血色の剛腕
「怪我したらどうする気ですか!」
「偶にはいいじゃねぇか! 久しぶりの模擬戦だったんだぞ!」
横で痴話喧嘩をしているベルトマーとエレカカ。
自分を挟んで逆に座るチコが「ラウ! 二人を止めて!」と言っているが、他人の都合に首を突っ込むのはよくない。
二人には自分たちで解決してもらわないと。
「少しは俺様を信じろ!」
「毎回ハラハラするこっちの気持ちにもなって下さい!!」
ただこの二人に任せていたら収集がつきそうになかった。
「エレカカさん。先に話を持ち掛けたのは自分です。そんなにベルトマーのことを責めないで下さい」
「俺様を庇う気か? 誰も頼んでねぇぞ」
「ラウニッハ様は悪くありません!」
フォローしたつもりだったのに意味が無かった。
ラウニッハは眉間を抑える。
どうやってユーゴはこの強情な男を丸めていたのだろう。
彼の口車を今だけは尊敬した。
「二人とも! 武闘大会が始まりますよ! 仲直りしてください!」
チコが二人を注意する。
今自分たちが居るのは闘技場と呼ばれる円形の巨大な建造物の上段だ。
ここからなら真ん中に設けられた石畳の舞台全体が見える。
その石畳の上で腕自慢たちが戦う。
「この話は後だ」
「そうですね。今回ばかりはキッチリと話を付けましょう」
ベルトマーとエレカカの喧嘩は収まったらしい。
基本的に彼らが自分から折れることはない。
その辺は気性の荒い狼の国の気質と言うか、白黒ハッキリさせないと気が済まないのだろう。
「ラウニッハ。そう言えば海都での事件は聞いたか」
「もちろん。魔術学院に入った侵入者のことだろ。ギルドマスターからその件で少し頼まれごとをされたからね」
「頼まれごとだと? 俺様の所には来てねぇぞ」
どうやら彼は犯人の捕縛に関する頼み事だと勘違いしているようだ。
面白い事件には首を突っ込みたがる。
ベルトマーはそう言う男だ。
しかし頼み事は捕縛に関することではない。
それはそれで面倒だが、今回の頼み事はある意味でもっと面倒なモノだった。
「五傑の一人、『黒衣の魔女』を探すことだよ」
ギルドの五指に数えられる黒衣の魔女。
エルフと人のハーフで普段は天馬の国の森の奥深くで隠居生活を送っている。
ラウニッハが内政に関わるまで、彼女を人間とのハーフと言うことでエルフたちは異端者として扱いあまり相手にしなかった。
最近では出来るだけ協力してもらうように尽力してきたが、彼女の心の傷に干渉するのもよくないと思い、関わるのは最小限にしている。
人間である自分が関わる様になり、エルフたちの対応も変わってはいるが問題はまだまだ多い。
そんな彼女に海都での一件の協力を依頼する為の仲介として、ギルドマスターのテオウスから依頼を受けた。
「隠れ家に行ったんだけどね。誰も居なかった。長い間戻ってないみたいだし、行方不明ってやつだね」
肩を竦めた自分にベルトマーが鼻で笑った。
「情けない奴だな。てっきり各国に協力の依頼が来ているのかと思ったぜ」
「なんでだい?」
その質問にエレカカがベルトマーの陰からヒョコっと顔を出した。
「竜聖騎士団のフォルさんをご存知ですか?」
「確かユーゴさんに懐いていた獣人の女の子でしたっけ?」
チコの言葉にエレカカが頷く。
自分も会ったことがあるのは数える程だが、竜聖騎士団の中にユーゴと親しい女の子が居たのは覚えている。
神獣祭の後も宴にも参加していたはずだ。
「実はベルトマーと面識があって、先日までは武闘大会に出る為にこの国に居たんですけど……」
「緊急の用が出来たと言って淫魔の国に行ったんだ」
ベルトマーがそう言って腕を組んだ。
いつも怖い顔の眉間に皺が寄る。
もしかして彼女の活躍を楽しみにしていたのかもしれない。
どうやらフォルも竜聖騎士団としての急用が出来たらしい。
それに淫魔の国と言えば今アレラトが居るらしい。
チコの弟にして天馬の国の王族の血を引いた若きエルフの彼は、数か月前に家出をした。
しかし現在は淫魔の国に居る淫魔の神獣の子の所に転がり込んでいるらしく、先日居場所を教える連絡だけが来た。
武闘大会が終わり次第、迎えに行く予定だ。
「どうやら想像以上に事が大きくなっているみたいだね」
「犯人が強い奴なら願ったり叶ったりだぜ」
「君はホントにそればっかりだ」
自分の言葉にエレカカが「もっと言ってやってください!」と便乗してくる。
「そう言えばユーゴにはまたフラれたのかい?」
「あの野郎にはガッカリだ。この時期になったらいつも姿を消しやがる」
ベルトマーが舌打ち交じりにそう吐き捨てた。
ユーゴとの再戦をベルトマーはずっと望んでいるが、ユーゴ自身はあまり乗り気ではないらしい。
いつものらりくらりと話を避けている。
「今頃ルフと仲良くしているだろうね」
「女に夢中なんて情けねぇぜ」
(エレカカさんと痴話喧嘩する君が言えた立場ではないと思うけど……)
ラウニッハは一人でそう思った。
突然観客の歓声が大きくなる。
有名な冒険者でも出て来たのかと思い、視線を闘技場の真ん中に移す。
大剣を持った大柄な男に向かい合うのは、赤い毛並を持った獣人の男。
猿を連想させる顔と丸太のように太い腕には武器は何も持ってない。
「彼が狼の国出身の五傑か」
「確か『血色の剛腕』って呼ばれているんだっけ?」
「そうですよ。ベルトマーを除けばこの国では最強の男です」
「どうせ俺様より劣るがな」
ベルトマーが自慢気味に言うが、そもそも本気を出した神獣の子と戦えるのは同じ神獣の子だけだ。
ただし立地条件や数にモノを言わせ戦いにすることは出来る。
それに三年前に比べると自分たちの情報はかなりバレている。
それなりの対策を立てられると負けはしないが面倒なことに変わりはなかった。
しかもその相手がもしも五傑呼ばれる冒険者となれば、苦戦は必至だ。
もちろんそれは周り被害を出さないという前提条件が必須となるが……
血色の剛腕と呼ばれる冒険者が動いた。
一歩で距離を潰し、相手の男に拳を振り降ろす。
相手の男は大剣で防ぐが、それすらも簡単に潰した。
石畳に拳がめり込み、小さなクレーターが出来る。
その中で意識を失った男が倒れていた。
一撃。
それで勝負をつけてしまった血色の剛腕へ拍手と歓声が降り注ぐ。
男は右手を挙げてそれに応えた。
「大した動きだ」
「砂漠の上の戦闘なら、てめぇでも苦戦するんじゃねぇか?」
「かもね。それくらいに素晴らしい動きだ」
まだまだ世界は広いな。
血色の剛腕と呼ばれる男の動きを見てラウニッハはそう思った。
いつしか神獣の子を追い抜く者は現れるのかもしれない。
ユーゴが魔帝を倒し、神獣の時代を終わらせたように……
物思いにふけっていると耳に爆発音が響いた。
揺れる闘技場。
それがただの爆発でないことは容易に想像できる。
「魔物だな」
ベルトマーはこう言った状況に慣れているのか平然と呟く。
しかし各国からの観戦者が集った状態での魔物襲撃はかなりマズいように思えた。
狼の国の管理体制を問われる可能性だってある。
「エレカカ」
「分かっています。お願いしますね」
ベルトマーがゆらりと立ち上がる。
「僕も手伝おうか?」
「いえ。今のラウニッハ様は客人です。ここは狼の国の者でなんとかします。こちらの指示に従って避難を」
「そう言うことだぁ。今回てめぇの出番はねぇ」
ベルトマーそう言って大剣を手に取ると外から剣戟の音が聞こえた。
どうやら獣人の戦士たちが迎撃を始めたらしい。
観戦者たちの避難も始まっている。
どうやら万が一に備えて、こうゆう事態も想定しているらしい。
さすが内戦の多い狼の国だ。
奇襲に対する落ち着き方が普通ではない。
「では二人ともこちらへ」
エレカカに言われ、彼女の後へとついて行く。
しかし席を離れる直前でエレカカが足を止めた。
「ベルトマー。頼みますね。怪我はダメですよ」
「分かってらぁ。早く行け」
ベルトマーがそう言って、愛用の大剣を手にして空高くジャンプ。
そのまま闘技場の外へと出て行った。
「相変わらず元気なことだ」
「ラウ。エレカカさんの言う通りに」
チコにそう言われ、歩き始めていたエレカカの後に続く。
観覧席を離れ、闘技場内部の廊下を歩く。
しかしラウニッハには一つ気になることがあった。
「エレカカさん。武闘大会に参加している者たちは迎撃に参加できないのですか?」
「可能ですよ? もちろん任意ですけど」
ラウニッハは顎に手を当てた。
さっき石畳の舞台を見た時は誰も居なかった。
そして控室から出て来る者もだ。
報酬も出ない事態に命を賭けたくない気持ちは分かる。
――それでも静かすぎる
「ラウ?」
「気になることがある。エレカカさん。参加者たちの控室に寄ってもいいですか?」
「避難経路の途中で通るので構いませんよ」
彼女にそう言われラウニッハは駆け足で廊下を進む。
後ろからエレカカとチコの驚いた声が聞こえるが、今は疑問を潰す方が先決だ。
階段を降りて突き当りの部屋が控室のはず。
扉の前で立ち止まり、ラウニッハは違和感に気がついた。
(なんだ……冷たすぎる……)
頬を撫でる冷たい空気。
足元を見ると扉の隙間から赤い液が滲み出ていた。
「まさか……」
扉を勢いよく開ける。
そこに広がっていた光景に思わず息を呑んだ。
たった一人の大柄な男以外、そこには屍が転がっていた。
赤いペンキが塗られた壁。
鼻孔に飛び込んで来る血の匂い。
「誰だぁ? このトマ様の邪魔する奴は」
紅に染まる腕が動く。
振り返ったのは血色の剛腕と呼ばれる冒険者のトマだった。