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エピローグ 上

「またね! レアス先生!」


 教え子が手を振って元気に駆け出していく。

 レアスはそんな魔術学院の生徒に小さく手を振る。

 そして荷物を入れたカバンを手に持ち、自分も帰路についた。


 学院の象徴である鉄の門を抜けて、いつもよりも人が多い海都の街を歩く。

 すれ違うのは街に住んでいる人や、時々屈強な身体した冒険者に交じって、エルフや獣人の姿も窺えた。

 三年前までなら考えられない程、エルフや獣人が街には溢れかえっている。


(それもこれも、神獣の子おかげか)


 三年前。

 世界に現れた神獣の子と呼ばれる存在は、魔帝軍との戦争終結後、それぞれの道を歩んだ。

 

 天馬の神獣の子は、エルフと人間をつなぐ架け橋に。

 狼の神獣の子は、国の力の象徴として発展に尽力した。

 

 淫魔の神獣の子は、商業都市の再建を行い、今はそこで店を開いているらしい。

 どんな店かは大体想像できる。

 

 人魚の神獣の子は海都に残り、今は人魚たちを守りながら、人々と人魚の交流の場を設けている。

 時々学院の臨時講師も務めてくれるが、優秀で教え上手だと生徒からの評判も良好だ。


 ――そして、竜の神獣の子は……


「ただいまー」


「お帰りなさい。すぐに出て行く?」


 家に戻ると母親のイムリがそう聞いて来た。

 自分が魔術学院卒業後、成績優秀者と言うことで学院の教師として残ることになってから母とは一緒に暮らしている。

 今では身体もすっかり回復し、毎日元気そうで何よりだった。


「うん。今日は大切な日だし」


 レアスは母にそう返すと、鞄を置いて家を出た。

 今日は年に一度の祭りが海都で開かれる。

 ずっと楽しみにしていた。

 柄ではないことは分かっていても、やっぱり皆に会えるのは楽しみだった。


 海都の中心の広場に向かって歩く。

 近づく度に人の数が増え、海都の街を魔道のランプが照らした。


 広場についてまず目に入ったのは、この日の為に建設された展望席。

 一応国の重役である天馬の神獣の子(ラウニッハ)狼の神獣の子(ベルトマー)に用意されたものだ。

 そして念のために、他の神獣の子の席もそこには用意されていた。

 人魚の神獣の子(ユノレル)淫魔の神獣の子(テミガー)が、用意された席に座るかどうかは別問題だが……


(やっぱり席は四つか)


 展望席を見上げてそれを確認した。

 それも当然かと思いチクッと胸が痛む。


 ――竜の神獣の子は死んだ


 それが世間の認知なのだから。

 もう竜の神獣の子は居ない。

 現存している神獣の子は四人だけだと。

 

「レアスさん」


 呼ばれて振り返ると、灰色の外套のフードを被った竜の国の王女(ソプテスカ)の姿があった。


「王女様がこんな所に居ていいの?」


「自分の欲望には素直な方ですから♪」


 笑顔の彼女を見て、レアスは肩を竦めた。

 この自由人は時々王女なのかどうか疑いたくなる。

 そう思っていると、周りから歓声が聞こえた。

 視線は皆展望席に向いており、レアスもつられて同じ方を向く。


 そこにはラウニッハとベルトマーが席についていた。

 用意させた席に座るとは、意外と彼らは真面目だったらしい。


「なんか意外」


「ですね。あの二人が座るなんて。もしかしたら他の二人も座りますかね?」


 そう言ったソプテスカになんて返そうか、そんなことを考えていると二人の声がした。


「嫌だよ♪」


「冗談でしょ?」


 声の先にはユノレルとテミガーが居た。

 本来ならば用意されている席に座るべき二人が、目の前で手に持った串焼きにありついていた。


「美味しい!」


「でしょ。海都では結構有名なんだよ」


 串焼きの感想を自由に述べるテミガーに対応するユノレル。

 この二人は本当に自由すぎる。


「レアスさん。ルフを見ませんでしたか?」


「さぁ? そもそも今日来るの?」


 ルフは冒険者として各地で功績をあげている。

 今や冒険者の中で五本の指に入るほどの実力者として有名だ。

 もっとも、功績は全て自分一人で挙げたと言うわけではないが……


「意外と独占欲が強いから、イチャついてるんじゃない?」


 テミガーが再び串焼きを口に運ぶ。


「いいなぁ。ルフちゃんばっかりズルい」


 ユノレルがちまちまと串焼きを食べる。

 小動物の様な可愛らしい姿とは対照的に、放つオーラが怖い。

 どんな魔術を使う気だと言いたくなるくらいの圧だ。


「人のことボロクソに言ってるんじゃないわよ」


 聞き覚えのある声。

 一同が振り向いた先には、赤い外套(・・・・)を身に纏ったルフの姿。

 相変わらずのポニーテールに強気な目。

 ただ、三年経って雰囲気が少しだけ変わった。

 大人になったと言うか、仕草の一つ一つに色気がある。


(絶対あの人に抱かれたからじゃん)


 レアスは勝手に原因をそう思っていた。


「ルフちゃん!」


 ユノレルが子犬の様にルフに近づき、鼻を近づけ色々と匂いを嗅いでいた。


「き、気持ち悪いからやめてよ」


 流石に身の危険を感じたのか、ルフが後退りした。

 嗅ぐことをやめたユノレルが舌打ち。


「ルフちゃんからあの匂いがする……さてはさっきまでお楽しみだったの!!?」


 ユノレルの言葉にルフの肩がビクッと揺れた。

 どうやらさっきまでルフは男とお楽しみだったらしい。

 何をしていたのかは、聞くつもりはない。

 相手の男から直接聞けばいいし、その男の性癖は大体知っている。


 ――かつて肌を重ねたことのある人だから


「ち、違う! あたしは襲われたの! 無罪だから!」


「それでも羨ましいのは変わりありません! 何をしたか全部言ってもらいますよ!」


「ズルいよ! いっつもルフちゃんばっかり!!」


「あの子がこんな大胆になるなんて♪」


 ルフに詰め寄るユノレルとソプテスカ。

 その様子を楽しそうに見つめるテミガー。

 そんな様子にため息を一つこぼし、レアスは展望台へと目を移す。


(あ……)


 ラウニッハとベルトマーの後ろから一人の男が近づいていた。

 白い外套を身に纏い、近づく男の顔はよく見えない。

 それでも誰かはすぐに分かった。


 ――あの人だ












「なんだ。来ていたのか」


 ラウニッハは広場を見下ろしたままそう言った。

 後ろから近づいている者の気配を悟った。


「祭り好きのテメェが見逃すわけねぇか」


 ベルトマーが吐き捨てるように言った。

 まだ彼も同じように前を向いたままだ。


「座りなよ」


 ラウニッハがそう言うが、彼は後ろに立ったままで座ろうとしない。

 予想通りの反応にラウニッハは頬を緩めた。

 ここに座ると言うことは、神獣の子だと認めるとの同義だ。

 それを後ろに立つ彼はしない。


「テメェも結構頑固だよなぁ。武闘大会にも参加しねぇし」


 ベルトマーが残念そうに言った。

 近年狼の国で開催されている武闘大会。

 腕自慢の集まる大会にラウニッハも観戦に行った。

 優勝したのは名も無き冒険者だったが、本来の目的はベルトマーが彼と戦う為に設けた大会だった。

 彼が参加せずに結局その話は流れてしまった。


「……しかし、いつの間にか神獣の子(僕たち)も馴染んでしまったな」


 ラウニッハは椅子の肘掛に頬杖をついた。


「俺様を受け入れるのは当然のことよ」


 ベルトマーが背もたれに体重を預けた。

 そして二人が振り返る。


 そこにはいつもと違う白い外套を着た男が居た。

 愛用の外套では目立つと判断したらしい。

 男は二人の神獣の子に微笑んだ。


人間(・・)の俺にはよく分からん」


「フフ。相変わらずだね」


「チッ」


 二人の反応に男は肩を竦めた。

 そして何時もの言葉を返す。


「俺はユーゴ。それ以上でも以下でもないよ」









 世界に変革と混乱をもたらした神獣の子。

 その中でも最強と謳われた竜の神獣の子。


 魔帝との死闘で竜の神獣の子()死んだ。

 しかしその直後から、各地で妙な噂が流れ始める。

 謎の冒険者である赤髪の男が各地で人助けをしていると……


 人間として生きることを選んだその男の正体……それを知る者は意外と少ない。


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