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彼の者に捧ぐ哀歌


 ヴォルトは薄く目を開けた。

 蒼い月が一番高い所から少しだけ傾いている。

 もうしばらくすれば夜が明けるらしい。


 頬を撫でる優しい風。

 焼け爛れるような熱い身体を、ささやかに冷やしてくれる。

 

 次に気がついたことは、手足の感触が無いことだった。

 顔を横にして自分の右腕を見ると無残に潰れていた。

 元の形を思い出せないくらい、ただの肉の塊と成り果てている。

 おそらく他の手足も同様なのだろう。


「よぉ。まだ息あるか?」


 自分を見下ろす茶色の瞳。

 闇夜をバックに男は笑った。


「久しぶりに楽しかったぜ」


「貴様には……娯楽にすぎんと言うのか……」


 死力を尽くしたつもりだった。

 長年仕えて来たギルドを裏切り、神力の力まで借りて神獣の子に戦いを挑んだ。

 そんな必死の思いも、彼にとってはただの楽しみな戦いだったらしい。


「最近は退屈してからなぁ。てめぇみたいな奴が居てくれてホッとしたぜ。おかげで加減出来なくてな。四肢を潰しちまった」


 狼の神獣の子が軽く大剣を振って、刀身についた血を落とした。

 どうやら神獣の子(彼ら)の強さは自分たちの想像を遥かに超えていたらしい。

 最初から人間が太刀打ちできるものでは無かったのかもしれない。


「狼の神獣の子よ……貴様は何処まで行くのだ……? これだけの力を持っていながら……王の座に居座る気か……?」


 神獣の子らの中でも最も有名な狼の国の王。

 力強く逞しく生きるあの国の者たちから絶大な支持を集める男は、間違いなく王の器を越えている。

 それこそたった一人で、世界をどうにか出来るのではないかと思わせる程の力だ。


「その席に座っていないとうるさい奴が居てな。いつも小言ばっかで正直うんざりだ……しかし……」


 ベルトマーが大剣を背中に戻した。

 真っ直ぐな瞳をこちらに向ける。

 まるで自分の少年時代を見ているようだと思った。

 世の中の理不尽も、不条理も、全てを壊せると思っていたあの頃のような……


「今の生活も悪くねぇ。ちょっと刺激が足りねぇ気もするけど……俺様は案外気に入ってる」


 口端を吊り上げる彼の笑顔。


「だからよ。今ある世界を壊すって言うのなら、俺様はそれを全力でそれを阻止する」


「神獣の子が、すっかり王様気取りか……」


 まるで国の脅威になるモノ全てから守るとでも言いたい口調。

 それは王としての責務か、それとも彼の我儘なのか。

 今はどちらか分かりかねる。


 しかし彼と言う一人の男を変えた存在が居るらしい。

 神獣の子にも人間らしい感情があるようだ。


「ならば……ゼクトを止めろ……奴はこの世界を壊し、五か国を一つにする気だぞ……」


「言われなくてもそのつもりだが、俺様の出る出番は無いかもなぁ」


「何故だ……? 奴は人工的に創られた神獣の子……貴様らと同格の存在だぞ……」


「まだ元気な奴が王都に控えていてな。そいつが多分カタをつける」


 誰のことだ?

 ヴォルトは最初にそう思った。

 現存する神獣の子は全部四人のはず……

 各自が自分たち五傑と戦っている頃だろう。

 消耗していない者などいないはずだ。

 誰のことを言っている?


「まさか……生きているのか?」


 ヴォルトのその言葉にベルトマーがニヤリと笑う。


「意外だな……自分の手で決着を付けたがると思っていた……」


「俺様の倒した男が戦う姿は滅多に見れねぇからな。手は出さねぇよ」


 ヴォルトは深く息を吐いた。

 とんだ茶番だ。

 死んだと噂されている神獣の子は生きていた。

 

 旧商業都市を壊滅させ、天馬の国の精霊樹周辺を全焼。

 そして海都を半壊させた魔帝を倒した男が。

 多色の炎を使う以外、分かっていることは少なく謎も多い。

 

 成し遂げたその所業から最も尊敬され、そして最も憎まれている。

 人間の敵なのかどうかも不明。

 死んだと言われるその神獣の子を自分たちは忘れていた。


 ヴォルトの身体が白い光を放つ、神力が徐々に身体から溢れて白い塊となる。

 魔力と混じり合ったその球体は、ゼクトの仕業だ。


(何か企んでいたのは向こうも同じか……)


 愚かだ。そう自分に言った。

 ゼクトは神力を譲渡した自分たちから、最初から力を吸収する気だったらしい。

 神力だけでなく魔力も吸収し、それを自分の力にする。


 それがゼクトの計画だ。

 最初から自分たちが神獣の子に勝てないことは織り込み済み。

 利用されていることはある程度予想していた。


 しかし予想外だったのは、神獣の子らの強さ。

 そして世界の裏でひっそりと生きていた最強の神獣の子だ。


(神が生み出した怪物か……人間が生み出した怪物か……)


 その勝敗を見届けることは叶いそうにない。

 ヴォルトは重い瞼に身を任せ、ゆっくりと瞳を閉じた。








「ベルトマー」


 ラウニッハの声だ。

 横に着地した彼が地面に転がったヴォルトを見てため息。


「殺したのか?」


「結果的にな。それよりもゼクトとか言う奴が『魔力吸収』を行ったらしい」


「分かっている。生かしておいた血色の剛腕(トマ)も力を吸われて死んだよ」


 ユーゴとベルトマーの神獣化した状態で使用可能な魔力吸収。

 ベルトマーは対象が自然物限定で吸収できる量の限界値も決まっている。

 しかしユーゴは対象も限界値の制限も無い。

 

 身体が壊れない限り、命が尽きない限り、吸収した魔力を全て力に変える。

 ゼクトは同じように神力が混じった魔力を吸収した。

 ユーゴを例に考えれば、力の上昇は桁違いだろう。


「どうやら想像以上の怪物らしいね」


「ユーゴが負けたら次は俺様が行くぜ」


「それは叶わないと思うけど? そもそもなんでルフが居て彼が居ないんだろうね」


「どーせ二日酔いだ」


「違いない」


 自分の言葉にラウニッハが笑う。

 あの男がこの騒ぎで出てこないのはきっと酒でも飲んで酔っているからだ。

 そんな奴が最強の神獣の子。

 そう呼ばれているのだから、ため息しか出なかった。














「なかなかいい感じだ」


 ゼクトは自分の掌に集まった白い球体を見て呟いた。

 それは魔力と神力の融合体。

 利用した冒険者たちは全員死んだ。

 彼らが神獣の子を倒せるのならばそれで構わなかった。


 しかし冒険者たちは呆気なく敗れた。

 やはり人間に怪物の相手は荷が重かったらしい。


「じゃあ。僕も行くか」


 白い球体を胸に押し付ける。

 身体の隅々まで渡り切った力が身体の底から湧き上がった。

 これで『なりそこないの魔物』たちの操作が容易になる。


 失敗作とは言え、仮にも神獣の子を目指して創られた生命体だ。

 一度解き放ってしまえば、操作が難しい。

 効率よく王都を制圧するには少しだけ使い勝手が悪かった。

 掌に魔力を集めて振り返る。


 そこには転移魔法の門。

 巨大な円柱に二本建てられていた。

 

(次代の象徴か……)


 掌の魔力を王都で暴れる『なりそこないの魔物』たちに連結させる。

 これで全体の居る位置を把握できた。

 後は軍隊のように操り、駆逐するだけ。

 

 神獣の子たちも数の利で押し切り、弱った所を倒す。

 彼らだって生物だ。

 限界はある。


「なんだ?」


 足元に影が出来た。

 夜明けは確かに近いが、日が出るにはまだ早い。

 顔を上げると王都の上空には蒼い炎の球体。


 高密度の魔力が押し固められたその炎の塊のせいで汗がジワリと滲む。

 唇がひび割れて一筋の血が石畳に墜ちた。

 このまま放置し続けたら王都が干上がりそうだ。


(まさか……あの炎は……)


 ジッと蒼い炎を見つめていると突然はじけた。

 王都の街へまるで流星のように降り注ぐ蒼い光。

 炎が落ちた個所に小さなクレーターができる。

 

 自分以外にも王都を破壊する者が?


 そう思ったが、すぐに違うと気がついた。

 連結させていた『なりそこないの魔物』たちの反応がすべて消えていた。

 どうやら今の蒼い炎で全滅したらしい。


「あぁ……頭いて……」


 男の声だ。

 暗闇から出て来たのは赤髪の男。

 眉間に手を添えて、顔色がよろしくない。


「今の炎は君かい?」


「おう。綺麗だったろ?」


 男は赤い瞳を細めて笑った。

 ゼクトはジッと男を観察する。

 

(何も感じない)

 

 失敗作の神獣の子を一撃で倒す火属性の魔術。

 膨大な魔力量を的確に操作するそのセンス。

 それは思わず出た言葉だった。


「君は何者だい?」


 男は小さくため息。

 そして顔をグッと上げた。


「俺はユーゴ。それ以上でも以下でもないよ」


 そう返した男が消えた。


 ――どこに?


 そう思った直後には目の前。

 次に腹部への衝撃。

 背中まで突き抜けた衝撃に呼吸が乱れる。

 足がフワリと浮いて吹き飛ばされた。


(僕が反応できないだと!?)


 王都の周囲を囲む外壁に四肢がめり込み、そこでようやく身体が止まる。

 身動きがとれない。

 脱出する為に手足に力を入れた。

 しかし顔を上げると蒼い炎が迫っていた。


 唇を噛んで神力を含んだ血を流す。

 結界を眼前に展開して蒼い炎を防いだ。

 半透明の壁が炎圧に押されてメキメキと音をたてる。


(防ぎきれるか?)


「いや。無理だ」


 男の声と同時に炎の中から出来たのは蒼い光を放つ右拳。

 固く握られた拳が自分の頬を捉えた。

 熱さと痛み。

 

 身体が引き千切られるかと思い程の衝撃に、今度こそ王都の外へと吹き飛ばされる。

 大地を抉り、王都からはるか遠くへと吹き飛ばされた。

 神力で強化した身体でなければ一瞬で灰になっていたことだろう。


「そうか……そういうことか……」


 ゼクトは殴られた頬を抑えて立ち上がる。

 乱れた呼吸を整えると男が目の前に着地した。


「頑丈だな」


君と同じ(・・・・)、神力に適応したからね」


「あらら。バレちゃったか」


「これだけの力を見せればね」


 男は肩を竦めた。

 揺れる赤髪は間違いなくあの竜から継いだものだ。

 

「まさか僕を目覚めさせた張本人と会えるとはね」


「どういう意味だ?」


「僕は人工的に創られた神獣の子さ。神力に適応するように設計され、長い年月をかけて創られた……だけど意識が覚醒しなかった。その時さ、三年前の神力の増大で僕の意識は生み出された。目覚めるまでに少し時間がかかったけどね」


「三年前……魔帝軍との戦争の時か」


 ユーゴの言葉に頷く。

 ずっと暗い海を彷徨っていた。

 いつまでも出口の無い場所をずっと……


 そんな時一筋の光が差し込み、霧が晴れたように目が覚めた。

 神力を扱う魔帝と完全覚醒を果たした竜の神獣の子の衝突で、あの一瞬だけ世界中に神力が散布された。

 ほとんどの者には関係ないその現象も、自分には助かることだった。


「呪われているだろう? それに君たちと違って僕は力を使えば使うほど寿命が縮まる。老い先短い命なのさ」


「それが神獣の子を殺して、世界を一つに纏める理由か?」


「僕が生み出された理由がそうだからさ。君たちが魔帝を倒す為に生み出されたようにね。もう魔帝は居ない……君たちの役目は終わった……それに僕たちは怪物だ」


「……だから?」


 ゼクトは全身から神力と魔力を混ぜ合わせたモノを解放した。

 神獣化状態と同じ白いオーラが身体を包む。


「憎いんだ!! こんな狂った世界に生まれた怪物である自分が!! そして何食わぬ顔をして世界に馴染む神獣の子(君たち)が!!」


 今まで抑えていた感情が溢れて止まらない。

 自分を生み出した者たちは、まるで玩具を弄るように喜んでいた。

 父も母も弟も、全部の命を犠牲にして創られた。


 もう昔のことは細かく覚えていない。

 物心ついた時には組織へと誘拐され、身体をグチャグチャにされた。

 親と弟は誘拐される時、目の前で殺された。


 ――こんな怪物を生み出す為に、同じ怪物を殺す為に……


「欲に目が眩んだ人間たちは必ずまた過ちを繰り返す! 怪物(僕たち)は消えるべきなのさ! だけど……死んでいった人たちの想いはどうなる? 玩具にされた僕の家族は!! だから生み出された理由を完遂する……こんな世界、僕がぶっ壊してやる!!」


 感情を乗せた魔力が荒ぶる。

 ユーゴは眉一つ動かさない。

 静かに燃える彼の赤い瞳に激情が湧き上がる。


「さぁ……行くよ……竜の神獣の子!」


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