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甘い時間


 これは彼らの最後の物語。

 変革を受け入れられない者たちの叫び。

 小さな歪はやがて大きな戦火となる。


 今再び、戦いの業火へ……







 ――コンコン、コンコン


 ガラスの窓を何か固く尖った物が叩く音。

 うるさく無くても、耳障りなその音にユーゴの意識が覚醒する。

 薄く目を開けて顔を横に向けると、穏やかな寝顔のルフ(恋人)

 昨晩愛し合った彼女の髪を優しく撫でる。


 ――コンコン、コンコン


「しつこいなぁ」


 ユーゴは身体を起こし、ルフとは反対の窓を見た。

 一日の始まりを告げる太陽の光。

 その中に居る小鳥が、窓ガラスを叩いていたらしい。

 橙色の毛並を持ったその小鳥には見覚えがあったので、ため息しか出なかった。


 窓を開けて小鳥を部屋の中へと招き入れる。

 身体に触れて魔力を流すと小鳥が白い光を放ち、三つ折りにされた手紙へとその姿を変えた。


ソプテスカ(あいつ)もマメだな」


 今の小鳥は竜の国の王女(ソプテスカ)の魔術で使役された物だ。

 ルフと各地を旅していると、世界の大きな情勢に乗り遅れることがある。

 だから時々こうして、ソプテスカに手紙で大きな事件などを教えてもらっていた。

 内容は近状報告や、魔物の討伐の依頼など多岐にわたる。


「ユーゴ……? どうしたの……?」


 ゴソゴソとシーツが動き、ルフが目を擦っていた。

 解かれた桃色の髪が窓から入って来た風に揺れる。

 肌寒さを感じたのか、ルフがシーツを体に巻き付けて近づいて来た。


「ソプテスカから?」


「おう。恋文だな」


「むぅ」


 僅かだが、ルフの眉間に皺が寄る。

 この三年でルフの束縛はキツなる一方だ。

 宿泊した街の酒場へと出かけて、女の子と話していたらよく怒られる。

 ユノレル程じゃないにせよ、もう少し信頼して欲しい。


「見せて」


「どうぞご自由に」


 差し出された彼女の小さな手に手紙を渡す。

 流石に風が寒いので、ユーゴは窓を閉めた。


「ほとんどはあんた充ての要らない内容ね」


 ルフが友人の手紙をバッサリと酷評。

 これを聞いたら、ソプテスカが落ち込みそうである。


「ねぇ、魔術学院に侵入者が入ったんだって」


 手紙には最近起こった事件が書かれていたらしい。


「いつの話だ?」


「神獣祭の晩だって」


「なんてベタなことを……」


 ユーゴは背中からベッドに再び寝転んだ。

 魔帝軍との終戦を祝って行われた三年目の神獣祭。

 ユーゴを含めた五人の神獣の子が集ったあの祭りの裏で、魔術学院に侵入した者が居たらしい。

 皆が祭りに夢中で盲点と言えば確かにそうかもしれないが、何を目的に入ったのかは謎だ。


「被害は『神力玉』で何個か盗まれたみたい」


「物好きもいたもんだ」


 頭の後ろで組んだ腕を枕にして天井を見上げる。

 欠伸交じりに言うと、ルフが腹をビンタした。


「いたっ」


「少しは真面目に聞きなさい」


「真面目も何も、今頃対応してんだろ。いざとなれば人魚の神獣の子(ユノレル)の索敵魔法もあるわけだし」


「だけど神力玉を盗むなんて、目的はなんだろう」


「転移魔法を使いたかったんじゃないか?」


 神獣の子が現れたから、『神力』と呼ばれる力が発見された。

 魔力よりも高出力なその源は、新たな魔法の動力として活躍している。

 それが天馬の国の情報開示で開発が進んだ転移魔法だ。


 今では各国の主要都市を繋ぐ門が配置され、転移魔法が使われている。

 しかしまだ一回の使用には莫大なエネルギーが必要で、その動力源として神力を高圧縮させた神力玉が使われていた。

 その生産場所が魔術学院の地下にある。

 犯人はそこに侵入したらしい。


「だったら残念な犯人ね」


「まぁ現状だと個人の使用はまだ無理だし、小型化は天馬の国に住む精霊たちの力を借りる必要があるからな」


 元々は精霊たちの力を借りて、場所と場所を繋ぎ合わせる魔法を神力の力を借りて強引に連結している。

 場所と場所が離れれば離れるほど、エネルギーが必要だ。

 しかも膨大な量の神力は、身体に負担がかかる。


 自分たちの神獣化だって、一時的に神力の力を身体に入れるせいで負荷が相当かかってしまう。

 転移魔法を使う量となると、間違いなく個人は死ぬ。


「向こうは大丈夫か。それよりもいつまでここに居る気?」


 ルフの質問にユーゴは寝返りで背中を向けた。


「出来るだけ長く」


「働きなさい。このダメ人間」


 ルフの厳しいツッコミにユーゴは少しだけ肩を落とした。

 今二人が居るのは忘却の都である。

 咎人と猿王ルドラカカが住むこの場所ならば、外部の人間に見つかる心配は無い。

 神獣祭の後この地を訪れた二人は、村の空き家を一つ借りてノンビリしていた。


 一応世間的には死亡したことになっている竜の神獣の子であるユーゴとしては、これ以上に無い隠れ家だった。

 村人は暖かく迎えてくれるし、猿王ルドラカカとの模擬戦はその辺の魔物を狩るよりも緊張感がある。


 何よりルフと二人でゆっくりできる。


 ユーゴはもう一度寝返りをうち、ルフと向き合う。

 力強い桃色の瞳、寝起きだから少し乱れた腰まで伸びた同色の髪。

 肌はきめ細やかで透き通るように白い。

 だが胸は相変わらず無かった。


「失礼なこと考えてるでしょ」


「まさか。お前の美しさに見惚れてた」


「ムカつく」


 ルフが小さく平坦な声で言った。

 これもスキンシップの一つだ。

 その辺は勘弁して欲しい。


「もうすぐ武闘大会だし、狼の神獣の子(ベルトマー)に捕まるのが面倒だから、それまでここに居よう。それから竜の国に行ってダサリスと飲む」


 狼の国でこの時期になると開催される武闘大会。

 発掘された闘技場をベルトマーが改修して、そのまま会場として使っている。

 腕自慢が多く集まる大会だが、今では各国の要人を誘うなど国際イベント化している部分も少なからず存在していた。

 封鎖的なイメージを持たれている狼の国のイメージアップも兼ねているらしい。


「むしろあんたが出て、他の冒険者を蹴散らしなさいよ」


「野蛮だねぇ。昨日はあんなに可愛かったのに」


「うるさいっ」


 少し強めのパンチが腹に突き刺さった。

 腹筋に力を入れて抵抗してみる。

 それに気がついたルフが面白く無そうな顔。


「何抵抗してんのよ」


「俺は責める側なんだよ」


「変態」


 ルフがベッと小さな舌を出す。


「褒め言葉だね」


 そう言って、ルフをベッドに押し倒した。

 僅かな抵抗を示す彼女の身体を強引に抑える。


「ちょ、ちょっと! 待ってっ、昨日のせいでまだ身体が……」


「最後の方、意識なかったもんな」


 クツクツと笑うと、ルフが耳まで顔を赤くした。

 恥ずかしそうに視線を横に逸らす。


「あんたが元気すぎるのっ」


「そりゃお前みたいに可愛い子にねだられたら頑張るさ」


 顔を赤くしたまま、ルフがこちらを向いた。


「あたしはねだってなもん!」


「ほぉ……そんなことを言っていいのか? 言い訳ができないくらい苛めるぞ?」


「ズ、ズルい! いつもユーゴばっかり責めてるくせにっ」


 口を尖られるルフの頬に指を当てる。

 指先に少しだけ魔力を集めて、火属性の魔術で温度を上げた。

 冷えた身体を暖める時は、便利な魔法だ。


「みんな起きちゃうよ? バルドム君の面倒今日も見るんでしょ?」


 バルドムは忘却の都に住む少年の名前だ。

 以前この地で神族種と戦闘になった時、母親のアーマナフ共にお世話になった。

 今年で12歳になるバルドムは、将来色んな世界を見て回りたいらしい。


 だから今は力をつける為に、色々と修行している。

 忘却の都を訪れ度、ユーゴは彼の修業の面倒を見ていた。

 昨日も陽が暮れるまで付き合い、今日も朝一から修行を始める予定だ。


「大丈夫。昨日は疲れてから、どうせ今日は起きるのが遅いさ」


「バカっ」


 小さく呟いたルフの唇をユーゴは塞いだ。

 今は何も考えず。

 ユーゴは愛する人と甘い時間を過ごすことにした。

 

 修業の時間に遅れて、バルドムに怒られたのはもう少し後の話。


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