第109話 最果ての地
海都に眠っていた古代兵器は魔力の充填を終えて、使用可能な状態にまで戻っていた。
汚れが一切ない白い船体。
帆を必要としない、空飛ぶ船。
アーク。それが名前らしい。
各自に魔力玉が渡され、日が昇った海都の海に現れた白い船に、俺たち神獣の子五人が乗り込む。
神獣や他の戦力の人たちは海都に残る予定だ。
最果ての地へは俺たち五人だけで行く。
船内は普通の船と変わりなく、操縦はラウニッハが一通り教えてもらったらしい。
俺は難しいことが分からないので任せることにした。
「みんな。準備はいいかい?」
ラウニッハが出発の為に一応確認する。
さっき起きたユノレルとテミガーは眠そうに頷き、ベルトマーは風の当たる場所で外を見ていた。
「ユーゴ。いいかい?」
「ああ。行こう。全部終わらせに」
俺の返事を確認したラウニッハが船体に右手を付けた。
魔力を流すと船体全体が白く輝き、海面から宙へ浮く。
船出を見に来ていた人たちから歓声があがる。
あっという間に海が遠くなった。
ワイバーンで飛ぶより安定しているなと勝手なことを考えていると、頭の中に声が響いた。
『ユーゴ』
父の声だ。
『天馬の神獣に力を借りて声を飛ばしている。黙って聞いてほしい』
父にはそう言われたが、船の端に移動して小さくなった海都を見つめる。
視力を強化すれば、海都の奥に広がる森の奥からこちら見つめる神獣たちの姿があった。
『ワシはいい父ではないだろう。死ぬと分かっていて貴様から人間性を取り除かなかった。ただ力を持つ者として育てれば、他人と関係を持つこともなく……別れを迎えることもなかった』
死ぬのは可能性なのに、なんで死ぬ前提なんだろう。
みんな酷いなと心の中で毒を吐く。
『すまない。重荷を背負わせてしまって』
謝らないでくれ。
あなたの力が無ければ、救えなかった人が居る。
あなたの力のおかげで、一緒に居られる人が居る。
『行ってこい。息子よ』
頭の中に聞こえる声が消えた。
魔力を高め、空に向かって炎を放つ。
赤い炎が空に広がり、炎熱が頬撫でた。
――ありがとう。行ってきます
聞こえないと分かっていても、ただ伝えたかった。
俺を育ててくれた父へ。
進むにつれて徐々に空を覆う雲が分厚くなる。
船の端の方でラウニッハがテミガーに「ちょっと、天相を発動させないで」と攻められていた。
もちろんラウニッハは「僕じゃない」と否定している。
魔力は感じないし、雷鳴も聞こえないから奴じゃ無いことは間違いないだろう。
だとすればこれは自然の雲ということだ。
なんとも不穏な雲だ。
「ユー君」
「どうした?」
「何か来る」
ユノレルがそう言った直後、白いビームの様な物が船体を掠めた。
「敵かぁ!!?」
嬉しそうなベルトマーが大剣を握る。
やる気が満々なのは結構なことだが、大剣の出番はないような気がした。
「ラウニッハ! この船の武器は!?」
「結界だけだよ」
「ポンコツ古代兵器ね」
テミガーのツッコミは完全に同意だ。
空飛ぶ船なんて凄い物創れるなら、凄い兵器の一つくらい装備していてもおかしくないはず。
「予算の問題らしい」
アホすぎる理由に眉間を抑える。
そもそも古代人に予算の概念があったことの方が驚きだ。
いやこの場合は、資材不足の方が正しいのか。
「人魚の神獣の子! 敵の位置を教えろぉ!」
「索敵魔法の範囲外からの攻撃だから分からない」
ベルトマーが舌打ち。
船体が傾く。
倒れないように踏ん張り、顔を上げると白い光線がまた船体を掠めた。
ラウニッハが船を操作しているので攻撃を回避したらしい。
「このまま高度を下げて突破する!」
船体が前にカクンと傾き、急速に海面が近づく。
隣に居たユノレルが腕をギュッと掴んできた。
浮遊感に不慣れな彼女にはちょっと怖いかな。
海面スレスレで船が平行に戻り、速度を上げた。
そして視界に島が見える。
あれが最果ての地のようだ。
その大地から白い光線がこちらに向かって来る。
どうやら超長距離の迎撃が可能な相手がいるらしい。
「俺様に任せなぁ!!」
ベルトマーが船首の場所に立ち、大剣を構えた。
船に直撃する攻撃を防ぐ気か。
「ユノレル。船の結界を強化してくれ」
「う、うん! でもベルトマーが防ぐ気満々だよ?」
「ここで無駄な消耗は避けたい。それにあいつにはもっと大きな仕事をしてもらう」
小さく頷いたユノレルの魔力が高まる。
船体に両手をつくと、船を覆う半透明の結界が僅かに蒼くなった。
「ベルトマー! 防御は任せて魔力を抑えろ!」
「あぁ!? 楽しみを奪う気か!?」
「まぁまぁ。竜の神獣の子の言う通りにしましょうよ♪ 何か策があるみたいだし」
テミガーがちゃっかりベルトマーの隣に立つ。
察しが良くて頭の回転が早いから助かる。
「チッ。そういうことかよ」
要領を理解してくれたベルトマーが最果ての地をジッと見つめる。
ラウニッハを横目で見ると小さく頷いた。
勝負は一瞬だ。
船体に何発か白い光線が当たるが、強化された結界がそれを弾く。
その度に船体が揺れるが、ラウニッハは意に介さず白い船を直進させる。
徐々に明らかになる最果ての地の姿。
黒い地表に樹が生えていない荒廃した大地。
空は分厚い雲に覆われ、遠くに見える山からは火山が噴火している。
この世の終わり。そんな言葉浮かんだ。
「さぁて……どこだ?」
ペロッと舌を出したベルトマー大剣を構えた。
そんな狼の神獣の子の背中にテミガーが手を添えた。
純粋な魔力の譲渡。
ベルトマーの持つ大剣が土と風属性の混合色を示す。
抹茶に近いその色は、土属性の硬度と風属性の切断類の能力を兼ね備えている。
相手の攻撃が激しくなった。
白い光線が止めどなく放たれ、隙間を探す方が難しそうだ。
ただし、光線が集中している場所がある。
そこに相手の迎撃部隊がいるはずだ。
船体が最果ての地へと近づく。
あと少しで到着だ。
もちろん俺たちの上陸を防ぐために攻撃の激しさが増す。
「ベルトマー!! ぶちかませ!!」
「おうよ!!」
力強くベルトマーが大剣を振った。
抹茶の魔力が最果ての地へと飛んでいき、直撃と同時に大地を抉った。
攻撃が止んだ。
その隙にラウニッハが船体を最果ての地へと近づけ、岸辺に止めた。
「お疲れ。ユノレル」
「うん。余裕だよ」
結界を解除したユノレルが笑顔を返す。
とりあえず最果ての地にはついた。
後は……
「ユーゴ!」
ラウニッハに呼ばれ、上を見ると白い光線が無数に見えた。
まぁ相手もバカじゃないし、対処法くらいは備えているだろう。
これだけの魔力を使った攻撃だ。
勝負を決するには十分すぎる。
「ただし……神獣の子が相手じゃ無ければな」
四色目の蒼い炎を発動させる。
同じ神獣の子や古代兵器なら炎熱で溶ける心配もない。
思いっ切りやらせてもらう。
上に向かって蒼い火柱を放ち、相手の白い光線全部を押し返す。
これで相手の攻撃は防いだ。
「ラウニッハ!!」
「任せろ」
ラウニッハが槍を振るう。
次の瞬間、空に雷鳴が轟く。
そして光。
無数の雷が最果ての地の大地へと落ちるその光景は、まさに地獄と呼ぶにふさわしい。
焼け焦げた匂いが鼻孔をくすぐる頃、ラウニッハが天相の力を抑えた。
「さて。行くか」
五人全員で最果ての地の大地を足で踏む。
砂利に近いその大地を迷わず進む。
山の様な坂道を登って行くと、山頂付近で神族種たちの死体が転がっていた。
徐々に白い光の粒子へと帰って行く姿は、どこか幻想的で美しい。
「なんにもねぇな」
先頭を歩いていたベルトマーが呟く。
山頂まで登った俺たちの目の前には最果ての地の大地が広がっており、そこには樹が一本も生えていない大地が続いているだけ。
ここに魔帝が居るのだろうか。
まさかとは思うけど、ラウニッハの天相による攻撃で死んでいたりしてないよな。
「ねぇ。あれ、何だと思う?」
テミガーが荒廃した大地の奥を指さす。
目を凝らしよく見ると黒い球体がそこにはあった。
明らかに不自然だ。
「面倒だ。一気に行くぜぇ!!」
ベルトマーが闘術の力を発動させ、一気にジャンプ。
飛翔と呼ぶに等しい跳躍で、黒い球球体へと近づく。
「じゃあ、お先!」
「人魚の神獣の子をよろしくね♪」
ラウニッハとテミガーが続いてジャンプ。
あっという間に三人の背中が小さくなった。
ユノレルが闘術を使えないと知って、酷い奴らだ。
「ユー君……」
「分かってるよ。摑まれ」
「ん」
ユノレルをお姫様抱っこ。
そのまま足に魔力を集めた。
力強く地面を蹴り、三人の後に続く。
「ねぇ……」
頬を切り裂く風の音に交じってユノレルの声が消えた。
「なんだ?」
「ルフちゃんを泣かしちゃダメだよ」
ユノレルとソプテスカには昨夜全て伝えた。
色々あったけどやっぱりケジメは必要だと思ったからだ。
もう心残りは何もない。
今あるのは魔帝をぶっ飛ばすことだけ。
「色々ありがとうな」
「クス……頑張ろうね」
「おう」
短くそう返し、地面に着地した。
ユノレルを降ろし黒い球体と対峙する。
ベルトマーが今にも飛び出しそうな雰囲気だが、黒い球体にヒビが入った。
パリンと音をたてて崩れた球体から姿を見せたのは椅子に座る白い男。
白い外套に白色の髪。
雪が降ったように白い肌は生気を感じない。
そんな男がスッと目を開けた。
俺と同じ赤い瞳に俺たち五人の姿が映る。
「よく来た。我が魔帝アムシャテリス。絶望を貴様らに届けよう」
魔帝は静かに宣言。
そしてニヤリと笑った。