第13話 満月の下で
森の中にその魔物は居た。
鈍く不気味に輝く白い魔力を纏いし外形は人の形。ボロボロに省けた布のワンピースを着て、あばらは骨まで浮き出ている。
顔の肉はそぎ落ちて、腐った肉から肩まで伸びる髪は酷く傷んでいた。
その魔物の名はムーンレイス。
月の満ち欠け、満月になればなるほど力を発揮する悪霊種の魔物だ。
見上げると今日の月は気持ちのいいくらいの満月だった。
少しだけ厄介なことになりそうだと心の中で舌打ち。
「くらえっ」
ルフは予め手に持っていた矢を素早く構え、ムーンレイスへと放つ。
夜の闇を切り裂いた矢は醜い魔物へと伸びていく。
当たった。そう思った直後、ボフっとまるで煙が散乱したかのような音をたてて、ムーンレイスが消えた。
先ほどまで居た場所には、白い煙しかない。
何をした?
周りの気配を探ると、複数の気配。
そこには俺たち三人を囲むように七匹ものムーンレイスが居た。
「ルフ、どんな手品使ったんだ?」
「ふ、普通に撃っただけよ! あたしは何も悪くない!」
ルフの必死の抗議。もちろん俺はこの状況が彼女のせいだとは微塵も思っていない。
冗談が通じない奴だ。そんなことを思っているとソプテスカが叫んだ。
「来ます!」
七匹が同時に突っ込んで来て、鋭利で伸びた爪で俺たちを狙って来た。
こいつらは元の一体が分身したのか、全く別の七匹が同時に出現したのか、どちらが正解なのか今の状況では判断しかねる。
一気にやってみるか。
「二人とも伏せろ」
右手の人差し指に発動した魔術の魔力を集中させる。
身体を回転させ、赤く熱を帯びた指を振ると指先から赤い火の鞭が伸びた。
その火の鞭で七匹のムーンレイスを同時に攻撃する。
七匹ものムーンレイスは先ほどルフが攻撃した時のように、白い煙となって消えた。
周りで上がった白い煙が晴れる。
その中から現れたのは元気一杯のムーンレイス。
しかも、先ほどのムーンレイスが一体消えた場所に対して五体だ。
つまり俺たちは合計三十五体の魔物に囲まれていることになる。
「おいおい。こいつは予想外だ」
「あんたこそ何してんのよ!」
「ケンカしないでください! 対策を考えないと!」
倒し続けても数が増え続けるなんて、チート以外の何物でもない。
ただ分裂するなら限界があるはず。相手は一応魔物であり魔力の貯蓄量は決まっている。
俺の魔力とこいつの魔力どっちが先に尽きるのか、勝負をしてもいいが今はそれを言っている場合ではないらしい
周りを囲んでいたムーンレイスの分身のうち、五体がフッと姿を消した。
そして気がつくと近くに現れ、鋭利な爪を振り上げている。
俺の所には三体、ルフとソプテスカには一体ずつだ。
俺たちの先制攻撃をくらって、俺が一番厄介だと判断したらしい。
すみやかに判断し対応策を考えるあたり、それなりに知能も高いようだ。
まず目の前に現れた一体目が振り下ろす爪を、身体を僅かに後退させ、鼻数センチで回避する。
二体目が首を狙って伸ばした爪は身を屈めて回避。
そして最後の三体目が頭部を狙ってくるが、足に魔力を溜めて闘術を発動させた。
地面を蹴ると同時に魔力を開放する。
爆発的な速度を得た身体で、まずは右に居るソプテスカを脇に抱える。
同時に踏み止まり方向転換して、反対側に居たルフも開いている方の腕に抱えた。
「変態! 離しなさい!」
「舌噛むぞ」
騒ぐルフを宥めて、そのまま大きくジャンプ。
ムーンレイスの大群を通り過ぎて、包囲網を突破する。
軽やかに着地して二人を地面に降ろした。
改めて三十五体のムーンレイスと向き合う。
可愛い女性なら大歓迎だが、さすがに魔物がこれだけいると気持ち悪い。
「さて、どうするかね」
「全部叩く」
「それが出来ないから困ってんだろ」
矢を構えようとしたルフを制する。
これ以上増えられると厄介だ。限界があるかもしれないけど必要以上に数を増やせば、こっちの被害が増す。
「私の罠の結界で動きと能力を封じてみましょう。悪霊種の魔物に有効な結界があります」
ソプテスカがそう言って詠唱を始めた。
さすが法術に長けた魔術師は戦いの幅が違う。
攻撃を防ぐ以外、罠などの結界は難易度が高いため習得が難しい。
それを簡単にやってみようと言うんだから、もしかするとソプテスカはかなりの凄腕なのかもしれない。
「分かった。俺があいつらを引き連れるからルフは彼女の護衛だ。誤射だけは勘弁してくれよ」
「するわけないでしょ!」
いつも通りの元気な声。
ルフの声はよく頭に響く。
大きく息を吸って地面を蹴った。
ムーンレイスたちとの距離を詰めて、正面の一体に右拳をねじ込む。
確かに当たったはずなのに手応えは無く、白い煙が舞うだけだ。
やっぱり無駄かと攻撃は諦めて、回避に頭を切り替える。
相手は三十を超える魔物の波状攻撃、油断すれば簡単に負傷する。
魔力を目と足に集め、回避に全神経を集中させた。
四方八方から攻撃の為に振り降ろされたり、薙ぎ払われたりする鋭利な爪を回避していく。
時々回避しきれない攻撃もあるが、その攻撃をするムーンレイスをルフは正確に射抜いていった。
射撃の正確さは流石の一言に尽きる。
この器用さを飛竜種に乗るためには使えないだろうか。
ルフの援護を防ぐために、ムーンレイスが彼女の方へと向かうが攻撃され近づくことも出来ない。
ソプテスカは額に汗を滲ませながら詠唱を続けており、高まる彼女の魔力からもうすぐ詠唱が終わると察した。
「ユーゴさん上に!」
ソプテスカの声と同時に全力でジャンプ。
一瞬で地上に居るムーンレイスたちが遠ざかる。
そしてソプテスカが両腕を地面につくと、魔物たちを囲むように円形で紫色の陣が現れた。
どうやらその円内の魔物動きを封じる法術のようだ。
その証拠に魔物の動きが鈍くなっていく。
満月の加護を受けたムーンレイスでも効果は十分らしい。
「内側に結界も張りました! 魔術を放っても問題ありませんよ!」
「了解……ルフ!」
俺の合図でルフが一本の矢をムーンレイスの群れに向かって放つ。
群れの間をすり抜け、地面に突き刺さった矢に最初から仕込まれた魔法が発動する。
引力が発生し、ムーンレイスたちの身体が矢を中心に一つの場所に集まった。
俺とルフが一緒に獣を狩る時、相手が複数いるときは彼女が一か所に集めてから、俺が闘術で纏めて仕留めると言う方式をよく使っていた。
追いかける必要が無いし、一撃で勝敗を決められるのはこちらとしてもラクでいい。
「ちゃんと決めなさいよ!」
「任しとけ!」
ルフに気合を入れてもらい、右の掌を地面に向けて突き出した。
発動した火属性の魔術は右腕全身を炎で包み込む。
それを右の掌に集め、魔力を圧縮した火球を生み出す。
父のブレスを元に考案した中遠距離用で高火力の魔術。
当たった場所には何も残らない、赤みを帯びた火球を一か所に集まるムーンレイスに向かって放つ。
真夜中に光輝く火球は地面に触れると、巨大な爆発を引き起こした。
立ち込める爆炎の中に着地して、周りの気配を探るが何もいない。
どうやら無事に討伐できたらしい。
ホッと一息つくと後ろから抱き着かれた。
この柔らかい感触があるのはソプテスカに間違いない。
「ユーゴさん凄いです! あんなの初めて見ました!」
「もっと褒めてくれ」
「こら! ソプテスカ! 変態から離れなさい!」
「嫌です! こんなに凄い魔術が使えるのにどうして無名なんですか?」
ソプテスカの問いに頬を掻いて、どうしようか考える。
何故無名なのかと聞かれると、明確な理由が無い。
有名になりたいとも思わなかったし、そのせいかな?
「女性に対しての態度がなってないからじゃない?」
「それはお前に対してだけだから安心しろ」
「そうです! ルフはもっとレディとしての振る舞いを覚えるべきです!」
「はぁ!? あんたたち調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」
怒るルフに小さな舌を出して挑発するソプテスカ。
会って一日しか経っていなのに、仲が良くて微笑ましい。
それと俺の左腕に当たるソプテスカの身体の感触にも頬が緩みそうだ。
ルフもこれくらいあればと思うが、彼女はスレンダー美人だから望むだけ無駄か。
「な、なに人のことジロジロ見てんのよっ」
「いや、ルフって胸は無いけどそれに目を瞑れば、スタイルいいなって」
「なっ!?」
赤面して口をパクパクする反応は本当に面白い。
からかいがいのある奴だ。
「ユーゴさん! 私はどうですか!?」
「今晩、俺の部屋でゆっくり語り合うか」
「もうっ、そうゆうことは二人の時に言ってくださいっ」
ソプテスカの抱き着きが強くなり、左腕が締まる。
この子はノリがいいけど、何処まで本気なのだろう?
冗談で襲っても許してくれそうで、ある意味で怖い。
「ダメダメ! 絶対にダメ! あんたたち二人を密室で放置はあたしが許さない!」
「一晩で二人相手すんのか。体力もつかな」
「もう、ルフも参加したいのならそう言って下さいよ」
「な、何言ってるの!? あ、あたしは男女が密室で二人っきりってのが不純だって……」
チラッとソプテスカを見ると、小さく頷かれた。
彼女は俺の意図を理解してくれたらしい。
「おいおい。話をするだけなのに侮辱されたもんだ。なぁソプテスカ」
「本当です。男女が夜の密室で二人っきりなのが不純だなんて、ルフは何を想像してるんですか?」
「あ、あたしは……!」
ルフの顔がどんどん赤くなり、耳まで真っ赤だ。
本当にリアクションが面白いのと、ソプテスカのノリが良すぎる。
ただこれ以上からかうと怒りそうなので引き際だ。
「さて、隠れ変態のルフのことは置いといて村に戻るか」
「そうですね」
「違う! あたしは変態じゃない!」
そんなこんなで、緊張感皆無な俺たちは、無事に魔物を討伐し村へと帰還した。