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第111話 竜の神獣の子ユーゴ


「化け物……」


 ユノレルはボソッと呟いた。

 テミガーに治癒魔法をかけながら戦況を見守っていた。

 状況は圧倒的に不利だ。


 魔帝の全力の前にベルトマーとラウニッハは徐々に追いつめられている。

 大剣と槍で身体を支えているが、二人とも全身血だらけで今にも倒れそうだ。魔帝の意識がこちらに向く度に、二人はその意識を逸らす為に攻撃を仕掛けていた。


「ベルトマー、今どんな気分だい?」


 右肩が動かなくなったラウニッハが息を切らしながら言った。

 自慢のスピードは既に奪われ、天相の力が発動できない程魔力が枯渇している。


「最悪だ」


 短くそう返したベルトマーが魔帝を睨む。

 まだ闘志は萎えていないが、両足が痙攣している。

 魔帝の攻撃をその身に何発もくらい、口端から血を流していた。

 きっと内臓の一部が潰れているか、骨が折れている。

 動ける時間はもう少ないだろう。


「二人とも死んじゃうよ!」


 思わず出た言葉。

 同じ神獣の子で共に戦う者が死ぬかもしれない。

 そう思って声が出てしまった。

 

 その声に反応した二人が、横目で見た。

 そして、それぞれの武器を構える。


「「死ぬかよ」」


 そう短く返した二人が魔帝に突っ込んでいく。

 無理だ。勝てるわけがない。

 今の自分たちと魔帝には埋められることの無い差がある。

 

 そんなことは二人もよく分かっているはずだ。

 それでもユーゴの準備が整うまでは、倒れるわけにいかない。

 その気持ちが二人を支えているのだろう。


 魔帝が動いた。

 直後、ベルトマーとラウニッハの身体から血飛沫が舞った。

 武器を落とし、血の海に倒れる二人の神獣の子。


「次は貴様だ」


 魔帝が地面に倒れる二人の間を抜けて、こちらに近づいて来る。

 ユーゴによく似た赤い瞳の視線が身体に突き刺さる。

 神獣の子三人を呆気なく倒した神獣たちの神。


 こんな化け物をどうしたらいいのか。

 本気を出した魔帝の力は、自分たちと基本性能が違いすぎる。

 視認できない速すぎる動き、闘術で強化された身体を貫く圧倒的な力。


「ここは通さない」


「用があるのはその中に居る竜の神獣の子だけだ」


 魔帝の身体から溢れ出た魔力が相手の右腕に集まる。

 ジャンプした魔帝がこちらを見下ろし、右腕を突き出した。


(来る!!)


 ユノレルは神獣化状態の魔力を総動員。

 祈る様に両手をパンと合わせた。

 広範囲に結界を展開し、地面に倒れる三人の神獣の子すらも覆う。


「消えろ」


 魔帝がそう呟き、白い魔力の塊を放つ。

 ドーム状に展開された結界が白い塊を受け止めた。

 眩い輝きに目を細める。


 強大な魔力の前に結界が軋む。

 頭痛が大きくなる。


(なんでこんな必死になってるんだろ)


 ふとそんなことを思った。

 ユーゴ以外の神獣の子を守る理由なんて本当はない。

 反射的に結界を広範囲に展開したせいで、無駄に魔力を消費している。


(あぁ、ユー君みたいだ)


 クスッと頬を緩んだ。

 自分に世界の広さを教えてくれた人は、いつもその背中で他人を守っていた。

 危険と分かっていても、誰からも称賛されなくても、彼はいつも先頭に立っていた。


「抵抗する意味があるのか?」


 結界を揺らす魔力が大きくなる。

 このままじゃ結界が破られる。


「意味はあるよ……だってもうすぐ貴方は死んじゃうんだから♪」


 ユノレルは確信を持っていた。

 後ろの結界から感じるその胎動。

 もうすぐだ。もうすぐ彼が来る。


 ――最強の神獣の子にして、自分が本気で愛した唯一の男が


 背後から蒼い火柱が伸びて、魔帝の白い魔力を押し返した。


「なに?」


 地面に着地した魔帝がこちらを睨む。

 その視線は自分ではなく、背後に居る男に向けられていた。


「ナイスファイト」


 振り返ると蒼い結界が無くなり、赤髪の男が姿を見せていた。


「ユー君……」


 身体の力が抜けて、膝が曲がる。

 倒れそうになる身体をユーゴが支えてくれた。


「ありがとう」


 彼はそう言って、頭を撫でてくれた。

 離れていくその手を名残惜しいと思うけど、魔帝に勝てるのは彼だけだ。

 ユーゴが自分の身体からそっと手を離し、一歩前へ。


「みんなにもそう伝えておいてくれ」


 彼は目の前で倒れる神獣の子の間を抜けて、魔帝へと歩みを進める。

 横目で倒れるベルトマーとラウニッハを見て、少しだけ彼の雰囲気が変わった。


「随分と暴れたらしいな」


 ユーゴの放つ殺気が増す。

 それと同時に彼の周りに五色の魔力玉が浮かぶ。

 ユノレルは思わず唾を飲み込んだ。


 怖い。


 知っている人を見ているはずなのに、空間を支配するその殺気。

 魔帝もそれを感じたのか、ユーゴから視線を外さない。


「貴様……一体何者だ?」


「俺はユーゴ。それ以上でも以下でもないよ」
























 俺の言葉に目の前の魔帝の眉間に皺が寄った。

 神獣化した神獣の子を倒す奴だ。

 強いのは分かっていたけど、ここまで圧倒するとは思わなかった。


「楽しませてくれるのだろうな。竜の神獣の子」


「さぁ?」


 魔帝にそう返し、身体の中の門を開ける。


 ――神獣化


 そう呟くと赤い魔力が可視化され、身体を包んだ。


「他の者と同じ……それが切り札か?」


「いや。ただの準備さ」


 魔帝が距離を詰めて来た。

 振られた拳を片手で受け止めると、魔帝の表情が硬くなる。


「他の者は反応すら出来なかったぞ」


「あっそう」


 空いた腕を振るうと魔帝が横に動いた。

 一旦距離をとり、地面を蹴る。

 速いけど今の俺には見えるかどうか(・・・・・・)は関係ない。

 魔帝が突き出す右拳に合わせて、カウンターの要領で顔面を狙う。

 

 的確に魔帝の頬を捉えた拳をそのまま振り切った。

 人形のように吹き飛んだ魔帝の身体が、地面に数回打ちつけられ転がる。


「貴様……見えているのか?」


「いんや、見えてないよ。お前の動きは」


 見えているのは相手の放つ魔力の動き。

 完全に父の力を引き継いだ俺の目に映る世界は一変した。

 神獣化を行えば、魔力の情報が目に見える。


 父は『竜の瞳』と呼んでいた。

 まぁこんなものは、本当の力の副産物だ。

 俺の周りに浮かぶ魔力玉が輝きを増した。


 この魔力玉から全部の魔力を引き出す為に、俺の魔力と連結させる必要があった。

 その為に少しだけ時間がかかった。


「やはり、アザテオトルと同じ力を使えるのか」


 魔帝がこちら睨む。

 その視線に笑みを返し、父から受け継いだ本当の力を発動させた。

 魔力玉に長年蓄積された魔力が空中に解放される。

 

「これがお前を倒す為の力だ」


 そう呟き魔力を吸収(・・)する。

 全身を魔力が巡り、心臓の鼓動が早くなった。

 ベルトマーは似た力を使えるらしいが、規模は俺の方が圧倒的に大きい。


 ――魔力を吸収して、それを力にする


 それが竜の神獣(アザテオトル)に許された能力。

 そして俺が受け継いだ最後の力。

 身体に許容力を上回る魔力を流し込み、生物としての次元を押し上げる。

 過剰な魔力摂取は手足を蝕み、やがて身体の中から俺を崩壊させるだろう。


 ただでさえ負荷のかかる神獣化に上乗せするんだ。

 俺の死ぬ確率は極めて高い。

 だから神獣たちは魔帝と引き換えに俺が死ぬと言った。


「本当に人間か?」


 魔帝の顔が更に険しくなる。

 そしてこの時初めて気がついたけど、視界の端に見える髪の色が黒くなっていた。

 身体の奥から湧き上がる力を感じ、小さく息を吐く。

 目の前の魔帝だけを視界に捉えた。


「いくぜ」


 たった一歩。

 軽く踏み込んだだけで地面が抉れた。

 拳を無防備な魔帝の顔面にねじ込む。

 

 反応出来ない魔帝の顔に当たった感触のまま腕を振り切った。

 魔帝が遥か向こうに飛んでいき、最果ての地から外の海まで飛んで行ってしまう。


「おっと」


 勢い良く殴り過ぎたと思い、身体を宙に浮かす。

 そのまま空を飛び、魔帝が吹き飛んだ方向へと急いだ。


「人間風情が!」


 海面に立つ魔帝がこちらに向かって白い魔力の塊を放つ。

 空中を縦横無尽に動き回り、連続で放たれる白い光線を回避した。

 ただ時間をかけるほど攻撃が激しくなり、近づくことが難しくなる。


「邪魔なんだよ」


 身体の魔力を高め、右腕を前に突き出す。

 溢れたのは黒い炎。

 何かも飲み込んでしまいそうな漆黒の炎が腕に纏わりついた。


「くらえ」


 黒い火柱を海の上に立つ魔帝に向かって放つ。


「舐めるな!」


 魔帝も対抗して白い魔力の柱を放つ。

 空中でぶつかる黒と白の魔力の塊。

 徐々に大きくなる魔力の衝突は、最果ての地の大地すらも削り取ろうとしていた。

 吹き荒れる風で海は大きく波打ち、魔力が天を穿つ。

 真っ直ぐ伸びた白と黒の魔力の柱が天を左右に割った。


「やるではないか」


「どうも」


 魔帝にそう返し、海へ急降下。

 海面スレスレで止まり、低空飛行で海を飛んで魔帝との距離を詰める。

 右腕に魔力を集めれば、腕が黒色で染まった。


 同時に頭にズキンと痛みがはしる。

 心臓の鼓動がうるさい。

 今にも破裂するのではないかと思うほどバクバク鳴っていた。

 

 本能的に分かる。

 これ以上に負荷は身体がもたない。

 だから次の一撃で決める。


「正面か!」


 魔帝が俺を受け止める体勢を整えるが、避けられると面倒だ。

 空いている左の掌に黒い炎を球体で固める。

 それを相手の足元に向かって放つ。

 海に黒い球体が当たると、水蒸気が俺と魔帝の間に割って行った。

 一瞬で霧に染まる視界。


 もちろん、魔力感知を使えば居場所はすぐにばれる。

 それは俺が魔帝を感知するにも同じだ。

 ただし今の俺が欲しかったのは、一瞬の隙だった。


「む!」


 俺が水蒸気を発生させたことに少し動揺した魔帝の動きが止まる。

 その瞬間に一気に加速。

 魔帝との距離をゼロにした。


「じゃあな」


 魔帝の頭に狙いを定め、右拳を引いた。

 完全に立ち遅れた相手は俺に貫かれるだけだ。


「人間がっ」


「その人間にお前は負けたのさ」


 歯ぎしりする魔帝に右拳を振り降ろす。

 相手の頬を捉えたと同時に魔力を解放。

 黒い輝きが魔帝を包み、白い身体が黒い炎で包まれた。

 後は勝手に炎が全てを燃やしてくれる。

 そう思った瞬間、黒炎に身体を焼かれる魔帝が再び笑みを浮かべた。


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