強者の四重奏
「おらおら! どうした天馬の神獣の子! ここは砂漠じゃねぇぞ!!」
トマは握った拳を次々繰り出す。
ラウニッハは槍を使ったりして全弾避けてはいるが、反撃する暇も与えていない。
事実、天相を使う隙も無いくらいだ。
神力の力を借りてから、全く息が乱れない。
身体の底から無限に力が湧いて来る。
天馬の神獣の子すらも圧倒する程の……
「この程度かよ! 神獣の子はよぉ!!」
右手に神力の混じった魔力を集中させた。
固く拳握り、一気に振るう。
同時に魔力も解放して、前方にある物全てを壊す業だ。
前方に放出された白い光が地面を削り、ラウニッハを飲み込んだ。
「ハッハッハ! ざまぁねぇぜ!!」
白い光の通った後には何も残っていない。
神獣の子は粉々に吹き飛んだらしい。
「さて次は……」
トマは少し離れた所でヴォルトと戦うベルトマーに狙いを定めた。
ずっとその強さに憧れていた。
弱者には有無を言わせない圧倒的な力。
しかし最近の彼はぬるま湯に浸かっている。
魔物が出れば先陣を切るが、民の安全を最近は優先して考えていた。
そんなの自分の憧れた彼ではない。
王女エレカカとの色恋沙汰が原因だと噂はされている。
そしてそれを喜ぶ愚かな国民ども。
違う。自分が生まれた狼の国はもっと殺伐としていた。
誰が王位に就いても、引きずり降ろす為に戦いを求め続けた。
しかし今は全員が神獣の子であるベルトマーに対して、諦めの感情を抱いている。
最初から勝てないと決めつけて戦いすら挑まない。
(ダメだよなぁ……そんなんじゃダメだよなぁ……)
誰も挑まないのなら自分が挑もう。
神獣の子を受け入れられない白騎士と共に。
「何処に行くんだい?」
後ろから声。
反射的に身体を回転させ拳を振り切る。
しかし拳に触れる物はない。
そして誰も居なかった。
「こっちだよ」
横から伸びて来た槍を半身になって避ける。
天馬の神獣の子が連続で槍による攻撃してくるが、それを的確に防いでいく。
(こいつ……さっきと雰囲気が違う!?)
静かな殺意。
それはラウニッハの金色の瞳の奥から発せられるモノ。
さっきまでとは違い。
ただこちらを殺す気だけの目だ。
「どうした? もう終わりか?」
「なんの!」
右の拳を振った。
しかしラウニッハが目の前から消えてしまう。
(どこに!?)
一瞬で見失うほどの速度。
明らかに動きが今までとは違う。
これが天馬の神獣の子の本気かと身体中が震えた。
「調子に乗り過ぎたね」
その声が聞こえた瞬間。
トマの視界が白く染まった。
ラウニッハは天相の力を発動させ、トマに雷を落とした。
白い光と轟く雷鳴。
自分には聞き慣れたモノだがトマはどうだろうか。
「くそがっ」
彼はまだ生きていた。
全身火傷で赤い毛並が焦げているが、闘術で身体を強化することで耐えきったらしい。
トマの頑丈さは本当に凄い。
しかし神獣の子の前には無意味だ。
「頑丈だね。それだけだけど……」
ラウニッハは雷属性の魔術を発動させた。
自身の周りに雷の槍を生み出す。
「終わりだ」
それをトマに向かって放つ。
夜の空間を切り裂く閃光がトマの両足を貫いた。
彼の膝がカクンと折れ、腕で身体を支える。
その両腕に向かって、同様の槍を上から落とした。
両肩を槍が貫通してトマが地面に倒れ込む。
「クソ……」
貫いた傷口からは血が溢れ、地面に吸収されていく。
ラウニッハはそんな彼に近づく。
「よく頑張ったよ。僕たちを本気にさせただけでも君たちは立派な怪物だ」
「偉そうに……まだ自分たちは特別だって言いたいのかよっ」
「君には『神獣の子』……この言葉の重荷は分からないだろう?」
ラウニッハは笑顔を返す。
自分たちは神と崇められた魔獣の子供。
この世界のどの生物に属さない怪物なのだ。
その事実に苦しんだこともあった。
一度世界を壊そうとした。
だけど今は神獣の子として生きると決めた。
もしかしたら余計なことなのかもしれない。
自分たちは世界に干渉しない方がいいのかもしれない。
それでも自分の生まれた国が良くなるように尽力してきたつもりだ。
――愛する人とこの世界を生きる為に
「殺せよ。負けた奴にはお似合いの末路だ」
「いや。君にはまだ役目が残っているよ。生きて情報を全て開示してもらう。拷問もされるかもね」
ベルトマーは捕縛とか考えずに戦うだろうし、ユノレルとテミガーは容赦なく相手を殺すかもしれない。
敵の情報知る為に捕獲するのは自分くらいだろう。
「お前……それでも神獣の子か?」
「神獣の子は正義の味方じゃないからね。勘違いしたらいけないよ」
そうだ。
自分たちは正義の味方ではない。
三年前だってお互いの都合上、魔帝軍と敵対しただけ。
少しでも事情が違えば、敵同士だったかもしれない。
そしてそれは今も変わらない……
「化け物めっ」
「自覚してる」
トマの言葉にラウニッハは再び笑みを返した。
「トマがやられたか……」
ヴォルトは横目でその事実を確認した。
雷が落ちたと思った直後、勝負は一瞬でついてしまった。
(まぁいい。最初からあてにはしておらん)
「余所見か!?」
真正面からベルトマーが大剣を振り降ろす。
左手の盾で大剣を受け止めると、ズシっと足に重さが乗った。
「まずは貴様を倒さないとダメらしい」
「残念だがそいつは無理だぜ。勝つのは俺様だからなぁ!!」
込められる力がさらに増えた。
足が地面にめり込み、太ももが悲鳴を上げる。
神力の力を借りていなければ、このやりとりだけで身体が潰れていた。
「人の形をした怪物が!」
ヴォルトは右手に持つ長剣に神力が混じった魔力を付加させる。
それをベルトマーに向かって振りきった。
白い魔力斬撃がベルトマーの身体を包み込み、身体が後方に吹き飛ぶ。
地面を何度も転がるベルトマー。
息をつく暇は与えない。
ヴォルトは地面を蹴り、距離を潰した。
「くっ」
「終わりだ! 狼の神獣の子!」
上から振り降ろした長剣がベルトマーの肩にめり込んだ。
しかしめり込むだけでそれ以上は進まない。
まるで高硬度の金属を切り付けたような感触。
致命傷にはならないが、さっきからヴォルトには納得のいかないことがあった。
「なぜだ……何故避けない?」
長剣で右肩を切り付けたまま聞いた。
ベルトマーは本気で攻撃してくるが本気で避けない。
むしろこちらの攻撃を全て受け止めている。
まるで自分が上だと主張するかのように。
「必要がねぇからだ」
ギロっとこちら向いた茶色の瞳。
ギラついたその眼に背筋が寒くなる。
冒険者として長年培った勘が警鐘を鳴らす。
身体が自然と動き、バックステップで距離を空けた。
「なるほどな。攻撃に全力で防御を捨てるとは……私もなめられものだ」
長剣を握った右手に力を入れる。
「おいおい。俺様がいつ本気でてめぇを攻撃したんだ?」
「なに? どうゆうことだ?」
ヴォルトの表情が僅かに曇る。
その姿を見てベルトマーはため息。
どうやら今の状態がこの男の底らしい。
「もう終わりか? 戦いにもならねぇぜ」
神力を借りた彼の状態は確かに強い。
自分たちに匹敵するだろう。
しかしそれは三年前の自分たちにだ。
「俺様は『あの野郎』を倒す為だけにこの三年間力をつけた。一度は神と並んだあの男を……!!」
ベルトマーが大剣を構えて魔力を全身に滾らせた。
神獣化していない状態でも膨大な魔力が身体から溢れ茶色のオーラとして可視化される。
今のベルトマーは三年前の神獣化と同等の魔力量を通常状態で操作できる。
三年間。
ひたすら上だけ目指して修業した結果だった。
――自分に勝ったあの男を倒す為だけに……
「凄まじい魔力量だ。しかし私とて退くわけにはいかない!」
ヴォルトが果敢にも接近戦を挑んで来る。
ベルトマーは大剣を地面に突き刺し、素手の状態で迎え撃つ。
「なめるなよ!」
振り降ろされた長剣。
まずはその刀身を右手でグッと受け止めた。
そして握りつぶす。
簡単に砕けた愛用の長剣。
ヴォルトの表情が固まった。
「この程度で俺様にケンカを売るとはなめてんのか?」
次に左拳を引いた。
ヴォルトの顔面に狙いを定めた。
「くっ」
素早くヴォルトが白い盾で顔面を覆う。
ベルトマーはそれを意に介さず、固く握りこんだ左拳を振るった。
白い盾にめり込んだ拳が簡単に盾を破壊した。
そのままヴォルトの頬に拳を当てて渾身の力で振り切る。
「が!」
「逃がさねぇぞ!!!」
吹き飛んだヴォルトが地面を転がる。
大剣を引き抜いて地面を蹴り、転がる彼を追いかけた。
剣を振りあげてその時を待つ。
身体が止まったヴォルトが顔を上げる。
彼の碧眼が自分を捉えた。
――口端を吊り上げた神獣の子を……
「あばよ!」
大気を震わせる程の膨大な魔力。
それを纏った大剣をベルトマーは振り降ろした。