第104話 海都決戦
「来たわね」
そう呟くと淫魔の神獣が緑色の魔力に包まれ、その姿を消した。
「あ! ちょっと!」
ルフは引き留めようとするが、その直後に揺れ。
足元が揺れて、バランスを崩しかける。
闘術を使って身体を支えた。
「地下まで届く揺れなんて……」
「来たってことですか?」
「そうみたい。あんたたち二人は避難して、これから大規模な戦闘が始まる」
ソプテスカとレアスにそう言い残して、ルフは地上へと繋がる階段を駆け上がる。
魔力で強化した足で、一段飛ばしに登っていく。
地上の光が目に入り、瞳を細めた。
耳に戦闘の音が入って来る。
聞き慣れた爆発音。
そして鼓膜を揺らす振動は、今まで感じたことの無いほど大きな揺れだ。
(この感じは……)
言葉で表現するには難しいその感覚は、人魚の神獣と人魚の神獣の子 のモノだ。
既に海都の外に居る二人は、海の上で神族種たちを迎撃する気らしい。
地上に出ると慌ただしく動く上位冒険者たちと、空飛ぶワイバーンに跨る竜聖騎士団たち。
状況を確認する為に、校舎の上へとジャンプ。
屋根に着地して、遠目を眺める。
「嘘でしょ……」
思わず呟いた。
海の向こうから来るのは空を埋め尽くす黒い影と黒船の艦隊。
こちらの港からも、獣人の戦士とエルフを乗せた船が出港している。
海上戦と空中戦が中心になるかもしれない。
制空権と制海権をとられるわけにはいかない。
周りを囲まれ、一方的に攻撃を受ければひとたまりがないだろう。
背中から破弓を手に取り、建物の屋根を飛び移り港へと急ぐ。
逸る気持ちを抑えて、落ち着けと深呼吸。
まだ万全では無いとは言え、それなりの準備はしてきた。
すぐに陥落するわけがない。
(あのバカが来なくたって……!!)
ルフは破弓を握る手に力を籠める。
魔帝を倒すにはユーゴの力が必要だ。
だけどその目的は、ユーゴの命を引き換えに達成されるらしい。
細かい説明をする前に、淫魔の神獣が出て行ってしまった為、 どこまで本当なのか分からない。
だけど今は神族種たちの迎撃に集中する。
遠くに見える神族種たちの黒い船から、砲撃の音が聞こえた。
砲台を使ったのかどうかは分からないが、打ち出されたのは鉄の玉ではない。
(あれは神族種!?)
球の代わりに打ち出されたのは神族種の騎士だ。
海都に近づく前に船を沈めれば上陸は防げると思っていたが、そこまで相手もバカではないらしい。
少しでも空中で数を減らす為に、ルフは屋根の上に乗ったまま破弓を構えた。
空を覆い尽くす程の数なので、全部を落とすことは出来ない。
それでも一体に狙いを定めて、魔力の矢を放つ。
空中では身動きが取れないので矢は、神族種の身体に直撃して簡単に貫く。
貫かれた神族種は空中で光の粒子となって消えた。
一体倒せば次、そんなふうに次から次へと撃墜していくが、圧倒的な数の神族種が海都の街へと降りてしまった。
街の人々の避難は完了していないので、冒険者たちが時間を稼ぐために前に出る。
あちこちに聞こえる剣戟の音が一気に増大した。
ルフも神族種を撃撃する為に屋根から街の中へ降りる。
顔を上げると正面に一体の神族種。
相変わらずの黒い甲冑に顔全体を覆った兜、手には黒色の槍を持っており、それが今回の神族種の武器らしい。
「攻め込んで来といて、タダで済むと思わないことね」
ルフのその言葉に反応したのか、神族種が動いた。
しかしその直後に、背後から飛んできた緑色の魔力剣が神族種の胸を貫いた。
糸の切れた人形のように倒れる敵。
振り返ると黒いタンクトップにホットパンツ、腰まで伸びた緑色の髪を揺らす女が立っていた。
見覚えのあるその女が、大きな胸を張りニコッと微笑んだ。
「元気してた?」
「淫魔の神獣の子……来たんだ」
「当たり前じゃない♪ こんな楽しいイベント無視するわけないわ♪」
「イベントって、遊びじゃないのよ」
「分かってる♪」
ベッと舌を出しておどけるテミガーにため息。
しかしこれで四組の神獣と神獣の子が海都に居ることになる。
「やっと来たのね、テミガー」
上から声。
自分とテミガーの間に着地したのは、コウモリを連想させる羽を生やした淫魔の神獣だ。
「お母さんが面倒なこと頼むからでしょ」
「ごめん、ごめん。それで見つかった?」
「バッチリよ」
テミガーがそう返して緑色の魔力玉をポーチから出した。
どうやらアルンダルの依頼で淫魔の国の魔力玉を探していたらしい。
これで全部の魔力玉が揃った。
あとは竜の神獣とその子供を待つだけだ。
「なんか凄く攻め込まれてない?」
「大丈夫よ♪ もうすぐ問題児たちが暴れるから♪」
淫魔の親子のやり取りの後、街の外で轟音と振動。
そして茶色い魔力の輝きが見えた。
「あれは……」
「カトゥヌスと狼の神獣の子ね。街の中はあたしたちと狼の親子に任せて、あなたは空中の敵を減らしなさい」
アルンダルの言葉に頷き、再び街の屋根までジャンプ。
海都の外に広がる海の上では、既に黒い船と港から出港した船が海上戦を始めていた。
時々見える水の槍の雨は、人魚の親子が戦っている証だ。
港に集まった冒険者たちは、空を飛ぶ相手の魔物を打ち落としている。
ユノレルから聞いていた王都を襲った白い翼竜ではなく、今回の翼竜は黒い肌を持っていた。
まるで空が黒い雲に覆われているように見えるほど数。
迎撃が間に合わず何匹からは港を突破し、海都の上空へと侵入して来た。
その黒い翼竜向かって矢を放つ。
時々放たれるブレスが海都の街に墜ちて、建物を破壊した。
壊れる海都の街を見て心の中で舌打ち。
(これ以上は……)
そう思った直後、空に雷鳴が木霊した。
空を走る雷が黒い翼竜たちの群れに中に突撃。
次から次へと雷が翼竜たちの群れに落ちて、その度にボタボタと翼竜たちが墜落した。
あの攻撃は間違いなく、天馬の神獣とその子供が持つ『天相』のものだ。
そう思った直後、頭上に天馬の神獣の子を背中に乗せた天馬の神獣が止まった。
「ここは私とラウニッハが食い止めます。貴女はユスティアたちの所へ急いでください。あの数では流石に彼女たちも不利です」
「そう言うことだから頼んだよ」
ラウニッハが手首だけでクルンと槍を回す。
槍を振ると再び雷鳴。
港を突破した翼竜は任せてよさそうだ。
「空中に足場を造りました。これで最短距離を行けます」
フィンニルがそう言うと、目の前に半透明の足場を出来ていた。
足場は海の上まで続いており、これを辿ればユノレルたちの所に辿り着けそうだ。
「ありがとう!」
そう返して半透明の足場を走る。
眼下では海都の中に侵入した、神族種と冒険者・獣人の戦士たちが戦っていた。
神族種にやられた者も居る。
無傷では済まないことは、今さら言っても仕方がない。
ルフは大きくジャンプして海面に立った。
足の裏からゼリー状の感覚に舌打ち。
足場が安定しない場所では、弓の精度が落ちるので出来るだけ避けたかった。
(そんなこと言ってられないか)
破弓に全力の魔力を込める。
黒色の弓全体に蒼ヒビが入り、急速に魔力が上がっていく。
空に向かって弓を構え、矢を放つ。
打ち上げられた一本の矢が空中で無数の矢に分かれる。
目の前の黒い船へ雨の様に、降り注いだ半透明の蒼い矢が船体を貫いた。
(次は?)
そう思って周りを見渡していると、足元の海面が揺れた。
直感が警告の鐘を鳴らす。
ルフは大きく後方にジャンプした。
すると鋭利な水の槍が現れた。
どうやら向こうに魔術を使える者が居るらしい。
そしてボコボコと海面が音をたてて、大きな塊となり形を織りなす。
それは見上げるほど巨大な水の巨人。
その巨人が拳を振り降ろす。
バックステップで避けるが、拳が海面に当たると水面が揺れてバランスを崩す。
「くっ」
体勢を立て直す為にジャンプ。
そして破弓を水の巨人に向かって構える。
しかし目の前から迫って来たのは火球。
別の黒い船から飛んできた流れ弾のようだ。
防ごうにも破弓を下に構えているため、迎撃も出来ない。
(一回当たって……反撃だ!)
そう思って全身に魔力を流す。
ダメージに備えるが、自分と火球の間に半透明の壁が割って入った。
「ルフちゃん! 撃って!」
聞き慣れたユノレルの声。
それに反応して真下の水の巨人に向かって矢を放つ。
矢は蒼い魔力を身に纏って、巨人の胸を貫いた。
魔力による補助を失った巨人がただの海水に戻って形が崩れる。
そのまま海面に着地するとユスティアのユノレルの姿があった。
「状況は?」
「海と空の同時攻撃は今の所なんとかなりそうよ」
「今から私の魔力でルフちゃんを補助するね。海面でも素早く動けるよ」
「ありがとう。助かる」
攻めてきた黒い船もその数を減らしている。
港を突破した黒い翼竜たちも天馬の親子に押し返されていた。
海都の街に侵入できた地上部隊は、狼と淫魔の親子が各個撃破している。
戦況を左右しかねない神獣とその子供が四組も居る。
敵だと恐ろしいが、味方ならこれ程頼りになることはない。
「意外と進歩ないのね。魔帝様も」
「普通すぎる。あの方はこのままのわけは……」
人魚の神獣が言葉言い切る直前。
海都の方で強い光が輝いた。
魔力の揺れを感じて振り返ると、そこには白い球体が複数存在していた。
「転移魔法……」
ユノレルがそう呟く。
次の瞬間、白い球体から出て来た神族種たちの大群が海都を覆った。