第14話 両手に花
村の中央で焚かれる篝火を見ながら、木のコップ注がれたエールを煽る。
仕事前の一杯もいいが、仕事終わりの一杯もまた別の良さがある。
しかも、二回ともタダ酒だ。今日の酒は格別に美味い。
村の人が用意してくれ席に座り、闇夜に浮かぶ蒼い月と乾杯。
ムーンレイスの討伐を終え、酒場の店主に報告へ行くと祝いの席を用意してくれた。
騒ぎが人を呼び、いつの間にか村人全員で飲むこととなった。
村人たちは自分たちの村の近くに、ムーンレイスと言う厄介な魔物が居たことなんて知らない。
そっちの方がいい。過ぎた脅威なんて気にすることはない。
そのおかげか、村人の人たちは皆いきなりの宴にテンションが上がっているようだ。
ちなみに俺の周りには誰一人居ない。別に寂しくはないが、もうちょっと女の子にチヤホヤされたかった。
村人に囲まれ困った顔のルフとソプテスカがこちらを向くが、どうしようもない。
性格はともかく、美人と言っても差し支えの無い二人。
そんな二人が人に囲まれる姿は、やっぱり絵になる。
それにムーンレイスを結界に嵌めたのはソプテスカで、一か所に集めてお膳立てしたのはルフだ。
俺はあくまでトドメを刺しただけ。むしろ七体を三十五体にしてしまい、状況を悪化させた。
今回ばかりは迷惑をかけてしまった。反省の意味も込めてこうして一人大人しくしている。
エールを一口飲み、息をゆっくり吐く。
アルコールの匂いが鼻から抜けていった。
これからどうしよか。一人になるとそればかり考えてしまう。
他国の神獣の子はどうしているだろうか。
俺のように人前に姿を晒して、正体を明かしていないか。
それとも既に動き出しているのか。
前世の記憶がある俺とは多少異なるが、同じ境遇の人には会いたいと自然に思った。
冒険者をしながら遠くへ旅でもしようか。もともと、世界が見たいと言って父の元から飛び出して来たんだ。
他国まで行かないと、旅立ちを許してくれた父に少し申し訳ないような気もする。
「ユーゴぉ!」
そんなことを考えていたら、すでに出来上がったルフが木のコップを片手にやって来た。
顔が赤いからまた調子に乗って酒を飲んだらしい。
あれほどペースを考えろと言ったろうに。
視線を後ろに向けるとソプテスカは笑顔で村人たちに丁寧に返事をしていた。
複数の人に対する対応に慣れているのだろうか。普通は大勢に囲まれ質問攻めにされれば、戸惑うものである。
しかし、彼女にはその様子が微塵も見られない。
「ねぇ! ユーゴ! あたしを見てよぉ!」
悪い酔いしたルフが無駄に絡んで来る。
いつものツンツンした態度はからかいがいもあるが、理性を失くし絡んで来るのは面倒で仕方がない。
「あんまり飲み過ぎるなよ」
「大丈夫だもんっ」
酔っぱらうやつは決まってそう言う。
席に座る俺に対し、ルフは充血した潤んだ瞳で何かを訴えて来る。
なんだろうと考え、以前の酒場での出来事思い出した。
「隣座る?」
「うん!」
笑顔で頷いたルフが隣に腰を下ろした。
俺がコップを持っていない方に座った彼女は、何故か必要以上に密着してくる。
彼女独特の甘い香りとアルコールが混ざった匂いがした。
「えへへ♪ ユーゴの隣♪」
何故か上機嫌な彼女は犬のように俺の左腕に鼻を押し付ける。
可愛らしい女の子がやるとグッとくるけど、こいつがやると後が怖い。
どうせ覚えては無いだろうし、今は好きなようにやられる。
「あたしが隣で嬉しい?」
「そうだな」
「ソプテスカよりも?」
「それはどうかな?」
「むぅ」
顔を横に向けると頬を膨らませるルフ。
ご機嫌斜めらしい。
「あの女に抱き着かれて喜んでたくせに」
「女の子なら誰でも嬉しいよ」
「他の子で喜んじゃダメ!」
ルフが顔をグッと近づけて来た。
吐息がかかるほどの距離も今は酒の匂いで台無しだ。
「お前飲みすぎだろ」
ルフの持つコップを取り上げ、中身を一気に飲み干した。
空いたコップを再びルフに渡すと、彼女は寂しそうにコップの中身を眺めている。
そんなに飲みたかったのかな?
だからって飲み過ぎはよくない。お酒は節度ある大人に許された数少ない楽しみだからだ。
「だって……飲まないとユーゴは相手にしてくれないっ」
「いつも構ってやってるだろ?」
「あたしにだけイジワルするもんっ」
「反応が面白くてつい……な」
笑って返し残り少なくなったエールを飲む。
「他の子にはしないの?」
「かもな……それより村の人と飲んで来いよ。ジュースでもいいし、皆喜ぶぞ」
飲み終えた木のコップで向こう騒ぐ村人たちを指した。
俺なんかと飲むよりも、その方がいい勉強になる。
酔ったらどうなるかと言う勉強に。
それに女の子と飲んだ方が酒は美味しいに決まっている。
「ユーゴがいい……」
「それは大変光栄ですな」
軽くルフの頭にチョップをする。
彼女は俯き、顔の表情は見えない。
今どんな顔をしているのか、想像するだけでも楽しい。
耳が真っ赤な彼女がどんな顔をしているのか……
「今日は早めに寝ろよ」
そう言ってルフの髪の毛をくちゃくちゃにした。
怒るかなと思い、様子を見ていると彼女の首が上下に動く。
目を擦り必死に意識を保とうとしているが、睡魔には勝てないようだ。
「ほら、膝貸してやるから」
冗談半分で自分の膝をパンと叩き、枕にしてもいいと示してみる。
「うん……ユーゴの膝で寝るぅ」
ルフはそう呟くと何の躊躇もなく俺の膝に頭を置き、あっという間に寝てしまった。
穏やかな寝顔、小さな寝息と共に肩が上下している。
ホントいつも俺を変態だと罵る少女は何処に行ったのやら。
続きを飲もうとコップを傾ける、が既に飲み干したことを思いだしため息。
ルフに膝を貸していて新しいやつを取りに行くことも出来ない。
どうしようか悩んでいると、ソプテスカが両手にコップを持って目の前に現れた。
どうやらようやく村人たちからの質問攻めから解放されたらしい。
「はい。おかわりです」
「ありがと。もう村の人たちとはよかったのか?」
「ユーゴさん……恋人と飲みたいと言ったら解放してくれました」
「そりゃまた光栄な大嘘で」
エールの入ったコップを受け取り、ソプテスカがルフとは反対側に腰を下ろす。
周りから見れば両手に花状態だ。やっぱりハーレムっていいよなぁと勝手に思う。
もっと癒してくれる子がいいとかなり勝手なことを考えたりもするが、今は周りの視線が少しだけ痛かった。
「結構本気だったのに……」
「会ったばかりの男に言うセリフじゃないだろ」
「いえ。女のカンです。この人はきっと私とって運命の人だって」
「そんなカンがあったら、会う人みんな運命の人になるぞ」
新しいエールに口をつける。
「神獣の子……と言う言葉聞いたことありませんか?」
ドキッとした。まさかその単語がここで聞けると思っていなかったからだ。
悟られるなと自分に言い聞かせ、ふうっと息を吐く。
「知らないな。それに神獣の子ってこの国で言うなら竜ってこと?」
「いえ。狼の国に神獣の子と名乗る人が現れたそうです」
どうやら俺以外にも既に動き出している奴がいるらしい。
そいつはどっちの味方なんだろうな。
それとも一匹狼か。
「なんとも嘘くさい話だね」
「はい。そうですね。私が貴方を『竜の国における神獣の子』と疑うくらいですから」
ニッコリと笑う彼女。そのせいで背中に冷たい汗が流れる。
「おいおい。俺が神獣の子って? 冗談よしてくれ」
「普通ならあり得ない。でも、私のカンがそう告げているのです」
この子のカンは超能力的な何かだろうか。
困った。でも確証も無いだろうし、俺から言うか『あの状態』にならなければバレルこともないか。
「えらく自分のカンを信頼してるんだな」
「女のカンは鋭いですよ。男の嘘も、自分のライバルも見抜くくらいに」
ソプテスカが俺の膝の上に頭を置いて眠る、ルフへと視線を向けた。
彼女の桃色の髪を優しく撫でて、ソプテスカの口角が少し上がる。
「これからどうするんですか? 何時までもルフと一緒に居るわけではないでしょう?」
「なんで一緒に居るんだろうな。俺にも分からん。これからどうするかってのもな」
空を向いて深く息を吐いた。何も決まっていない。
行き当たりばったりだ。けれどそれもいい。
見知らぬ土地で人と知り合い、こうして酒を飲む。
楽しいじゃないか。
人生には余裕が必要だ。一つの地域で安定した職に就き、安定した収入を得る。
それが前の世界で思っていた余裕のある人生。だけど、今は違う。
いつ死ぬか分からないこんな殺伐とした世界だからこそ、人との繋がりを感じられる、心に余裕のある生活がしたい。
「いつの間にか朝ですね」
ソプテスカが呟く。彼女の向いた方向には、山の端から朝日が顔を覗かせていた。
空は僅かに明るくなり、宴は祭りの後の何とも言えない切なさを奏でている。
ルフを起こすために彼女の肩を揺する。
「ルフ。こんな所で寝てると風邪ひくぞ」
目を覚ましたルフが額に手を置く。
気分が優れないらしい。
「頭痛い……」
「飲み過ぎだ。甘えて来るお前は可愛かったけどな」
「なんの話……?」
やっぱり覚えていないかと笑う。
あれを素でやっていたら、それはそれで恥ずかしいし、俺も対応を変えないといけなくなる。
予想通り覚えていなくてある意味ホッとした。
夜通しで魔物狩りからの宴のフルコースは身体に結構くる。
疲れを取る為に部屋で寝ないと、そう思って席から立ち上がった時だった。
まだ明朝の蒼白い空を飛ぶ黒い影。なんてことはない、この国ではよくあるワイバーンが朝から飛んでいた。
ただし、隊列を組んで飛んでいるから、冒険者ではない。
しかも、その隊列は各自にこちらへ近づいてくる。
そして俺たちのいる村へと降りて来た。
乗っていた連中は全員、胸に竜の爪のマークがある鎧を着ている。
竜聖騎士団がこんな時間に、こんな場所になんのようだろう。
そんな事を呑気に思っていると、騎士団の一人が叫んだ。
「ソプテスカ王女! 我々と共に来てもらいます! 姫を誘拐したそこの二人も一緒に!」
最高にめんどうくさいことに巻き込まれた。まだ処理が追いつかない酔った頭でそう思った。
ルフは俺の横でため息、そして呟く。
「やっぱりこうなったか……」




