第10話 張り紙と女の子
「ぅ……ん……?」
ルフは痛みを発する頭を木製のテーブルから上げた。
身体の節々が痛い。変な体勢で寝ていたせいらしい。
額に手を添えて周りを見る。ネイーマが壁にもたれ掛かり眠っていた。
しかし、フォルとユーゴの姿が見えない。
身体にかかっている赤い外套はユーゴがかけてくれたらしい。
(あたしほったらかしてあの子と何処に行ったのよ……)
チクンと胸が痛んだ。
あのフォルとか言う子とユーゴは一緒に何処かへ行ったのだろうか。
彼の温もりが感じられる赤い外套の前を閉め、椅子の上で身体を小さくした。
「お身体は大丈夫ですか?」
顔を上にするといつの間にか目を覚ましていたネイーマの顔。
長く伸びた睫毛と澄んだ瞳。女性らしい身体つきは本当に羨ましい。
「大丈夫。ユーゴは何処に行ったか知らない?」
「トイレに行くと言って戻って来ませんでした。長いトイレですね」
はぁとため息。
どんな嘘だ。それに騙されるこの人も。
「妹さんは?」
「騎士団の隊長に連れていかれました。ゴーレムの討伐をすると」
「一大事じゃない!」
小さく身体で立ち上がる。
相手はゴーレムだ。この国での騎士団とはいえ、被害を受けて昨日の今日では戦力の立て直しは間に合わない。
下手すれば全滅の可能性だってある。
ルフは急いで店を出た。
女将さんに支払いを聞くと、すでにユーゴが済ましていたらしい。
(格好つけやがって)
心でそう呟き、ネイーマと共にギルドへと急ぐ。
魔物の関連の情報はギルドが一番早いはずだ。そう思って人ごみをかき分けて走り続ける。
ギルドに入ると何時もよりもカウンターに人が居た。
(まさか……間に合わなかった……?)
騎士団では討伐できずに、とうとうギルドに依頼が回って来ただろうか。
ごつい男たちをかき分けて先頭に出ると、そこには一枚の張り紙。
『ゴーレム討伐を成した者は竜聖騎士団まで名乗り出よ。国王からの褒美あり』
(討伐し終わった……)
どうやらゴーレムの討伐は成功したらしい。
ただ疑問なのは討伐した者を募る張り紙があることだ。
竜聖騎士団が討伐したのであればこんな張り紙は要らない。
「騎士団以外の人が討伐したのでしょうか?」
いつの間にか隣に居たネイーマが首をひねる。
確かにこればかりは実際の場所に居た人に聞くしかない。
二人は人ごみから離れて、名乗り出ようかどうかざわつく冒険者たちを眺める。
「ネイーマは行かなくていいの?」
「今日は非番ですから」
ニコッと柔らかい笑み。
他のギルド職員は押し寄せる冒険者たちの対応に追われ、今日はホントに忙しそうだった。
「ルフさん! お姉ちゃん!」
振り返ると騎士団の正装をしたフォルが居た。
どうやら彼女は魔物の討伐から無事だったらしい。
「フォル! 怪我は大丈夫!?」
「うん! 快調だよ!」
ネイーマは妹の身体をあちこち触り、怪我の心配をしていた。
当の本人は嫌がって逃げるが、すぐに捕まる。
「お姉ちゃん、心配しすぎだよぉ」
「無茶ばっかりして! こら、動かないでっ」
「平和だ」
思わず呟いた。
本当にこの国は平和で欠伸が出そうになる。
「あっ」
目の前に居るフォルを見て、この場に居ない『あの男』の事を思い出す。
小さな獣人の子と一緒に居るかと思ったユーゴはどうやら彼女と一緒には居ないらしい。
「ねぇフォルちゃん。あのバカを知らない?」
「ユーゴお兄ちゃん? 一緒じゃないの?」
どうやらこの子もユーゴを探しているらしい。
当てが外れてしまい残念な気持ちと、ユーゴが他の子と一緒に居ないと知り安心が生まれる。
「起きると居なくて。トイレに行ったらしんだけど、夜中に店を出たらしいの」
「見てないよ。今は騎士団全員でゴーレムを討伐した人を探しているの」
フォルの話によれば、ゴーレムとハーピー相手に交戦した騎士団を救ったのは炎を纏う謎の人物。
蒼い月を背に空から舞い降りたその人物は、空中で炎を操りハーピーを焼き殺し、ゴーレムを一撃で粉砕したらしい。
ゴーレムを粉砕した際に舞い上がった土埃と炎熱で、騎士団は討伐した人物を逃した。
単体でゴーレムを討伐する冒険者は、この国には数少ない。
『ギルド本部のある国』に居る上位冒険者や、狼の国に居る腕自慢の冒険者なら話は別だが、この国にそんな強者は居ないはず。
(だけど……炎って……そう言えばあいつも……)
昨日魔物と獣の群れに襲われた時のことを思いだす。
ダサリスや騎士団の面々と追い詰められたとき、ユーゴが助けてくれた。
あの時は非常時でうやむやになったが、彼は火の魔術を操っていた。
魔術師育成の為の学院は祖国にしかないはず。
その学院で学ばなくても卒業生から指導を受けて、才能を開花させる者は要る。
しかし、正しい指導をうけないと制御しきるのは難しい。
何処で習い、何処で指導をうけたのか、謎は深まるばかりである。
「こら。人の外套返せ」
頭をポコッと叩かれ男の声。
振り返ると赤い髪を揺らし、ユーゴが立っていた。
「あんた! 何処ほっつき歩いてたの!?」
「そりゃこっちのセリフだ。トイレから戻ったら店に居ないから探したぞ」
「トイレ長すぎでしょ!」
ルフの的確なツッコミに肩を竦めて、外套を返してもらう。
「お前こそ二日酔いはしてないか?」
「あたしは酔ってないわ!」
「じゃ、じゃあ……ルフさんはあのことも覚えてないのですね?」
ネイーマさんが顔を赤くしてルフに聞いた。
ルフは首を傾げ、どうやら本当に覚えていないらしい。
「あ、あたし何したの……?」
「知らない方がお前の為だ。酒の過ちは誰でもある」
「ルフさん。次からはペースを考えましょうね」
俺とネイーマさんに言われ、ルフが頭を抱える。小声で「なんで? なんで思い出せないのあたし……」と呟いていた。
反省しているようでよろしい。次からはちゃんとペースを考えて飲んでくれるだろう。
「それよりもあの人だかりは?」
「ゴーレムの討伐者を探す張り紙だよ!」
フォルがまた腕に抱き着いて来た。
身体が傾くのをグッとこらえる。
どうやらゴーレム討伐の人物の捜索が始まっているらしい。
面倒事は避けたいし、神獣の子と正体が知られると色々と厄介なことに巻き込まれるかもしれない。
報酬はとても魅力的だが、名乗り出ない方が無難だろう。
「俺には関係ないし、宿に帰るか」
「今日の依頼はどうすんのよ」
「あの様子じゃ、受けられないだろ」
ルフがジッと睨んで来る。
何が不満なのか分からないが、今の眼のどちらかと言うと疑いの眼だ。
こいつは俺が火属性の魔術が得意なことを知っているし、フォルからゴーレム討伐の様子を聞いたかもしれない。
まぁ、人ひとりにバレるくらいは何とかなるか。
呑気にそんな事を考えて、ギルドの出口へと向かう。
ちなみにネイーマさんはギルドの職員に連行され、今は押し寄せる冒険者たちの対応に追われている。
人気者は大変だ。後で差し入れでも持って来よう。
「フォルはどうするんだ?」
「う~ん。一度騎士団の所へ戻るね! お兄ちゃんたちも頑張ってねー!」
フォルは元気よく駆け出し、あっという間に見えなくなった。
怪我の具合は心配ないようだ。やはり本物の治癒師に治してもらうと違うな。
「ルフはどうするんだ?」
「それは飛竜種に乗れないあたしに対する嫌味?」
「かもな」
クツクツ笑い足を前に動かす。
ルフが早足で横に並び、街の中を歩く。
すれ違うのは獣人のカップルや、冒険者らしく武器を持った男たちなど、この国の種族は多種多様らしい。
「俺とルフなら恋人に見えるかな?」
「は、はぁ!? あんたみたいな変態なんてお断りよ!」
「昨日はあんなことやこんなこと言ってたのに、随分な言い方だなぁ」
「何をしたの!? あたしは一体何をしたの!?」
隣で騒ぎ始めるルフの反応が面白くて、笑いをこらえるので腹が痛い。
本当にからかいがいのある奴だ。
笑いが収まって前を向くと、女の子が飛び出してきた。
灰色の外套を身に纏い、腰まで伸びた橙色の髪が揺れている。
あまりに突然の事に反応が遅れ、女の子と激突した。
「きゃっ」
「大丈夫?」
顔を上げた少女の瞳は赤みを帯びた橙色だった。
そんな彼女は俺の顔を見るなり、手を掴んで叫ぶ。
「私を助けてください!」
「「はぁ!?」」
俺とルフの声が見事にハモった。




