台頭する者たち
竜の国の港町。
海都への船が出るその港町は、魔術学院の生徒が訪れていた。
頭脳明晰で向上心の強い彼らの相手は結構疲れる。
竜の国の第一王女であるソプテスカは、特別講師の役目を全うしてそう思った。
今頃海都ではレアスとユノレルが神力玉の盗難に関する事件の調査を行っていることだろう。
念のためユーゴには伝えたし、テミガーにも協力を依頼している。
ただの盗難事件ならいいが、言葉では言い表す事の出来ない不安を感じていた。
何か大きな事件の前触れではないかと勝手に想像している。
(何も起こらないならいいのだけど……)
窓の外に広がる港町を見ながらそんなことを思った。
港町のギルドの三階にある要人専用の部屋からは、街の景色が一望できる。
照り付ける日差しの下で今日も人々は活気ある表情で働いている。
魔帝軍との戦争から三年。
五か国は神獣の子の尽力もあり、お互いに助け合い相互の力は伸ばして来た。
国同士の交流も深くなり、国境の壁は確実に無くなってきている。
だからこそ怖かった。
小さな歪は必ずどこかに存在する。
正直言って、神獣の子を全員が全員受け入れているわけではないはずだ。
もしもその者たちが神獣の子を倒す為に神力玉を必要としていたら?
魔力に変わる新しい動力。
その力がもたらす恩恵は未だに謎の部分が多い。
一説には神獣の子が発揮する力の源だと言われている。
(時代はいつまで神獣の子を求めるんだろう……)
時代は流れ、世界は前に進む。
今は特別な神獣の子らも、何時しか特別では無くなるのだろうか。
そんな姿を今はまだ想像できなくて。
まだまだ世界は神獣の子に頼るのだろう。
「外が騒がしい……」
ソプテスカは建物に響く小さな揺れに気がついた。
下の階がバタバタと騒がしい。
ギルドの建物が騒がしくなるのは魔物関連で緊急の事案が発生した時のみだ。
部屋を出て廊下で待機していた竜聖騎士団員の男の子に何が起こっているのか聞いた。
「何か起こったのですか?」
「近くの平原に魔物が大量発生したようです。近頃の偵察ではそのような兆候は見られなかったのですが……」
竜聖騎士団は定期的に竜の国の各地を飛行して、魔物の動向を観察していた。
比較的魔物が大人しい竜の国だが、三年前の様に魔物が他国から流れてくる可能性がある。
だから定期的に空から魔物の動向を確認して、怪しい個所は事前に潰していた。
廊下に居た騎士の男の子が言うように、最新の偵察では怪しい箇所があるとの報告は受けていないし、魔術学院の生徒を迎え入れるにあたり近辺の調査は事前に済ませてある。
だから今になって魔物が発生するのは違和感しかなかった。
階段を降りて一階のギルドの受付に行く。
そこでは職員の人たちが大慌てで人を集めていた。
どうやら腕の立つ冒険者たちは狼の国の武闘大会に出ていて、今この街に居る冒険者の数は少ないらしい。
元々戦うことのできる冒険者が少ない傾向にある竜の国だ。
こうゆう非常時の事態は人集めに苦労することが多い。
護衛で傍に居た竜聖騎士団員に近くの街に居る団員に召集をかけるように伝える。
もちろんこの街に居る者たちには参加してもらう。
「すいません。発生した魔物はなんですか?」
カウンターに近づき、受付のお姉さんに訪ねた。
「お、王女様!? 今のところ確認されているのはゴブリンとオーガ。それに死臭で集まって来たオークです」
なかなか厄介な魔物たちだった。
ゴブリンは数が多いだろうし、そのゴブリンたちをオーガが殺すせいで、発生した死臭にオークが群がって来る。
早く数を集めないと手遅れになるかもしれない。
「私も参加しますね」
「ダメですよ! 万が一何かあったらどうするんですか!」
「何もないから今まで生き残っています」
受付の女性に笑顔でそう返す。
伊達に神獣の子たちに絡んだ事件に巻き込まれていたワケではない。
そこらへんの王女と一緒にされるのは心外だ。
「ソプテスカ王女。我々からもお願いです。前線に出るのは遠慮して頂きたい」
さっき廊下にいた騎士団員の男の子にも止められた。
自分を守る役目を担っている彼らからしたら、安全な所に居て欲しいと言ったところだろう。
「騎士団の者よ。私たちが居てもダメか?」
入り口から歩いて来た男が話しかけてきた。
その男を見てソプテスカは驚く。
あまりに予想外のその男が口端を僅かに上げた。
草木の低い草原に集まったのは数十人の冒険者と七人の竜聖騎士団員。
目を凝らせば見える距離に茶色のゴブリンの塊とその中央に居る三体の一角鬼。
そしてゴブリンの包囲網のさらに外から四足方向のオーガの影が近づいて来る。
オーガとゴブリンの何体かはこちらに気づいており、既に向かって来ていた。
陣形を組む時間も、人員を選ぶ時間も無かった。
乱戦で各個撃破するしかない。
本来ならばそれは避けるべき戦法だが、その作戦をギルドが実行に踏み切ったのには当然ながら理由がある。
「お二人とも宜しくお願い致します」
ソプテスカは目の前の二人の冒険者に声をかけた。
一人は白いマントを身に纏い、もう一人は刀を腰に差した蒼髪の男。
「お任せください王女様。いけるなクルデーレ」
「……もちろんだ。ヴォルト」
急遽集められた討伐隊。
その先頭に立つのは白騎士と蒼の鬼人と呼ばれる二人の冒険者。
五傑に数えられる彼らが、何故魔物の討伐難易度の低い竜の国に居たのかは分からないが、今この状況でそんなことはどうでもいい。
肝心なのは魔物の大軍にも屈しない圧倒的な個人の力を持つ者がいると言うことだ。
ソプテスカは祈る様に両手を合わせ、魔力と集中力を高める。
三年間の神獣の子が現れた時に比べると、法術の腕は比べ物にならないくらい上達した。
今では五か国での屈指の法術使いとして名を馳せている。
そのせいで武闘系の貴族からも求婚の申し出が出て困っていた。
「行きますよ」
両手を地面に当てて一気に魔力を流す。
草原全域に紫色の魔法陣が描かれ、その中に居る魔物動きが鈍くなった。
「大した法術です」
ヴォルトが腰差した長剣を右手で抜いた。
柄も刀身も透き通るような白。
見惚れるほど美しいその色は、彼の『白騎士』の名に相応しかった。
「死ね」
腰に差した刀の柄に右手を添えて、クルデーレが駆け出す。
その姿はまるで蒼い幻影。
剣術の技術に関して言えば、冒険者でも一番と言われるその身体捌きで次々と魔物を切り伏せていく。
「さぁ。行くぞ」
力強い声。
クルデーレの後に続いてヴォルトが飛び出した。
流れるような動きで魔物を斬り捌いて行く。
白と蒼の超人たちはあっという間に魔物を殲滅した。
「本当にありがとうございます」
「冒険者として当然のことをしたまでです」
「………」
頭を下げたソプテスカ。
ヴォルトは言葉返してくれるが、クルデーレは無言だ。
二人を中心にした討伐隊は無事に魔物を殲滅した。
街の外に目をやると煙が空高く昇っている。
今頃他の冒険者たちが魔物の死体を一か所に集めて焼いていることだろう。
すでに日が傾き始めていて夕方だ。
時間をかけると夜になるかもしれない。
街の外に居る冒険者たちには早く戻ってきてもらいたい。
「しかし、見事な転移魔法の門ですね」
ヴォルトがそう言って巨大な二つの柱を見上げる。
二つの円柱の間で転移魔法のフィールドを発生させる装置だ。
転移魔法で結ばれている各都市には同じような柱が建てられている。
「海都とこの国の王都を結ぶ門です。使用可能になるのは明日の予定ですよ。竜の国へは何か用があって来たのですか?」
「ええ。そんな所です」
ニコッとヴォルトが笑う。
そして次の瞬間、ソプテスカは目を疑った。
「え……?」
視線を下にすると腹部から刀が飛び出していた。
この刀はクルデーレの物だ。
傷口から血が溢れ、地面に落ちる。
逆流した血を口から吐いた。
「なん……で……」
「我々には『神力』に影響された者の血が必要なのです。大丈夫。まだ殺しませんよ」
明るい笑みヴォルト。
それがソプテスカの最後の視界だった。
「結構遅くなったね」
「ホント。もうすっかり夜」
レアスは両手を上に伸ばす。
ユノレルが魔力を解除し、人魚たちの力を借りて精製された白い船が光の粒子となって消えた。
人魚の国から出て数日。
竜の国の港町に到着した。
神力玉を盗んだ犯人を捜すのはもちろん最優先だが、今この街に居るまずのソプテスカに顔を出すのが先だ。
王女である彼女の力を借りれば竜聖騎士団による広範囲の索敵が可能になる。
情報の集まる速度は今よりもずっと早くなるだろう。
二人で港町の街中に入るが、すぐに違和感に気がつく。
街の中央に設けられた転移魔法の門に人が集まっていた。
「レアスちゃん。なんだと思う?」
「さぁ? 直接行ってみましょうよ」
二人で人混みに近づく。
人々が何か話しているが、丁度魔術学院の生徒を見つけた。
蒼いブレザーと赤いネクタイは学院の証でもある。
「あ! レアス先生!」
茶色のポニーテールを揺らし生徒がこちらに近づいて来た。
「何かあったの?」
「誰かが無断で転移魔法を使ったんだって。ただね……」
「ただ?」
「ソプテスカ王女が連れ去られるのを見たって人が居て……竜聖騎士団の人たちもこの辺りを探しているんだけど見つからないらしいの」
「最悪」
ユノレルが隣で小さく呟いた。
レアスは顎に手を当て考える。
ソプテスカが誘拐されたのは事実だとしよう。
そして転移魔法の行き先。
ここ街から転移魔法で繋がっているのは、『海都』と『竜の国の王都』のみだ。
ソプテスカの王女と言う立場を利用するのなら、竜の国の王都にでも行って国王を脅して身代金でも用意させればいい。
「レアスちゃん。転移魔法はまだ使えるかな?」
「使えると思うけど……もう一回使ったら本当にしばらく使えなくなるんじゃない?」
ユノレルが今にも飛び出しそうな雰囲気だ。
そして次の瞬間、転移魔法の門を作り出す円柱が輝きを増した。
ザワつく人々。
誰かが転移魔法で飛んでくるのか。
そう思ったが、予想は全く違った。
映し出されたのはある映像。
そしてそこには一人の男が映っていた。
「金髪に赤眼……」
レアスは思わず呟いた。
そこに映る男の姿は、神力玉を盗んだと言う犯人と同じ風貌だった。
そして映像の中の男が口を開いた。
『こんばんは。僕の名前はゼクト。世界に新しい秩序をもたらす者だ』