝手な行動をとれば、孤立した国は魔物と他国との対応に追われ滅ぶだろう。

 魔物の対処に苦戦しないためにも、他国との協力は必要不可欠で、その為のギルドである。


 神獣の子が規格外の力を有している保証はない。

 それでも、神獣の子を手に入れた事実は、少なくとも交渉のカードにはなる。


「神獣の子が敵だった時は?」


 ルフの問いに王はニヤリと笑う。


「この国の理念は『共存』だ。共に生きられる道はないかと探す」


「向こうにその気がなかったら?」


「受け入れよう。我らの神獣がそう判断を下したのであれば」


 やっぱり、この国の者は変わっているとルフは思った。

 人魚の国ならきっと戦う。自分たちの平和を守る為に。

 それとも、武力で解決しようとする自分は、この国の者から見たら変わっているのだろうか。

 それぞれの国の価値観はお互いの摩擦となり、一度五か国を一つに纏めようとした際には邪魔にしかならなかった。


 普遍的な価値観と相互理解。それはどの時代でも実現されていない。

 もしも神獣の子らが敵に回れば、五か国は手を取り合うのか。

 団結するのだろうか。ルフはふとそんなことを思った。

















 ギルド本部から魔物討伐に慣れた冒険者が到達するのは、明日の予定らしい。

 ゴーレムが出現して以降、竜の国のギルドは本部から冒険者の派遣を要請していたようだ。

 つまり俺たちの役目は一日だけ、魔物たちの動きを観察すること。


 王都から少し離れた平原に陣取っている俺たちからも、ゴブリンたちの茶色い塊とそれをなぎ倒す大きな人型魔物の姿が見える。

 ゴブリンと戦うのはオーガ種の中でも最上位に位置するオーガ。

 頭から突き出た一本の角が特徴的で、丸太のように太い腕でゴブリンたちをなぎ倒す。


 ゴブリンの数はまだまだ居るので、オーガ一体ではそのうち体力が尽きて森の中へと帰るのは目に見えている。

 問題はゴブリンの血を嗅ぎつけて新たな魔物が集まってこないか、そっちの方が心配だ。

 屍鬼(しき)種と呼ばれる、魔物や人の死体を食らって生きる。忌み嫌われる魔物たちが集まってくるかもしれない。


 ゴブリンが森の奥からオーガと共に出て来る状況だ。

 何が来ても今は不思議ではない。


「なんか。戦う雰囲気じゃないね」


「そうだな」


 腰に剣を差し、灰色の外套を身に纏ったフォルと周りを見て言った。

 暖を取る冒険者たちはお互いに武器を見せ合い、緊張感など皆無である。

 彼らはあくまでも興味本位で戦いに参加しただけであり、本当の殺し合いをあまり知らない。


 一部には緊張した面持ちで、ゴブリンとオーガの戦いを見ている者も居た。

 きっと他国の出身で魔物の恐怖をその身に刻んでいるのだろう。

 太陽がもうすぐ真上に登る。心配事は尽きないが、王都の飛行場には騎士団の飛行部隊も居る。

 いざとなれば彼らが魔物と戦うだろう。


「フォルは騎士団に参加しなくてよかったのか?」


「命令を待つなんて面倒だよ。最近は特に厳しいし」


 フォルが小さな舌を出しておどける。

 どうやらゴーレムの一軒以降も、騎士団は休まる暇はないらしい。

 国を守る盾であり剣は、大変だなと心の中で勝手に思った。


「俺も今日はうるさいのが居なくて助かる」


「ルフさんはいい人だよ。ちょっと真面目すぎるけど」


「違いない」


 二人で笑っていると周りの冒険者がざわめいた。

 顔を向けるとそこには弓をゴブリンたちに向かって構える一人の冒険者。

 どうやら好奇心には勝てなかったらしい。

 周りが必死に止めているが、冒険者の少年は矢を放つ。

 

 放たれた矢は綺麗な放物線を描き、ゴブリンたちの群れへ。

 一匹のゴブリンに当たった矢は、見事に身体を貫いた。

 矢を放った冒険者は喜びを隠せず、飛び跳ねている。


 普通の時なら見事と言いたい。

 だけど今は余計なことでしかない。

 外部に敵が居ることに気がついたゴブリンたちが、一斉にこちらを向く。


「え? これやばくない?」


「まぁ、良くはないわな」


 オーガに向けられていた殺気がこちらへと矛先が変わり、茶色い塊が確実に近づいてくる。

 武器を抜く者、恐怖にたじろぎ震える者。

 反応はそれぞれだが、今から戦いが始まることだけは想像できた。

 殺気だっている魔物に余計な刺激を与えたんだ。当然と言えば当然だった。


 後ろ向くと王都の外壁の上で非常事態を知らせる煙が上がっている。

 合図を受け取った飛行部隊が、王都の飛行場から飛び出して来た。

 少しだけ時間を稼げば、彼らは間に合う。

 

 何とかなるか。そう思った時、鼻に腐敗臭のような独特の匂いが飛び込んできた。

 眼前から迫るゴブリンたちとは違う。風に交じったその匂いは新たな魔物の接近を意味している。


「お兄ちゃん! グールが来てる!」


 暖を取る俺たちの両サイドから来たのは、小柄な人型の魔物。

 腐敗した身体で人の形なのに四足歩行で移動する姿は、嫌悪感を抱かせる。

 死体に群がり、血のある場所に集まる忌み嫌われる屍鬼種の魔物グールだ。

 

 ゴブリンに意識を向けていた冒険者たちは、グールの接近に気がつかない。

 地面を蹴り冒険者の男とグールの間に割って入る。

 右拳に魔力を集めて、グールへと振る。


 身体に当たったと同時に魔力を開放し、火属性の魔法で相手の身体を爆散させた。

 ボンっと音をたてて、グールの身体が肉へと変わる。

 右手をブラブラさせ、黒ずんだ血を落とす。


「あ、あんた……」


「今から乱戦になる。戦えないなら後退しろ」


 若い。ルフやフォルのように十代の少年は呆然としている。

 戦いの場で魔物をこれだけ近くで見たのは初めてのようだ。

 俺も最初の魔物狩りでビビって動けなかったのが懐かしい。

 最初は皆そんなものだ。だからこそ、出来る人間にはやるべきことがある。


 草原に集まった俺たちを攻める魔物は三方向。

 正面のゴブリン、左右からグールの群れ。後方の王都へとの道は空いているから後退するならそこからだ。

 今俺が対峙しているのは右方向から来るグールの群れ。

 

 俺の魔術で全ての魔物を殲滅してもいいが、出来るのは一方向のみ。

 一方向で戦っている間に乱戦が始まり、広範囲の敵を攻撃する魔術は使いづらくなる。

 すでに左方向から迫って来たグールと戦う冒険者もおり、怪我で地面に蹲る者もいる。

 先ほどまで穏やかだった雰囲気は一変し、一気に地獄へと変わった。


 全身に魔力を滾らせ、魔術を発動させる。

 両腕から吹き出した炎はさらに大きくなり、周りからは俺が炎に包まれたように見えるだろう。


「フォル! 周りの後退を援護しろ!」


「分かった!」


 剣を握ったフォルが軽快な動きで、正面から来たゴブリンを斬る。

 一振りで魔物の肉を断ち、命を奪う。

 複数の魔物を相手にしても、全く引けをとらない彼女の動き。

 やっぱり彼女は騎士と言う名の兵士なんだと再認識した。

 駆け出し冒険者たちはフォルに任せておこう。


 息を深く吸い、ゆっくりと吐く。

 そして、力強く言う。


「来いよ。力の差を見せてやろうじゃないか」


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