表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/133

第12話 夜は酒と共に

 日が沈んだ夜。

 悪霊種の魔物を討伐すると約束した俺たち三人は、酒場の主人の知り合いの宿に泊めてもらうことになった。

 ここまでしてもらい、討伐できませんでしたじゃ話にならないと勝手にプレッシャーを感じている。

 酒にも頼りたくなる気分だ。


 宿から出ると酒場に直行し、カウンターに座った。

 店主のオッサンの笑顔がある意味で怖い。

 もしも討伐に失敗でもしたらどんな仕打ちが待っているのか。


「今日は俺の奢りだ」


 店主のおっさんがそう言って、木のコップをカウンターに置いた。

 それを手に取り口に運ぶ。うん、上手い。


「ところで兄ちゃん。連れの嬢ちゃんたちは居ないのかい?」


「むさい男だけですまんね」


「まぁ、男には一人で飲みたい時もあるわな」


 このおっさんとはいい酒が飲めそうだ。

 討伐が終わったら一緒に飲みたいな。


「悪霊種の魔物が出てきそうな理由に心当たりはないの?」


 昼間ソプテスカにしつこく聞かれて、うんざりだろうが今回はその原因を俺たちは知りたい。

 それが分かれば悪霊種の魔物の力を弱めて、討伐がラクになる。

 もしくは怨念を晴らし、成仏させることだって可能だ。


「うーん……魔物は詳しくねぇが。現れた最近には何もねぇな」


 顎に手を当てる店主の答えは昼間と同じだった。

 どうやら夜に現れて元気いっぱいの魔物を相手にする以外ないらしい。


「この村が他の所と違うのは『狼の国』が近いことくらいか」


「国境が近いのか?」


「まぁな。あそこは結構人が死ぬし、そこから怨念らやが来たのかもな」


 狼の国か。

 もしそうだとしても、この村に悪霊種が現れたのは初めてらしい。

 仮に原因がそうだとしても、わざわざ狼の国に行って原因を調べるほど時間もない。

 それに狼の国の中で起こった事が原因なら、あの国は異変が起きていると言うことだ。

 一介の冒険者である俺には関係のない話だ。


「まぁ頼むぜ! 今晩は言いつけ通り外には出ねぇからよ」


「ああ。危ないからな」


 こうやって頼りにされるのなら、強い冒険者ってのも悪くないかも。

 そんなことを思い、夜は酒と共に進んでいった。












「また居ない……」


 ルフは(もぬけ)の殻となった部屋を見て呟いた。

 宿を借りて男女別々にしたのは当然として、悪霊種の魔物を討伐するための打ち合わせをするため呼び来たら案の定ユーゴが居ない。


「居なくなるのは何時もの事なの?」


 背中からソプテスカの声。

 馴れ馴れしい態度に昼間からの疑いは確信へと変わった。

 自分はこの女と出会ったことがある。それもずっと前からの顔なじみだ。


「まーね。あいつは自由人だから」


「貴方もまだ彼と溝があるのか。これは私にもチャンスありね」


 妖艶に微笑むソプテスカの表情は男が見れば魅力的だろう。

 この表情を見れば、ユーゴだって飛び付くかもしれない。


「なんのチャンスかしらね。それにアンタがなんでここに居るの?」


「それはこっちのセリフよ。『人魚の国』の重要人物がこんな辺境に居ていいの?」


 ルフは部屋のドアを閉め、廊下を歩く。

 自分の生まれ育った国である人魚の国。

 ギルド本部のある国で、海に囲まれたその地形は航海術が発達している。


「色々とあるのよ」


「色々……ねぇ。貴方の国は最近どうなの?」


「変わらないわ。竜の国は物騒になったみたいね」


 宿の外に出てユーゴが居そうな場所へと向かう。

 あの自由人の行きそうな場所の目星は大体つく。


「最近妙な噂を聞いてね。もしかするとそのせいかも」


「妙な噂?」


 横に並んだソプテスカが外套に付いたフードを被った。

 そして、ユーゴに似た橙色の瞳を向ける。


「狼の国に『神獣の子』を名乗る者が現れたって」


「神獣の子? 神獣ってあの伝承に出てくる五体の魔獣のこと?」


「そうよ。私たちが神と信仰する魔獣……その子供が現れたらしいわ」


 バカバカしい。人魚の国に比べると竜の国は神獣を信仰している。

 大聖堂に祀られている銅像なんて、自分の国はない。

 神獣は過去の遺物だ。今必要なのは災厄を振り払う力のみ。

 国も守ることだけだ。


「もしかしてその神獣の子ってのは、各国に一人ずつ居るとか?」


「私の予想はね。貴方の国にも現れるかも」


「敵なのそいつらは?」


「分からないから困ってる。狼の国は封鎖的な国だから、情報が入って来るのが遅い。もしも国の敵になるのなら……」


「ただじゃ済まない……か」


 神と崇められる魔獣たちの子供。

 天変地異を起こすくらいの力を持っていそうだ。

 敵対するなら無事ではないだろう。国を挙げて戦う必要だってあるかもしれない。


「まぁ、今はお互いの正体はユーゴさんの前では秘密にしましょ。その方がルフも都合がいいでしょ?」


「なんであたしが正体を明かしていないと?」


「あの人、貴方にあんまり興味無さそうだもの」


 イラッと一瞬頭に血がのぼりかけるが、普段のユーゴを思い出し、ソプテスカが言うことも事実だと認めてしまう。

 獣人でまだ幼いとはいえ、フォルは甘やかす癖に自分のことは何時もバカにしてくる。

 自分が竜の国出身では無いことを気づいていながら、どこの国の出身かは聞いてこない。

 もう一カ月以上一緒に居るのに、お互いに知らないことだらけだ。

 ソプテスカに隙があると言われても仕方がないとため息。


「ため息をすると幸せが逃げちゃうよ」


「そんな迷信信じるのはアンタだけ」


「占いとか嫌いなの? それでも女の子?」


「うるさい」


 隣で口元を抑えクスクス笑うソプテスカ。

 彼女を無視して酒場の扉を開けると、カウンターで一人酒に浸るユーゴが居た。

 こちらに視線をチラッと向け、気がついたはずなのに彼は再び前を向き木のコップに口をつけた。

 周りの男たちの視線を無視して、ユーゴに近づく。


「随分と余裕ね」


「まぁな。お前も飲むか?」


 ニッと笑った彼が飲みかけのお酒が入ったコップを差し出した。

 受け取るかどうか迷っていると、ソプテスカがそれを素早く手に取った。


「私が貰いますね……あれ?」


 ソプテスカがコップを逆にすると中からお酒の滴が零れる。

 どうやらこの男は中身の無いコップを渡そうとしたらしい。


「ソプテスカが貰うならちゃんと渡したのに。ごめんな」


「いえいえ。今度はご一緒させてくださいね♪」


「喜んで」


 二人の会話が勝手に進んでいく。


(あたしなら渡してよかったのか)


 少し馬鹿にされているようで腹が立つ。

 かと言って公共の場でこの飲んだくれを殴るわけにもいかず、ルフはドシンと隣の席に座った。


「酔っ払って怪我でもしたら笑いものね」


「その時は優しく慰めてくれよ」


「私が慰めてあげます」


 いつの間にかユーゴを挟んで、反対側に座っていたソプテスカが彼の左腕に腕を絡めた。

 ユーゴは主人の男から新しい酒を貰うと、ソプテスカを意に介さず再び酒に口をつける。

 ちょっとは嫌がれと言いたいが、そんなこと言う資格もない。

 所詮自分と男は道端で出会った他人なのだから。


「一度に二人なんて、男の冥利に尽きるね」


 こっちを見てニヤけるユーゴの脇腹をキュッと摘まむ。彼が「いてっ」と身体を小さくした。


「本音なのにヒドイな」


「いつもまな板ってバカにされてますから」


 頬杖をつき、不機嫌だと精一杯のアピールしてみる。


「照れ隠しだよ」


「は、はぁ!?」


「冗談だよ」


「ぐっ……」


 腹を押さえ笑いを堪えるユーゴを見て、遊ばれたと気がつく。

 この男は知らない。彼の一言がどれだけ自分の心が乱れるのか。


「あんたホントいい加減に……」


 モヤモヤをぶつけようとした時だった。

 ザワッと何かが背筋を寒くする。同じようにユーゴとソプテスカも気がついたのか、一瞬緊張感のある顔になった。


(この冷たい感じ……)


 間違いない。悪霊種の魔物が活動を始めた。

 言葉では言い表せない独特の魔力の揺らぎ。

 確かな悪意を持ったそれは、確実にこちらに近づいてくる。


「ご馳走様。美味しかったよ」


 ユーゴが飲みかけのコップをカウンターに置き、席を立ちあがる。

 店主の男の「もういいのか」の問いに彼は笑顔を返すと、出口へと足を向けた。

 ソプテスカは店主の男に「外に出ないで下さいね」と伝えている。

 ルフも背負った弓を手に取り、腰ぶら下げた矢入れの中身を確認する。


 悪霊種の魔物は普通の魔物に比べると厄介な攻撃を仕掛けて来るモノが多い。

 しかも今回は詳しく相手の正体が判明していない。

 様々な状況を想定して、数種類の矢を予め準備していた。

 ソプテスカと一緒にユーゴの後を追いかけて、店の外へと出る。


 さっきとは違うヒンヤリとした雰囲気。

 矢を手に取り、いつでも撃てる体勢を整える。

 それを見たユーゴが肩を叩いて来た。


「もっと肩の力抜けって」


「あんたはリラックスしすぎ。それよりソプテスカはどうやって戦うの?」


 彼女のスタイルは知っている。

 法術の才能に長けた彼女は正直言って、戦いに向いているとは思えない。

 補助には回れるが、自分の命は自分で守ってもらわないと戦場では困る。


「ご心配なく。結界や罠で補助しますから」


「法術が得意なのか。頼りにしてるぜ」


「はい。頼りにして下さい」


 二人のやり取りが気楽すぎて気合が抜けていきそうだ。

 それとも、抜けているくらいが丁度いいのだろうか。

 三人で周りの警戒をしながら、外を歩く人が居なくなった村を出て、近くの森へ。

 冷たい雰囲気が一層増していく。相手は近い。額から出た冷たい汗が頬を伝い、地面へと落ちた。

 そして、ユーゴが呟く。


「見つけた」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ