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第113話 黒炎は幻のように

 朦朧とする意識の中でユーゴは過去のことを思い出していた。

 もう遥か過去になってしまった前の世界での記憶。

 漠然と人生の未来に不安を抱えていた自分は、ある日突然竜の子供として転生していた。


 そこから力をつける為に色んなことをやった。

 初めて火の魔術を使えた時の感動は、今でも覚えている。

 それから闘術で一日かけて森の中を駆けた。


 力をつけて時間が経つにつれて、世界を見たいと思った。

 自分と同じ神獣の子に会いたい。

 ただ純水にそう思った。


 旅に出てからはここまであっという間だ。

 色んな人と出会って、色んな人と戦い。

 笑って騒いで飲み潰れて。


 悪くない。

 こんな人生も悪くないなと思い、ユーゴの口元が緩んだ。


「ユー君?」


 傍に居るユノレルが不安素な顔で見て来る。

 彼女に笑みを返して、自分の命が長くないことを悟った。

 まるで燃え尽きる前のロウソクのように、自分の命はいつか尽きるだろう。

 ただ頭は驚くほど冷静だった。


「みんなは?」


「もう少しで意識が戻ると思う」


 ユノレルがそう言って、蒼い半透明の球体に包まれた三人の神獣の子に視線を移した。

 身体の怪我を回復させることに特化したその球体の中では、三人の傷が急速に治っている。

 意識を取り戻すのは時間の問題だ。


(それよりも今は……)


 ユーゴは顔を上げた。

 最果ての地をすっぽり覆った半透明の壁。

 魔帝が展開した結界を破壊しないとここから出ることは出来ない。

 どうやって壊そうか考えるが、破壊するだけの魔力を使えば魔帝を倒す力は残っていないかもしれない。


 そう思うと今この場で全力を出すわけにはいかない。

 だけどこのままでは被害は大きくなるばかり。

 どうすればいいかなんて答えは出なかった。


 視線を横に移すとユノレルが両手を組んで祈りを捧げている。

 両手で包み込むように、愛用の蒼いペンダントを握っていた。

 徐々に高まる彼女の魔力にユーゴが確信する。


 魔帝アムシャテリスが覚醒した自分に勝てないことを想定していたように、人魚の神獣(ユスティア)も今の様な事態を想定したことに。


「ママがね、ずっと言ってた。このペンダントだけは持っておきなさいって。いつか役に立つからって」


 それは今この時に間違いない。

 まだだ。まだ戦える。

 その事実に今は笑みを浮かべた。














「さぁ……まだ抵抗する気力は残っておるか?」


 魔帝の見下すような問い。

 いくら高い所から見下ろしているとはいえ、まるで神の真似事をする相手に怒りが湧き上がる。

 今さら抵抗を諦めるわけがない。


 腕で身体を起こし、痙攣する足で支える。

 神獣に守られたはずなのに、ズキンと脇腹の痛み。

 追い討ちをかけるように全身から痛みの信号が送られてくる。

 息を吸う度に痛む。


 自分でも笑ってしまうくらいボロボロだ。

 それでも諦めるわけにはいかない。

 今までがそうだったように……


「あるに決まってるでしょ……!」


「人間風情が粋がるな。周りを見ろ。壊滅的な被害、頼みの神獣たちは瀕死で神獣の子も助けには来ない。未来なんて無いのだよ」


 ドシンと地面が揺れた。

 魔帝の言葉を聞いた竜の神獣(アザテオトル)が足を地面に突き立てた揺れだ。

 所々赤い鱗が剥がれた身体は痛々しく、見ている方が辛い。

 最強の神獣がここまで傷つくなんて、竜の国の人が見れば卒倒するかもしれない。


 アザテオトルが赤い翼を広げ、空に向かって吼えた。

 耳元で鐘を鳴らされたかのように鼓膜が震える。

 それは威嚇ではなく鼓舞。

 それだけはハッキリと分かった。


「ワシらの子供を舐めるなよ」


 短くそう返したアザテオトルには確信がある。

 まだ神獣の子(彼ら)は負けていないと言う確信が。

 

 ルフは破弓を手に取り、魔帝をジッと見つめる。

 思い出すのはユーゴと今朝交わした言葉たち。


(ホント。嘘ばっかりつくんだから)


 クスっと頬を緩め、彼の顔を思い出す。

 魔帝が言うことが本当ならば、神獣の子(ユーゴたち)はもうすでに死んでいるか、動ける状況にないと言うことだ。


 ただ不思議なことにルフには確信があった。

 神獣の子は必ず来る。

 そんな確信が。

 

 理由はない。

 そう信じているだけだ。

 今までがそうだったように。


 巨大化した魔帝が背中の翼を広げた。

 海都に壊滅的な被害を出した技を再び使う気らしい。

 もう一度防ぐだけの力を今の自分たちは有していなかった。

 

 圧倒的破壊の前には、全てが無意味だったのだろうか。

 破壊された海都の街には、父であるテオウスや母のミエリだって居た。

 無事かどうかなんて確かめる術はない。

 状況は絶望的だ。

 だけど不思議と焦りはなかった。


 それは言葉で言い表す事が難しい感覚のせいだろうか。

 時折感じるこの感覚は、ある者の存在を主張している。

人魚の神獣(ユスティア)ではなく、神の力を受け継ぐあの女の子の……


 ルフたちと魔帝の間に魔力で精製された蒼い球体が出現した。

 徐々に大きくなるその球体の中から、水の槍が飛び出し魔帝の身体を貫いた。


「なに?」


 その球体をギロッと睨む魔帝の身体に空いた穴が、一瞬で塞がる。

 やっぱりダメージは全部無効化されるのかと改めて思う。

 蒼い球体から人影が舞い降りる。


 フワリと舞う蒼い髪と白いワンピース。

 その姿は間違いなくユノレルだった。


「貴様……どうやって」


 魔帝の問いにユノレルがニヤリと笑う。


「内緒♪」


 唇の前に人差し指を立てた。

 それと同時に蒼い球体から飛び出して来たのは、茶色と緑色の魔力斬撃。

 二色の輝く魔力が魔帝の羽を貫いた。


「なめんなよ!」


「早い男は嫌いなの♪」


 出て来たのはベルトマーとテミガー。

 全身傷だらけの二人がユノレルの前に着地した。

 そして蒼い球体が消えると、そこにはラウニッハとユーゴの姿もあった。


「ユーゴ!!」


 思わず叫んでしまった。

 そのままの勢いで駆け寄る。

 彼は片膝をついて身体を休めていた。

 立ち上がるのも辛いらしい。


「元気そうだな」


 自分の姿を見て笑うユーゴ。


「あんたこそ生きて……」


「まだ魔帝は倒してないからな」


 ユーゴはそう言って魔帝と向き合う。

 魔帝は目の前に現れた神獣の子らを睨みつけて、眉間に皺を寄せた。


「なるほど……策を講じていたのはそちらも同じか」


 魔帝がその翼を広げる。

 貫かれて翼の穴の開いた箇所が急速な速度で修復された。

 ダメージを与えることすら不可能なのだろうか。


「生きていのはたいしたものだ。だが再び我を追い詰めるだけの余力があるかな?」


 残虐な笑みを浮かべ、魔帝の翼が白く輝く。

 海都を半壊させた攻撃がまた来る。

 ルフは神獣の子らに目線を移す。


 五人とも動ける状態らしいが、全員が肩で息をしている。

 特にテミガー・ベルトマー・ラウニッハの三人は、身に着けた服に血がこびり付いており、最果ての地で行われた戦闘の凄惨さが見て取れた。

 傷口だけを塞いでいる状態だ。

 まともに動ける身体じゃないはず。


「みんな……やることは分かっているね」


 ラウニッハが槍を手に持ち前に出た。

 その後に続いて、ベルトマーが大剣を肩に担ぐ。


「ユーゴ。良い所はくれてやる。だから今度はしくじるなよ」


「男ならしっかり決めてよね♪」


「ユー君なら出来るもん!」


 何故かテミガーに反論したのはユノレルだった。

 この五人は本当に状況が分かっているのだろうか、何処か緊張感が無い。


「ユーゴの一撃に繋げるぞ」


 ラウニッハがそう呟き槍を空に向けた。

 雷鳴が轟く。

 厚い雲が空を覆い、暗い影を海都に落とす。


「アムシャテリス」


「なんだ? 竜の子」


 ユーゴがゆらりと立ち上がる。

 そして笑顔。


「余力なんてねぇよ。だけど……次で終わりだ」


 その言葉と同時に神獣の子たちが動いた。

 ラウニッハが雷を落とし、魔帝を攻撃。

 テミガーが魔力剣を握り、海を走る。


「無駄なことよ!!」


 魔帝の白い翼が輝き、強大な魔力が海都に向けられる。

 このままでは跡形もなく滅んでしまう。

 しかし海都を囲う海が壁の様に隆起して、そのままドーム状に海都を覆ってしまった。

 蒼い壁が白い魔力を防ぐ。

 壁はビクともしないが、代わりにユノレルの消耗が激しくなる。


「はぁ……はぁ……まだ……」


 ユノレルが歯の奥をグッと噛む。

 この結界を発動している間は消耗が激しいのか、鼻から血が流れ地面へと落ちる。

 結界の外ではラウニッハが雷による攻撃を魔帝に加えていた。


「しつこい」


 魔帝がそう呟くと白い魔力が消えた。

 結界が解除され、周りの蒼い壁がただの海水へと戻る。

 ユノレルの身体がフラリと揺れた。


「あとは……よろしく……」


 そう呟きユノレルが倒れる。

 それ同時にベルトマーが動く。


「神獣化!!」


 神獣化を発動させたベルトマーの身体に海水から集まった魔力が集中した。

 蒼い魔力は彼の身体に収まり、巨大な一つの塊となる。


「ユーゴぉ!!」


 叫びと同時にユーゴがベルトマーの構えた大剣の上に乗る。

 まるで発射台だ。

 そしてベルトマーが大剣を振るう。

 茶色の魔力と共にユーゴが空高く打ち上げられた。


 ジッと目を細めてみると、ユーゴの身体から赤い魔力放射。

 そして茶色の魔力がユーゴの身体に吸収された。

 同時に彼の髪の色が黒くなる。


「バカめ!!」


 魔帝がそう叫び、右腕をユーゴに振るう。

 空中で撃ち落とされると思ったが、拳はユーゴの真横を通り過ぎた。


「残念でした♪」


 テミガーが魔帝の肩に乗って笑顔。

 どうやら幻術の能力で魔帝の認識をズラしたらしい。


「貴様らぁ……!!」


 魔帝が肩の上に居るテミガーを払い落とそうとするが、無数の雷が落ちた。

 雷に足止めをくらった魔帝の動きが一瞬止まり、その隙にテミガーが肩から降りる。


「お膳立てはここまでだよ……」


 ラウニッハがそう言い残し倒れた。

 重症の身体に天相の力を無理やり使ったせいで、限界が来たようだ。


「ぶちかませぇ!! ユーゴ!!」


 絶叫に近い叫び声で、ベルトマーが吼えた。

 聞こえたかどうか分からないが、ユーゴの全魔力が右腕一本集まる。


(そうか……それなら……)


 ユーゴは右腕一本に魔力を集中させることで、一時的に限界を超えるつもりらしい。

 確かに右腕一本に魔力を集約すれば、一撃位なら桁外れの威力になるだろう。

 ただしその攻撃を繰り出す身体は、なんの補助をされていない。

 攻撃の衝撃自体に耐えることは不可能だ。


「ユーゴ……」


 魔帝へと近づく男の背中を見て、ルフは今朝の言葉を思い出す。

 ユーゴがついた嘘を……


 ――魔帝を倒す!


 ユーゴが右腕を引いた。


 ――生きて帰って来る!


 魔帝の胸へと狙いを定める。


 ――そして!


「これで終わりだ」


 ユーゴが右腕を魔帝へと伸ばす。

 同時に解放された黒い炎が魔帝の身体を貫いた。

 天を穿ち、何処までも伸びる黒い炎の筋。


「バカな……我が……人間なんぞに……」


 魔帝の身体から白い光の粒子出て来た。

 そして爆発。

 海を揺らすその爆発の衝撃波が海都を襲った。

 ルフは細くした目で空を見つめる。

 そこには赤い外套を身に纏った男が空から落下している姿。


「ユーゴ!!」


 ただ叫んだ。

 今朝彼が叫んだように……脳裏に焼き付く彼の言葉の様に……


 ――そして! ルフ・イヤーワトルが一番好きだ!!













 ユーゴは浮遊感に身体を任せた。

 頭から落ちていることは分かるけど動く気力が湧き上がらない。

 目を固く閉じ、そのままただ落ちていく。


 身体に力が入らない。

 二度目の神獣化と魔力吸収のせいで身体は限界寸前だ。

 いや、既に限界を超えているのかもしれない。

 だから身体がピクリとも動かないのだろう。


(俺も終わりか……)


 そう思った直後、身体が柔らかい何かにキャッチされた。

 暖か周りに思わず眠気が湧き上がるが、状況を確認する為にゆっくりと目を開ける。


天馬の神獣(フィンニル)……?」


 そこには金色の毛並が広がっており、神獣の力強い心臓の鼓動が聞こえた。


「よくやってくれました」


 フィンニルがそう言って地上に降りる。

 ユーゴも同じように地面に立つが、足に力が入らずスグにふらついた。


「ユーゴ!!」


 そんな自分を支えてくれたのはルフ。


「大丈夫!!?」


「そう見えるか……?」


「見えないわよ。バカっ」


「ヒドイな……」


 涙目のルフにそう返すと、肩に当たる冷たい雨に気がついた。

 気がつくとあっという間に雨足が強まる。

 しかしユーゴの身体は、何も感じなかった。


(あぁ……疲れたなぁ……眠いなぁ……)


 そう思っただけで、意識が遠のいて行く。

 今目を閉じれば、ずっと寝ていられる自信があるほどの眠気が襲って来た。

 

 寝不足かな。ふとそう思った。

 だけど気がついたら、ユーゴはルフを抱きしめていた。


「ちょ! みんなが見てるっ」


 腕の中で動こうとするルフを強引に押さえつける。

 周りからは「ズルい!」とか「私もやって下さい!」とか聞こえるけど、全てを無視した。

 今はただ、自分の腕の中で小さくなる女の子の存在を刻むために……ユーゴはゆっくりと目を閉じた。











「ちょっと、全体重預けないでよ! 重いでしょっ」


「………」


「聞いている!? ちゃんと自分の足で立って!」


「………」


「ねぇ、ふざけてる場合? 離してくれたのはいいけど……」


「………」


「起きてよ……返事してよ……腕を地面に向けないで……動かしてよっ」


「………」


「ねぇ……また呼んでよ……」


「………」


 雨足が再び強くなる。

 冷たい雨の音に、ルフの慟哭は消えて行く。


 この日、人々の戦争は終わった。

 そして世界は再び動き出す。

 終わらない明日へと向かって……たとえ、そこに居るべき人が居なくても……


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