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第105話 神獣の子

「なんだ!?」


 ベルトマーは眩い光に目を細めた。

 海都の中に侵入して来た神族種を狩っていたら、突然街の中に白い球体が現れた。

 その球体が光を放ち、視界を奪われる。


「魔帝め……」


 父の唸るような声。

 その声には激しい怒りを感じ取れる。

 光が納まり、目を開けるとそこには地獄が広がっていた。


 こちらの数を軽く上回る神族種たちが、一人の冒険者たちに対して複数が囲んで惨殺している。

 空は黒い翼竜たちで溢れかえり、それぞれが放つ火球は地上を火の海に変えた。

 

 鼻孔に入るのは血の香り、耳に届くのは悲鳴。

 顔を上げると天馬の神獣(フィンニル)天馬の神獣の子(ラウニッハ)は、海上からやって来る翼竜と海都の中から現れた方にも対応していた。

 挟撃攻撃では流石に動くことは難しそうだ。


「雑魚が邪魔だ! 街ごと叩き斬る!」


「後でユスティアに怒られるぞ」


「知るか!」


 多少の被害は覚悟で大剣に魔力を流したと時だった。

 上空から殺気。

 顔を上げると一体の神族種がこちらに接近していた。


「なめんな!」


 単身で攻めて来るとは、甘く見られたものだ。

 ベルトマーは真上の神族種に向かって大剣を振るった。

 飛ばした魔力の斬撃が、神族種に直撃したが相手の鎧には傷一つ付いていない。

 それに鎧の色が今まで見た神族種たちと違った。


 全身を覆った赤い甲冑。

 手には何も握っていないその神族種が目の前に着地した。


「カトゥヌスとその息子だな」


「だったらなんだ!?」


 ベルトマーは即座に地面を蹴った。

 目にも止まらぬ速さで神族種との距離を詰めて、大剣を水平に振るう。

 しかし何もない感触に舌打ち。

 神族種はバックステップで距離を空けていた。


「気性が荒いな」


「テメェの背後に居る親父と一緒でな」


 ピッと神族種の背後に居る父、カトゥヌスを指さす。

 それに反応して神族種が振り返るが、カトゥヌスが首の動きに合わせて口に咥えた大剣を振り降ろした。

 大地が割れるほどの衝撃と砂埃。


 倒した。


 そう確信するには十分な手応えだったが、カトゥヌスが大きく後方に飛んだ。

 それと同時に砂埃が晴れ、中から無傷の神族種が姿を見せた。


「舐めているのはどっちだ、カトゥヌス」


 赤い甲冑の神族種の両手には魔力で精製された剣が握られている。

 半透明の紅い刀身には、火属性でも込められているのだろうか。


「幹部クラスまで復活しているとはな……」


「魔帝様を倒せない貴様たちに希望は無い。降伏は無駄だ。せめて抵抗して見せろ」


 相手の神族種が両手剣を構える。

 どうやら神族種の中でも別格に強い奴らしい。


(面白れぇ……願ったり叶ったりだぜ!)


 ベルトマーは身体の底から湧き上がる歓喜のまま、口端を吊り上げた。

 次から次へと戦える場所をずっと求めていたのかもしれない。

 強者と戦う為にカトゥヌスの元を離れた時だって、戦う相手は弱すぎてずっと退屈だった。


 過剰な力は退屈を招く。

 だから神獣の子を求めた。

 自分と同じ存在なら、緊張感ある戦いが出来るかもしれないと思ったからだ。


 結果的に予想通りだった。

 神獣の子とも戦いは血沸き肉躍る。

 生きるか死ぬかギリギリの戦いに心は歓喜した。


 同じ感覚が目の前の神族種を前にして湧き上がる。

 ゾクゾクと背筋が躍った。

 大剣を握る手に力を込めて地面を蹴る。


「さぁ! 存分にやろうぜ!!」


 ベルトマーはそう叫び、大剣を振り降ろした。



















「チッ。次から次へと……」


「ラウニッハ。分かれて戦いましょう。数が多い」


「分かりました」


 天馬の神獣(フィンニル)の背中から降りて、屋根の上に着地する。

 自分は街の方をフィンニルは海の方を向いた。

 横目で地上を見ると、遠くでベルトマーとカトゥヌスが暴れている。

 相手は一体の神族種だが、あの親子を足止めするとは恐ろしい。

 

(数が多すぎる……このままじゃ……)


 圧倒的な物量差。

 それを埋めることは魔術師などを配備すれば可能だ。

 事実神獣の子(自分)たちが居れば、その差をひっくり返すことは容易である。

 ただしそれは、正面から相手を受け止めた場合だ。


 海からの強襲はともかく、背中まで転移魔法でとられては不利明白。

 おそらく黒い船から打ち出された神族種たちは、海都の中で転移魔法を発動させる魔法陣を造る役目を担っていたのだろう。

 転移魔法により主力の神族種たちを送り込み、神獣と神獣の子を足止め。

 その間に魔物の眷属を送り込み、冒険者やエルフたちの数を減らす。


 後は確固包囲して神獣と神獣の子を倒すつもりなのだろう。


 考えを纏めると、目の前には転移魔法から出て来た黒い翼竜。

 槍を構えて集中力を高める。

 天相の力は消耗が大きいため、序盤からの乱発は避けたい。

 勝負所が来るそれまで、魔力の消耗は抑えるんだ。


 ジャンプして翼竜の背中に乗り、槍で相手の身体を突く。

 雷の魔術で強化された槍は、簡単に翼竜の身体を貫いた。

 槍を引き抜くと次の翼竜へと飛び移る。


 こちらの動きに反応できない翼竜たちは、混乱して隊列を崩していた。

 そのままの勢いで次から次へと翼竜を殺していくが、キリがない。


(クソ。まだか……いつまで待たせる気だ)


 心の中で舌打ち。

 地上で戦うベルトマーもテミガーも、自分と同じように魔力の消耗を抑えて戦っている。

 そう自分たちは待っていた。


 ――最強の親子が来ることを……


 そう思った直後、赤い火球が海都の空へと飛び込んできた。

 次は黄色い火球、白い火球、そして最後は蒼い火球。

 全てが黒い翼竜たちに撃ち込まれ、空が煙で包まれた。

 焼け焦げた翼竜たちは地上へ墜落し、街中に居た神族種たちが顔を上げる。


「来たか!」


 海都の外に目をやるとそこには赤い竜の姿があった。













「流石アザテオトル♪」


 淫魔の神獣(アルンダル)が鼻を鳴らす。

 ようやくお出ましの最強の神獣の咆哮が海都に響く。

 淫魔の神獣の子(テミガー)はその咆哮を聞いて、柄にもなくテンションが上がるのを感じた。

 しかし上空を通過したアザテオトルを見てすぐに異変に気がつく。


「竜の神獣の子が居ない……」


 見間違えた?


 彼が来ないはずがない。

 そう思っていると後ろから声を掛けられた。


「テミガー。頼みがあるんだけど」


 振り返るとそこには、赤い外套を身に纏った男が居た。


「遅刻よ♪」


 自分のその言葉に男は笑みを返した。










 ベルトマーは大剣を地面に突き刺して腰を落とした。

 理由は単純だ。

 どういう訳か分からないが、今海都を巻き込むように風が吹いていた。

 さっきまで戦っていた赤い甲冑の神族種は、風に飲まれて遠くへと吹き飛んだ。


「あの女か!」


 これだけ大規模な風属性の魔術を使えるのは、淫魔の神獣の子ぐらいだろう。今まで魔力を抑えていたのに、突然消耗が激しい魔術を使った理由は簡単だ。

 顔を上げれば竜の神獣(アザテオトル)の姿。


 ようやく来たかと思ったが、『奴』の姿がない。

 来ないわけがない。

 あの男がこの戦いに参加しないわけがない。

 

 海都の空を円形に飛ぶアザテオトルをジッと見つめるが、はやり奴の姿はない。

 魔力の揺れが大きくなる。

 アザテオトルの魔力と発動している風属性の魔術が連動して、海都に居る神族種たちが風に乗って空中へと浮いた。


 そしてその直後、蒼い火柱が海都の中から打ち上げられ広がる。

 神族種たちがあっという間に海都の空を覆った蒼い炎に飲まれて、消し炭となった。

 アザテオトルの炎ではない。


 だから確信した。

 ユーゴが来たと。


「おせぇんだよ!!」


 そう叫んだベルトマーは大剣を地面から抜き、港に向かってジャンプした。











「とりあえずだな」


 そう呟き、魔力を抑える。

 地上に居た神族種は父さんとテミガーの連携で全滅。

 空を覆っていた翼竜もラウニッハたちのお陰で壊滅した。


「全員乗れ」


 地上に降りて来た父さんが、俺たちにそう言った。

 言われた通り、俺と淫魔の親子が父の背中に跨る。


「アザテオトルの背中って、暖かいわよねぇ♪」


 頬に手を添えて懐かしそうにつぶやいた淫魔の神獣(アルンダル)

 昔からの付き合いだから、背中に乗ったことぐらいあるか。

 父さんが羽を力強く羽ばたかせる。


 フワッと宙に浮き、そのまま港の方へと飛んでいく。

 海の上では依然として神族種たちの黒い船と戦闘している。


「おせぇぞ! ユーゴ!!」


 地上からベルトマーの声。

 視線を下に向けると屋根の上を走る彼の姿があった。


「相変わらず、派手な力だね」


 そう言って父の横に並んだのは、天馬の神獣(フィンニル)の背中に乗ったラウニッハだ。

 父は横目でフィンニルを見ると、鼻で笑った。

 表情は変わっていないが、嬉しそうだと言うことはよく分かる。


「全員集合ってやつかしらね」


「一言でいうならそうだな」


 テミガーにそう返した所で、港に着いた。

 父の背中から降りて、地面に立つ。

 顔を上げると神族種たちの船と海水で生成された巨人たち。


 魔術を使える敵も居るのか。

 そんなことを考えていると、水柱がこちらへと伸びて来る。


「ちょっと! 速いって!」


 聞き覚えのある声。

 水柱が目の前に当たると、出て来たのはルフとユノレル。


「ユー君!!」


 元気よく飛び出して来たユノレルが抱き着いて来た。










「ユー君!!」


 ルフはユノレルがそう言った事に反応して顔を上げた。

 そこにはユーゴに抱き着くユノレルと他の神獣の子と神獣の姿。


「ユノレル! 今はそれどころじゃないでしょ!!」


「愛に場所は関係ない!」


「青春ねー」


 テミガーが呑気なことを言っている。

 戦闘中になんて呑気な。

 そう思っていると二人の男がユーゴの横に着地した。


「余裕だね。ユーゴ」


「女に現を抜かして弱くなってないだろうなぁ」


 天馬の神獣の子(ラウニッハ)狼の神獣の子(ベルトマー)だ。


「ユノレル。竜の神獣の子から離れなさい」


 いつの間にか、水の球体の中に居るユスティアが傍に居た。

 地上を移動する時は、水の魔術を利用するらしい。


「ママが言うなら仕方ないね」


 ユーゴから離れたユノレルが口を尖らせる。

 堂々と抱き着くことが出来る彼女の積極性が少しだけ羨ましい。


 そう思ってユーゴを見ていると目があった。

 ニコッと笑った彼がこちらに近づいて来る。


「怪我……ないか?」


「うん。大丈夫……」


「そりゃよかった」


 クツクツと笑ったユーゴが自分の横を通り過ぎる。

 そして一言。


「あとは神獣の子(俺たち)に任せとけ」


 ユーゴの後に続いて、他の神獣の子たちも自分の横を通り過ぎる。

 振り返るとそこには五人の後ろ姿。


 淫魔、狼、竜、天馬、人魚。


 神と崇められる神獣に育てられし子供たち。

 ようやく同じ方向を向いた彼らが、海から来る神族種たちと向かい合う。


「フフ♪ ゾクゾクしてきたわ!」


 淫魔の神獣の子(テミガー)がペロッと指を舐めた。


「足引っ張んじゃねぇぞ。てめぇら」


 狼の神獣の子(ベルトマー)が鼻を鳴らし、大剣を肩に担いだ。


「ユー君の敵は私の敵なんだから♪」


 人魚の神獣の子(ユノレル)が不敵な笑みを浮かべた。


「調和のとれた美しい景色が台無しだよ」


 天馬の神獣の子(ラウニッハ)が海風に揺れる髪をかき上げた。


「さてっと……頑張りますかね」


 竜の神獣の子(ユーゴ)が肩をコキッと鳴らす。


 それぞれの魔力が身体から溢れ、五色の魔力が可視化される。

 ついに揃った神獣の子。

 それは世界に変革を促した者たちであり、混乱を招いた者たちだ。


 しかし今この場においては、彼らは希望となる。

 かつて世界を救い、神と崇められた魔獣たちが育てた切り札。

 人間でありながら、神獣の力をその身に宿す新しい存在。

 

 五人はそれぞれの目的の為に一つとなる。

 結果的にそれはこの世界を救うことになるのかもしれない。

 だけど今の彼らにそんなことはどうでもよかった。


 邪魔する者は倒す。それだけだ。


 五人の中心に立つユーゴが指を上にして手招き。

 そして殺気の籠った声で呟いた。


神獣の子(俺たち)神族種(お前たち)の格の違いを教えてやる」




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