第102話 臨戦態勢
人魚の国の中心都市である海都には、続々と戦力が集結していた。
ギルドの上位冒険者はもちろん、竜聖騎士団の主力部隊に、天馬の国のエルフと狼の国の獣人たち。
エルフと獣人は、それぞれ天馬と狼の神獣の子について来た。
そして騒ぎを避ける為に、神獣たちもひっそりと海都で合流。
残りは淫魔の神獣の子に竜の神獣、そして竜の神獣の子のみとなった。
戦える者は全て海都に終結する。
それくらいの勢いだ。
「なのになんであんたがここに居るの?」
ルフは目の前に立つ女の子にそう聞いた。
竜の国から来る人を迎えに言って欲しいと、父であるギルドマスターのテオウスに言われて朝から港に来てみれば、船から降りて来たのはソプテスカだった。
「これを届けに」
ソプテスカが腰に付いたポーチから赤い球を出す。
それは以前、ユーゴがエレカカの要望により人魚の国に運んだ物と同種類の物だ。
淫魔の神獣が言うには、この球の名前は『魔力玉』と呼ばれるただ魔力を溜め込む玉だそうだ。
長年に渡り、各国に一つずつ分配された魔力玉の中には、桁外れの魔力が詰まっている。
その魔力の使い道がよく分からないが、アルンダルが言うにはこれが大切らしい。
ソプテスカが竜の国の分を持ってきたおかげで、淫魔の国の物を除く四つが海都に集まった。
「じゃあ、すぐに帰りなさい。危ないわよ」
「嫌♪ またユーゴさんとイチャつく気?」
「ユーゴはここに居ないわよ」
「イチャつくのは否定しないのね」
「……」
プイッと顔を背けるが、ソプテスカが嬉しそうに顔を近づけて来る。
「だけどユーゴさんはどうしたの?」
「知らないわよ。あの堕落人間のことだから、お父さんの所に戻って安心しきったんじゃない?」
「ホントは気になるくせに♪」
妖艶に、そして挑発的にほほ笑む彼女の桃色の瞳がこちらを射抜く。
本音を悟られないために、踵を返して背中を向けた。
「来なさい。一応他国の重要人物は魔術学院に避難してもらうから」
「あの有名な魔術学院に入れるなんて」
「まぁ、ただの学校じゃなかったんだけどね」
港に集まる武装した人々の間を抜けて、ルフが歩き出す。
周りに気づかれない様に、念の為ソプテスカには外套を被せる。
横に並んだソプテスカが質問をぶつけて来た。
「どうゆうこと? 魔術を学ぶ場所でしょ?」
「……地下にちょっと秘密があってね」
すれ違う人たちは、緊張感のある顔つきだ。
戦争が始まるかもしれないと思えば、当然のことだった。
淫魔の国からの補給物資が常に届くから、資源は驚くくらい充実している。
夜は冒険者たちが街で飲み食いしているし、避難を勧告しても残ると言い張る人々も居るくらいだ。
海都の人口は今までにない位、溢れかえっている。
それなのに肌に纏わりつく不穏な空気は拭えない。
「戦争か……またたくさんの血が流れるのね」
「そうさせないために準備してる」
ハッキリとそう返したルフが魔術学院の前で足を止めた。
警戒している竜聖騎士団員に軽く頭を下げる。
「ご苦労様です」
ソプテスカが騎士団員にそう声をかけて、二人で中に入った。
緑の芝と二階建ての校舎。
そして奥には生徒用の寮がある。
その寮も今は他国の重要人物の為に解放されていた。
非常時の為、学校はもちろん休校で、生徒たちには基本的に避難してもらっている。
彼らはまだ学生で、戦力ではない。
それが大人たちの判断だった。
「じゃあ、あんたも寮に行って、サヴィトス様と合流……」
「嫌よ。地下を見せて」
「我儘言うんじゃないわよ。あんたは一応非戦闘員なんだから、大人しく寮にいなさない」
「またユーゴさんの時みたいに独り占め?」
「してないから!」
「顔を赤くされて言われてもねぇ」
肩を竦めるソプテスカ。
その姿にイラッとするが、彼女はユーゴと自分のことを煽って来る。
とりあえず「ふー」と息を吐く。
気持ちを落ち着かせ、頭を冷やせと自分に言い聞かせた。
「見たいなら好きにしなさい」
「了解しました♪」
魔術学院の地下には広大な地下施設が広がっていた。
淫魔の神獣が教えてくれたその施設には、古代人たちが神獣と共に創った兵器が眠っている。
海都全域を覆う結界もその一つだ。
古代人の血を色濃く継ぐルフにより封印は解かれ、今は古代兵器を使うための魔力を充電している。
ただしそれが使用可能になるのか、魔帝軍が攻めて来るのかどちらが早いのかは分からない。
「地下にこんなのあったんだ」
レアスがそう呟く。
魔法のランプで照らされた地下。
天井を見上げると首が痛い。
淫魔の国の商業都市の地下の時も思ったが、古代人たちは地下深くに空間を造るのが好きらしい。
それに魔術学院に数年通っていたが、こんな地下の噂なんて知らなかった。
教師たちも知らなさそうだったし、神獣が教えてくれなかったらどうするつもりだったのだろうか。
「ノリと勢いよ♪」
横から声。
何故かこの場所に入り浸っている淫魔の神獣だ。
表情から自分の心の声を察したらしい。
「色々と準備していたんですね」
「まぁね♪ みんな無抵抗に死ぬのは嫌でしょ?」
「……どうして人間や亜人たちを助けるんですか?」
「勘違いしないでね」
アルンダルの表情が変わる。
いつものような友好的な雰囲気ではなく、放つ威圧感は完全に神獣の子と同様の物だ。
「あたしは人間が居なくなったら困るだけよ。善意で貴方たちの味方をしているわけじゃない……それに他の神獣も各自の都合でこっち側に居るだけ。正義の味方なんてただの幻想よ♪」
「つまりいつ敵になってもおかしくない」
「そうね。だけど敵になるには長くこちらに居たのも事実。切り捨てるには長い時間を過ごしすぎた。今更後悔しても遅いし、神獣は最後までこっちかなぁ」
肩を竦めてニコッと笑うアルンダルの姿を見て一安心。
しかし同時に不安。
神獣たちは味方でも、神獣の子は別だと言うことだ。
そして現に竜と淫魔、二人の神獣の子はまだ海都には到着していない。
(ユーゴさんは来てくれる。だけど……何してるんだろ)
ユーゴが自分たちを見捨てるとは考えにくい。
今までも戦いがあれば、先頭に立って飛び込んでいった。
今度の戦いだって、彼を知る者ならば参戦すると確信するだろう。
だけど彼の姿は以前見えない。
信じるしかない。
それは分かっている。
ただいつ敵が来るか分からないこの状況で、ユーゴが間に合うかどうかは別問題だ。
すでに各国の首脳陣には伝えられているが、魔帝を倒すには竜の神獣の子の力が必要らしい。
彼が居なかったら、時間を稼ぐことしかできない。
それが神獣たちより伝えられた事実。
「すごく大きいね」
「あんまり騒がないで」
後ろから声と足音。
振り返るとルフと竜の国で見た王女様が居た。
「あなたは!」
「王女様も来たんだ」
「魔術学院の生徒は全て避難したと聞きましたが?」
こちらに近づいて来た王女様が冷たい視線で聞いて来る。
彼女からすれば、自分はユーゴを誘惑する悪い女だ。
いい印象がないのは当然だろう。
「今はこの子が淫魔の国の代表なの♪ 竜の国の古き血脈さん」
アルンダルが自分を庇うようにして説明してくれた。
「あなたがレアスさんの母親ですか?」
「いえ。淫魔の神獣アルンダルよ♪」
「ルフ。これホント?」
「ホントよ」
ルフが肩を竦めた。
神獣の子や神獣たちの自由奔放さには手を焼きっぱなしだ。
それは関わった者みんなが思っている。
「非礼をお詫びします。竜の国の王女、ソプテスカ・ウル・イムロテです」
「いいの、いいの♪ 今は人間として扱って頂戴ね。時々こうして紛れているから」
緑色の髪を揺らし、ニコッと笑うアルンダルの表情は人間のそれと変わらない。
「それよりもアルンダルさん。古代兵器の準備は?」
「ボチボチね。もう少しで使用可能になるんじゃないかしら?」
ルフの問いにアルンダルが奥のある巨大な建造物を指さした。
ここからはただの巨大な壁にしか見えないが、そこには管が無数に繋がれ、魔力が供給されている。
「あれは?」
ソプテスカが不思議そうな目でその建造物を眺める。
「古代兵器だって」
「そんなモノ復活させてどうする気ですか!?」
「勝つには必要なの」
「勝った後のことを言っているんです!」
自分の言葉にソプテスカがそう返す。
王女である彼女らしい意見だ。
そして竜の国らしい考え方だ。
争い事は好まない。
そして大局に見て物事を考える。
強大な力は戦時中こそ必要とされるが、過ぎた力は次の争いの火種になりかねない。
それが王女であるソプテスカの意見だ。
「王女様」
「なんですか? アルンダル様」
「あなたの心配は分かるわ。古代人たちも同じことを言って封印したんだから……だけど……」
「だけど?」
妖しく口角を上げるアルンダル。
そして熟れたイチゴの様な赤い唇が動く。
「最も危険なのは神獣の子なの。それに竜の神獣の子が『覚醒』していない限り、こちら側に未来はない」
「次はユーゴさんが危険だと言いたのですか!?」
「違うわよ。もう貴方たち人間と竜の神獣の子が共に歩む未来はない……だって、こちらの味方をすれば彼は……」
――死んじゃうんだから……