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粉雪が舞う頃に


 淫魔の国では今日も粉雪が舞っていた。

 雪化粧を施した商業都市。

 三年前の神獣の子同士の戦いにより、全壊した商業都市は以前に比べると七割くらいの規模だ。

 現在も残りの三割は再建中である。


 寒冷の気候にも関わらず、近辺で珍しい魔具のある迷宮が多いことから多くの人が賑わう。

 金と権力が蔓延るこの国で淫魔の神獣の子(テミガー)はとある店を開いた。

 行くあてのない女性たちを集めて、男どもを様々な手段で喜ばせる。

 

 かつて商業都市において女性の地位は低く、無法地帯になっていた都市に現れたその店は、金さえ払えば有益なサービスが受けられると好評だ。

 神獣の子が経営していると言うことで、力ずくの行動に出る者も居ない。

 そんな店に最近若きエルフが転がり込んできた。


「テミガー! 助けてくれぇぇえ!」


 店頭の受付に座るテミガーが顔を横に向けた。

 そこには泡まみれになったアレラトの姿。

 姉のチコと同じ翡翠色の髪に白い泡がついていた。

 どうやら風呂に入っている時に、店でのプレイに使う泡に手を出したらしい。


「あれだけ店の物には手を出しちゃダメって言ったでしょ?」


「普通の場所に置いとるからだろ!」


「また苛めて欲しいの? あとその下半身はちゃんと隠しなさい」


「うっ……」


 アレラトが風呂場へと戻って行く。

 彼がこの店に転がり込んで来たのは数か月前だ。

 今年で十五歳になるアレラトは最近反抗を覚えたらしい。


 エルフの王族であり、今は王になる為の教育を受けている。

 担当しているのは主に姉であるチコだが、物腰が柔らかい彼女からは想像も出来ない程スパルタらしい。

 別にそれはどうでもいいことだ。

 テミガーとしては手伝いが増えると言うことで居候を認めていた。

 

 ラウニッハには既に連絡を入れているから、そろそろ迎えに来るだろう。

 アレラトのような真っ直ぐな少年にこの街は刺激が強すぎる。

 これも彼の程々の社会経験になればいい。


「テミガー。何かすることはあるか?」


 防寒仕様の厚めの服を着たアレラトが話しかけてきた。

 白を基調した生地に茶色の縦線で首元までしっかりと布が覆っている。

 店の奥に置いてあった品だが、サイズがピッタリでよかった。


「店頭の魔術灯(ランプ)を消してきてちょうだい。今日はもう閉店するから」


「了解じゃ!」


 元気に駆け出したアレラトが雪の舞う外に出る。

 テミガーも受付から立ち上がり、褐色の外套を二つ手に取った。

 火属性の負荷が施されているその外套は、竜の国の王女(ソプテスカ)から貰った物である。

 

 雪の中でも十分な暖かさを確保して、魔物との戦闘にも役立つ便利な品だ。

 一つは自分で身に着け、もう片方はアレラトの分。

 テミガーも店の外に出て、アレラトに外套を渡した。


「着なさい。晩御飯の買い出しに行くわよ」


「何にするんじゃ?」


「うーん。何が食べたい?」


「暖かい物がいいな! この国の寒さは身に突き刺さる」


 アレラトが身体を震わせた。

 そんなに震えなくても防寒対策はバッチリだろうに。

 温暖な気候である天馬の国で育ったエルフにはこの国は寒すぎるらしい。

 事実エルフ特有の尖った耳の先が赤くなっていた。


「シチューでもしましょうか」


「ホントか! 吾輩も手伝うぞ!」


「貴方は不器用だから何もしなくて結構よ」


 横で飛び跳ねるアレラトにニコッと笑みを返す。

 若きエルフは肩を落とし、あからさまに落ち込んでいた。

 反応がいちいち可愛いものだ。

 弟が居ればこんな感じなのだろうか。


 テミガーは鼻歌混じりにそんなことを思った。








「テミガー……少し買い過ぎでは?」


「あらぁ? 女の子の買い物はこんなものよ。それを黙っても持つのがイイ男の条件よ♪」


「そ、そうなのか? しかし前が見づらいぞ」


 今日の晩御飯の食糧と生活に必要な品が入った紙袋。

 それをアレラトが必死に抱えて歩いている。

 彼の顔位まで積み上がった紙袋のせいで歩きづらそうだ。

 雪で足元を踏み誤り、転ばないか心配である。


「足元気をつけてねー」


「わ、分かっておる!」


 口ではそう言うが左右にフラフラと揺れている。

 見ているこっちとしては危なっかしい。


「転んだら晩御飯抜きよ♪」


「り、理不尽だ!」


「男の子でしょ? 女の子の理不尽に耐えるのも立派な仕事よ♪」


「ユーゴの兄貴もこんな理不尽に耐えていたのか……!」


 アレラトが歯を食いしばり、自身に気合を入れ直す。

 何処でスイッチが入ったのか分からないが、やる気を出したのは良いことだ。


「そう言えばアレラトはユーゴに憧れているの?」


「憧れているのはベルトマーの兄貴じゃ。あの者のように強く、筋肉のある男になりたいっ」


 そう言えばアレラトは筋肉が大好きだ。

 細身の身体だが、以前夜を共にした時は意外と引き締まったいい身体をしていた。

 年下の筋肉に少しだけドキッとしたのは秘密の話である。

 

 それにアレラトは暇を見つけては筋トレばかりしている。

 脳筋になる気かと思っていたが、どうやらそれはベルトマーが関係しているらしい。


「だが……男ならユーゴの兄貴のように複数の女性にモテたいと思うのも事実っ……」


「この前まで未経験だったのによく言うわ♪」


 テミガーがアレラトの後頭部を人差し指でツンと押した。

 アレラトの身体が揺れて荷物が崩れかける。

 ギリギリの所で踏ん張った彼がこちらを向いた。


「何するんじゃ!」


「そんな態度じゃ複数の女の子からモテないわよ♪」


 クスクスと笑い彼の横を抜ける。

 まだ幼いがもう少し時間が経てば、彼も立派な男になるだろう。

 その時は店に来てもらい、女性相手の商売をさせるのもありかもしれない。


 そんなことを考えているとテミガーの目に一人の女性が目に入った。


 黒いドレスを身に着けたその女性は、俯き気味で前から歩いて来る。

 時々ふらつき、今にも倒れそうだ。

 それに肩から先はむき出しで雪の上に裸足だった。

 この国に来るには明らかに軽装で準備不足。


 そんな女性にテミガーは話しかけた。


「貴女。大丈夫?」


「はい?」


 腰まで伸びた黒髪が揺れて、彼女の瞳がこちら向いた。

 髪と同じ漆黒の瞳。そしてアレラトと同じ尖った耳。


「エルフじゃと?」


 彼女の様子を見たアレラトが驚く。

 歳は人間でいうと二十代後半くらいに見える。

 チコよりも少し年上のようだ。

 ただしエルフは長寿で老化は極めて遅い。

 実年齢はもっと上だろう。


 テミガーは自分が身に着けていた外套を彼女に着せた。

 相手の女性が一瞬驚く。

 戸惑う表情の彼女に黙って笑みだけを返す。

 心中を察した女性は外套の前を閉めて、身体を暖めた。


「ありがとうございます」


「気にしないで。これも何かの縁よ♪ あたしの家が近くだから来るといいわ」


 エルフの女性にそう返し、テミガーはスタスタと歩を進める。

 その後をアレラトが必死について来た。

 謎の女性もアレラトの後を黙ってついて来る。

 

 自分の店に帰ると奥のある階段を上る。

 一階は店のスペースで生活は二階でしていた。

 キッチンとリビングの併用部屋。

 大きめのベッドと暖炉の前にはソファーが置いてあり、床に赤色の絨毯が敷いてあるおかげで部屋は暖かさを保っている。


 店を閉める直前に暖炉つけたので、部屋は十分暖まっていた。

 部屋にある唯一の大窓には紺色のカーテンがしてあり、今部屋の明かりは暖炉が全てになっている。


「さて。準備するから暖炉の前のソファーにでも座って待っていてね」


 エルフの女性にそう言うと小さく「はい」と返事があった。

 彼女に笑顔を返し、テミガーは食事の準備にとりかかった。











「ご馳走様でした」


 エルフの女性がそう言ってシチューの入っていた木製の皿を置いた。

 テミガーはそれをアレラトに渡し、洗い物を頼むと彼女の隣に座り暖炉にあたる。

 パチッと細木の割れる音がしたので適当に樹を足しといた。


「貴女名前は?」


「ソプアニと言います」


「ソプアニってあの?」


「あのとは……? 実は気づいたらここに居て……前のことはよく覚えていないのです。名前だけは辛うじて憶えていたのですが……」


 ソプアニの言葉に「そう」と返し、テミガーは顎に手を添えた。

 

 ソプアニ・イーアタハ


 別名『黒衣の魔女』と呼ばれる五傑の冒険者の内の一人だ。

 もしも本人ならば、天馬の国の奥で引き籠っていると言われている彼女が、どうしてこんな所に居るのだろう。

 しかも記憶を失くした状態で。


「好きなだけここに居なさいよ。この街で女性が一人でうろつくと色々大変だし」


「しかし、迷惑では?」


「店の手伝いをしてくれれば大丈夫♪」


 テミガーはウィンクでそう返し、彼女の隣から立ち上がる。

 そろそろアレラトも帰って来るだろうし、何か暖かい飲み物を準備しようと思ったからだ。

 しかし突然背筋にゾッと悪寒が走った。


「ごめんなさい。今から竜の国の王都に行くから手伝えないわ」


 後ろからソプアニの声。

 それと同時に長剣が背中から自分の腹を貫いていた。

 両刀の刃にエルフの刻印が刻まれた翡翠色の刀身。

 それが自分の身体を貫いていた。


「なっ……」


「神獣の子も意外と単純なんだ。こんな演技に騙されるなんて……」


 ソプアニが剣を引き抜く。

 テミガーが傷口を抑えて、千鳥足で彼女から距離をとった。

 血が溢れて絨毯に落ちる。


「なんのつもり……?」


「ソプアニの研究の為に神獣の子には死んでもらうの」


 ニコっと笑った彼女が剣を振り降ろした。

 その剣が身体の真横を通り過ぎたのに、ソプアニの表情が明るくなる。


「これが噂の幻術! こんな近くで外すなんて!」


 嬉しそうな彼女が剣をでたらめに振る。

 テミガーは少しずつ後退しながら、幻術を連続で発動させ剣を回避し続けた。


(一旦体勢を立て直して……)


 そう思った直後、剣が左の肩にめり込んだ。

 切りつけられた瞬間に魔力を流し、肩から先を切り落とされることだけは防ぐ。


「凄い反応! 貴女の身体を弄れば面白いことが分かりそうね!!」


 狂気に近い笑みを見せたソプアニの左手に翡翠色の魔力が集まり、長細い一つの形を織りなす。

 光が散ると彼女の手には年季の入った杖。

 ソプアニがその杖を地面に突き刺すと魔力が一気に高まる。


「死んでね」


 そう言われた直後、白い光が面前を覆った。


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