エピローグ 下
同時投稿二話目
「ユーゴ」
呼ばれたので振り返るとそこには、桃色の瞳で俺を見つめるルフの姿。
「どうした?」
「別に。どこに行ったんだろうと思って。みんな盛り上がってるよ?」
「分かってる」
隣に並んだルフにそう返し、ギルド本部の三階に設けられたベランダから海都を見下ろす。
魔帝軍との戦争決着から今日で丁度三年目だ。
いつの間にか戦争終結の日は、海都で祭りをやる流れになってしまっていた。
今となっては、各地に散った神獣の子が集まる唯一の日となっている。
祭りの後はギルド本部を貸し切って皆で騒ぐまでが一日だ。
人間として生きることを決めた俺には、この祭りに来ること自体胃が痛くなることが多い。
魔帝を倒した後、俺は意識を失った。
神獣化の影響もあったが、一番の原因は前日に行われたバカ騒ぎのせいだ。
今では寝不足で意識が飛んだのは笑い話である。
だから起きた時には本当にビックリされた。
生き返ったのかと言われたくらいだ。
しかも世間的には竜の神獣の子は既に死亡したことになっていた。
どのみち人間として、生きることを最初から決めていた俺にとっては都合がよかった。
神獣に子だと見知らぬ人にまでバレて、面倒事に巻き込まれる心配がない。
自由にできると勝手に喜んでいたのをよく覚えている。
それから俺はルフと一緒に各地を旅した。
冒険者としてはルフの名義で依頼を受けていたせいで無名に近いが、代わりにルフが五本の指に入るほどの冒険者だと言われるようになった。
俺はその付き人。それが今の俺の立ち位置である。
「明日になればまたバラバラだよ?」
横に並んだルフが心配そうに聞いて来る。
そんなに俺が寂しがり屋に見えるのだろうか。
「一緒に居て欲しい人は、常に隣に居るから大丈夫」
「うるさい」
顔を赤くしたルフのパンチが腹に突き刺さった。
最近は力加減を考えているから助かる。
「ベッドの上じゃ受け身で可愛いのに」
「いらないこと言うな!」
今度は強く背中を叩かれる。「いてて」と背中を軽くさすった。
「三年経っても相変わらずね」
「お前の胸もな」
「別に気にしないって言ったくせに……」
ルフが口を尖らせる。
気にしないのはもちろん本音だ。
だけど大きい方がいいなと思うのは、男の悲しい性である。
「ルフ。ちょっとごめん」
「え?」
ルフの身体をこちらに引き寄せ、そのまま抱えた。
俗に言われるお姫様抱っこである。
そして「神獣化」と小さく呟く。
魔力を足に集め、ベランダの床を蹴る。
空を飛び高度を上げていく。
海都の街が小さくなるにつれて、俺の首に回されたルフの腕に力が込められていく。
そして海都の街から遥か上空で停止。
「すごい……」
「ホント。何度見ても綺麗な街だ」
空には蒼い月。
そして眼下に広がるのは、魔道のランプで光の化粧を施した海都の街並み。
幻想的でどこかは儚いその光の群れの中で、人々の影が揺れ動く。
「神獣たちはこれを守りたかったのかな?」
「さぁ? 理由はそれぞれだろう」
魔帝軍を倒した数か月後、神獣たちは光の粒子となって消えた。
どうやら神獣を創造した魔帝が消えた為、その影響を受けたらしい。
アザテオトルと最後に交わした言葉は、よく覚えていない。
柄にもなく泣いてしまって、記憶が曖昧だ。
だけどひたすら感謝の言葉を言っていたような気がする。
それを聞いた父が笑ったことは覚えていた。
父の愛した世界の行く末を今は見守ろうと思っている。
今腕の中に居る大好きな人と共に……
「なぁ。ルフ」
「なぁに?」
「好きだ」
「そんな恥ずかしいことよくサラッと言えるわね……」
困惑するルフとの距離が縮まる。
誰も居ない空の上で俺たちは唇を重ねた。
いつの間にか大切な存在となった彼女共に、俺はこの世界を生きていくのだろう。
神獣の子としてではなく、『人間』として……