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第108話 嘘つきの嘘


「ユー君、ユー君!」


 隣に座るユノレルがそう言って俺の腕を引っ張って来る。


「なんだ?」


「チューしよ!」


「ズルいです! 私もします!」


「あんたたち!! 面前で何する気!?」


 何故か対抗心を燃やすソプテスカと止めに入るルフ。

 男三人で飲んでいたら、風呂上りの彼女たちが乱入してきた。

 酒の入ったコップを傾け、周りを見る。


「変な味がします」


「ほらグイッといっちゃって♪」


「媚薬も入れて……」


 初めて飲むお酒に苦戦するチコさんに一気飲みを進めるテミガー。

 そしてその隣レアスが不穏な動きをしていた。


「ユーゴさん! おかわりだよ!」


「媚薬入りだろ」


「今夜は熱い夜になりそうだね♪」


 もはや隠す気のないレアスに眉間を抑えてため息。

 どうしてこうなったんだが。

 

「勝手にフラフラして! 王としての自覚は無いのですか!!」


「うるせぇな……」


 ベルトマーは公務を終えてこの場に来たエレカカさんに説教をくらっている。

 酒を飲んで酔った彼女は普段の不満が出ているらしい。

 ラウニッハは俺とベルトマーが悪ノリで飲ませたせいで、既に机に伏せて「気持ち悪い……」と呟いていた。


 ちょっとハメを外しすぎたかな。


「無視しないでユー君!」


「気が向いたらな」


 ユノレルにそう返し、頭をポンポンと叩いた。

 口を尖らせて納得がいかないと言いたげだ。

 だけど流石に人前は勘弁して欲しい。

 

 そして目の前に広がる空間を見て改めて思う。

 やっぱりこうして他人と騒ぐのが好きだ。

 父の元を離れて旅をして、俺はこの場に居る人たちと知り合った。

 

 出会いは様々だ。


 困ったことがあって助けた人、敵同士で命の奪い合いをした奴だって居る。仲間と呼ぶには少し違うような気もするけど、今の俺たちの目的は一つだ。

 この戦いが終われば、世界はどうなるだろう。


 神獣の子は世界に受け入れてもらえるのだろうか。

 そして俺は変わった世界を見ることが出来るだろうか。

 それは漠然と思ったこと。

 もしかすると今日が最後になるかもしれない。

 そう思ったら少しだけ不安になった。


「あんたたちが負ければあたしたちも終わりよ」


 向かいに座るルフが頬杖をついてこちらを睨んできた。

 どうやら俺の表情だけで心情を察したらしい。

 長いこと一緒にいるから隠し事は難しい。


「負けるつもりはない。なぁ、ユノレル」


「もちろん! 魔帝なんかぶっ飛ばす!」


 まるで口調がベルトマーそっくりだ。

 両こぶしを握るユノレルが面白い。

 本当にこいつらは俺を楽しませてくれる。


「ユーゴさん! 父にはいつ報告に行きます?」


「……そのうちな」


「今いきましょう!」


 後ろから抱き着いて来たソプテスカが相変わらず俺を王族に巻き込もうとする。

 微塵もブレないこいつにそろそろ尊敬の念を抱きそうだ。


「ソプテスカちゃん! ユー君から離れて!」


「今の所、ユーゴさんは共有財産です。だから私にも抱き着く権利はあるはずですよ?」


「おい。俺はいつから物扱いになったんだ」


 ソプテスカとユノレルの言い合いに割り込んでみるが、彼女たちは聞く耳を持たない。

 睨みあったまま動こうとしない。


 ……外の空気にでも当たるか。


 そう思い、ソプテスカに抱き着かれたまま立ち上がる。


「私を誘拐してくれる気ですか?」


「アホか」


「二人でどこ行く気!?」


 ユノレルが俺の後について来る。

 それを見て丁度いいかと思い、そのままで放置。

 横でチラッと振り返るとルフが凄いオーラを放ってこちらを睨んでいた。

 

 怖いなぁ。

 そんなことを思いながら、ギルド本部の建物から外に出た。















「ルフ……いいのかい……?」


 少し離れた席からラウニッハが死にそうな声で聞いて来た。

 ユーゴに飲まされすぎてダウンした彼に少しだけ同情しそうだ。


「何が?」


「君だって知っているはずだろ?」


 何が言いたいかは分かる。

 魔帝を倒す為にはユーゴの力が必要で、それを果たせば命を落とす可能性は極めて高い。

 決まったわけではないが、高確率でそうなるらしい。

 そしてそれを本人も自覚している。


 いつもよりもテンションが少しだけ高いのは、きっと無理しているから。

 本当は不安なはずのなのに、それを表に出さず笑顔を浮かべている。


(ホント……嘘つきなんだから……)


 周りに本音を言わず、弱気な姿や不安は悟られないようにする。

 そんな姿をずっと見て来た。


「仕方ねぇさ。あの野郎は不安とか言うタイプじゃねぇだろ」


 ようやくエレカカさんの説教から抜けて出したベルトマーがコップを傾ける。

 そんな彼の膝で、エレカカさんは可愛らしい寝顔で息をしていた。


「そうだね。重傷を隠してまで、人助けするくらいだし……うっ、気持ち悪い……」


 ラウニッハが眉間に手を添えて身体を起こす。

 お酒を飲み慣れていない彼の顔が一段と白くなる。

 吐かないか心配だ。


「ラウ。大丈夫?」


「うん……なんとか……」


「彼女の方がお酒に強いってどうなの?」


「情けなーい」


 チコさんに介護されるラウニッハに好き放題言うテミガーとレアス(淫魔の国の出身者)

 ラウニッハも神獣の子なのにとんだ災難だ。


(ユーゴが日常から居なくなったら……あたしはどう思うんだろ?)


 さっきまでユーゴが飲んでいたコップを手元に引き寄せ、白い指で縁をなぞりながらそんなことを思った。

 ずっと一緒に居たせいで、居なくなった日常のことなんて考えたことも無かった。


 死んだかもしれないと思って不安になったことはあったが……


 ラウニッハに誘拐された時も、来てくれると心のどこかで確信していた。

 理由も根拠もない。

 ただそう信じていた。

 それは今回も同じだ。


 ユーゴは必ず魔帝を倒すだろう。

 彼が負ける所なんて想像できない。

 そして死ぬ所も……

 

(もしもユーゴが居なくなったらか……)


 彼のいない日常を想像できない。

 だけど死にかける所を見る度に不安になった。

 死なれるのは嫌だ。

 それは間違いなく言い切れる。

 だけど彼が居ない日常を想像することも出来ない。


 小さくため息を一つ。

 

 コップを口に近づけ、中身を口に含むと独特の苦みが広がった。




















「ルフ」


 肩を揺すられ、ルフ目を開けた。

 ズキンと頭が痛みを発し、眉間に手を置く。


「大丈夫か?」


 目の前にはユーゴの顔。

 ドキッとして身体が固まる。


「ユーゴっ、なんでっ」


「シっ。みんなが起きるぞ」


 彼に注意されて、周りを見てみる。

 静かなギルド本部内に各自の寝息の音だけがかすかに聞こえた。

 どうやら昨夜はそのまま全員寝てしまったらしい。


「ヨダレ、ついてるぞ」


 ユーゴが口もとを指さす。

 ハッとなり口元を拭う。


「少し散歩に付き合え」


 彼がそう言って踵を返す。

 足音を立てないよう、慎重にユーゴの後に続く。

 ギルド本部から出ると朝の冷たい空気が肺を刺激した。

 まだ朝日の昇っていない海都には、薄い霧がかかっている。


 時々すれ違うのは警戒に当たっている兵士や冒険者たちで、いつも海都に溢れている活気はない。

 代わりにあるのはギラついた殺気とピリついた緊張感だ。


 ユーゴはそんな街の中を抜けて港に向かう。

 朝日でも見る気かなと思い、欠伸が出た。

 机に伏せて寝ていたせいで、寝不足だし身体の節々が痛い。


「大丈夫か?」


 港で足を止めたユーゴがこちらを振り返る。


「もちろん。あんたこそ昨日は何してたの?」


「ソプテスカたちと少し話してた」


 肩を竦めたユーゴの横に並び、海の方を見つめる。

 まだ朝日は昇らず、暗闇の中で静かに波の揺れる音だけが聞こえた。

 

 ソプテスカたちと話し込んでいたのは本当だろう。

 ギルド本部を出て行ったあと、結局ユーゴたちは戻ってこなかった。

 さっき周りを見た時は、ソプテスカもユノレルも居たから戻って来たのは夜遅くらしい。

 


「何話してたの?」


「女性の胸に関して」


「もっとマシな嘘つきなさい」


「ひどいな」


 笑って肩を竦めたユーゴ。

 吹っ切れたような笑顔は逆に不安が増す。


「行くんだね」


「行かないとな。その為にここまで来たんだし」


「……最後なんて嫌だから」


 本音をぶつけてみる。

 こちらが本当のことを言えば、少しは本心を見せてくれるかなと思ったからだ。


「そっか……」


 彼は否定も肯定もしなかった。

 短くそう返し、海を見つめる。

 ユーゴの横顔には僅かな緊張が見られた。


「不安なら少しくらい言いなさいよ」


「お前には隠し事出来ないなぁ。だけど多分想像と違うと思うよ」


「どういう意味?」


 ユーゴが緊張を吐き出すようにはぁと息を吐いた。


「なんだかんで、俺は人が好きなんだなって改めて思った」


「そんなこと知ってる。女の子には誰でもいい顔するもんね」


 ベッと舌を出して、不満だと伝えてみる。

 ユーゴは横目でこちらを見て、少しだけ口角を上げた。


「そうだな。否定はできない」


「……ソプテスカのこと好きなの?」


 意味はない。

 ただ聞いてみたかった。


「好きだよ」


 短く答えたユーゴ。

 チクッと胸が痛むが、歯の奥をグッと噛んで気持ちを奥にしまう。


「ユノレルは?」


「好きだな」


「レアスのことは?」


「もちろん好きだ」


 聞いた自分がバカだった。

 だけどその続きを聞かずにはいられない。


「じゃあ………あたしは?」


 さっきまで即答してくれたのに、ユーゴは何も答えてくれない。

 自分だけ違うのかと気落ち。

 だけど次の瞬間、水平線より昇る太陽に目を奪われた。


 何度も見て来た海都の朝日。

 しかし好きな人と一緒に見る朝日は格別だった。

 これが最初で最後としてもだ。


「………嘘ついていいか?」


「いいよ」


 小さな声で答えを聞いたユーゴがこちらを向いた。

 そして彼の口が言葉を紡ぐ。

 朝日に照らされ、影のできたユーゴの顔をジッと見つめ、ルフはその言葉を心に刻んだ。

 嘘つきのついた嘘を心の奥に……


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