第100話 集う者
各国の代表による会議は滞りなく進んだ。
しかし重要なことが残っていた。
――神族種は何処から来るのか
――神獣の子たちは全員参加するのか
仮に各国の戦力を一つの場所を集めるのであれば、相手が来る場所を限定しなければならない。
それが分からない今の状況では、戦力は分散させるしかない。
しかしその疑問に答えたのは、会議に参加していた淫魔の神獣だった。
「神族種たちは海都を目指してくるわよ」
アルンダルが言うには、この海都の本来の目的は神族種たちを迎え撃つ迎撃都市だそうだ。
それが理由で海都全体を覆う結界や、その名残で何か各国で会議する時は海都が使われるらしい。
ギルド本部があるのもそのせいのようだ。
「神獣の子たちが参戦するかどうかは、個人の問題だから知らないわよ」
アルンダルはこちらの疑問にそう答えた。
神族種に対して、どうするかは各個人の問題らしく、神獣たちは子供らの意見を尊重するとのことだ。
仮に参戦しないとなると、戦況はかなり厳しいと言わざるをえない。
そして一時は天馬の国に四人も集まっていた神獣の子は、今は各国に散っており何処に居るか全くわからないらしい。
「ならば今は、海都に戦力の集結を優先しよう」
テオウスの言葉に各自が頷く。
しかし統率の取れた兵はともかく、どうやって神獣の子を集めるのだろう。
レアスが一人悩んでいると、淫魔の神獣が言った。
「神獣の子は多分、みんな集まるんじゃないかしら。ただし間に合うかどうかは別だけど」
「どういう意味だ?」
テオウスの問いに微笑みで返すアルンダル。
そして赤い唇が動いた。
「来るわよ」
そう呟いた瞬間。
大きな揺れが部屋を襲った。
そして部屋の外から爆発音と悲鳴。
また神族種の襲撃かもしれないとレアスの頭に過ぎった。
「淫魔の神獣」
「何かしら?」
テオウスがギロッと睨むが、それを受け流す淫魔の神獣。
確かな敵意を向けられているのに、それを意に介さない。
「呼び込んだのか?」
「まさか。魔帝様の挨拶よ。でも、被害を最小限にとどめる為にあたしと彼が居る」
アルンダルはそう言って、天馬の神獣の子を指さした。
突然の指名にラウニッハは一瞬驚いた表情をするが、すぐに小さくため息。
「いけるわね。天馬の神獣の子」
「もちろん。魔帝が開戦前に一度襲撃してくることは、天馬の神獣から聞いていましたから」
「じゃあ、行きましょう。問題児たちが暴れる前に……ねぇ、エレカカさん?」
言葉をかけられたエレカカが小さく頷いた。
何かは分からないが、彼女には確信があるらしい。
「今回は僕たちが出ます。テオウス様とサヴィトス様は、戦力をイタズラに減らさない様にして下さい」
「レアスちゃんもしっかり逃げるのよ♪」
「は、はい!」
アルンダルが「じゃあね♪」と小さく手を振って部屋を出て行った。
そしてラウニッハがその後に続く。
(やっぱりあたし要らないでしょ……)
レアスは改めてそう思った。
「街の方が騒がしい……」
海都に到着したばかりで、まだ港に居るルフが海都の中心部を眺める。
やけに人の気配が動いていた。
「索敵魔法を使ってみるね」
一緒に海都まで来ていたユノレルがそう言って目を閉じる。
ルフは念の為に破弓を手に取り、いつでも撃てる体勢だけ整えた。
海都にだって神族種が現れたはずだ。
それを人魚の神獣が撃破した。
(それなのにこの騒ぎは……)
「何これ……」
ユノレルが目を開き驚く。
バッと顔を上げて、遠くを見つめた。
「神族種たちの反応が多数ある。だけどその内の一つだけ、飛びぬけて大きい」
「神族種たちの眷属かな?」
「違う。この感じは違う」
ユノレルがハッキリと言い切る。
そして表情には緊張が走っていた。
彼女がこれだけ緊迫感のある表情は初めて見る。
(次から次へと騒ぎを起こして……)
ルフが舌打ち。
闘術を発動して感情のまま走り出す。
走るのが苦手なユノレルが後ろで何か叫んでいるが、その声を無視して前へと進む。
向かって来る人混みをかき分ける。
海都の街へ入ると黒い甲冑を身に纏った魔物たちの死骸が転がっていた。
既に戦闘は開始されている。
海都に居る上位冒険者たちなら、神族種の一部を倒すことは不可能ではない。
それでもこの胸騒ぎはなんだろう。
いざとなれば人魚の神獣も出て来るはずだ。
(なのに……)
建物の壁が崩れた。
飛び出して来たのは倒された神族種と一人の女。
ショートカットの緑色の髪と瞳はどこかで見覚えのあるような気がした。
「あら? お嬢さんここは危険よ♪」
「あたしは大丈夫。それよりもあなたは?」
「淫魔の神獣アルンダルよ♪」
「また神獣……」
「驚かないのね」
首をコテンと倒すアルンダルに対して「まぁね」と肩を竦める。
今までの経験で耐性がついてしまったのか、目の前に神獣と名乗る女が居ても大した驚きがない。
「アルンダル」
上から声。
アルンダルの横に着地したのは、天馬の神獣の子。
天馬の国で別れた彼も、海都に来ていたらしい。
「ルフ……君も来ていたのか」
「人魚の神獣の子も一緒にね」
「あらら? 二人とも知り合い?」
ラウニッハが自分との関係をアルンダルに説明してくれた。
ユーゴを含めた簡単な関係性を理解した彼女が、「ふーん」と興味ありありの目で見て来る。
「ユーゴは?」
「竜の神獣の所に戻った。あたしとユノレルは先に人魚の国に来たんだけど……」
言葉を言い切るよりも先に、上から重圧を感じた。
顔を上げると建物の上に誰かが座っている。
逆光でよく見えないがその者が放つ圧力は、何故か心に突き刺さる。
身体の奥からジワリと恐怖が滲み、手が小刻みに震えた。
背中には冷たい汗が流れ、直感的に悟る。
(こいつが……)
「久しぶりね♪ 魔帝アムシャテリス」
アルンダルの言葉に男は口端を吊り上げる。
そして、ゆらりと立ち上がった。
ルフは目を細めて、男の姿を見る。
若い男。
歳は自分と同じぐらいだろうか。
白い外套に身を包み、白髪と雪の様に白い肌は、生気を感じさせない。
こちらに向けられたユーゴと同じ赤い瞳は、血の様に不気味に輝いていた。
そんな魔帝の薄い唇が動き、言葉を発する。
「消えろ……」
魔帝と呼ばれる男が軽く腕を振る。
衝撃波が男を中心に発動した。
周りの建物を粉々に吹き飛ばしながら、衝撃波が迫って来る。
(回避しないと……)
ルフが後ろに飛ぼうとした時、蒼い半透明の壁が目の前を覆った。
法術で生成された結界に、水属性による硬化。
魔物数百体すら弾き飛ばせそうなその強固な障壁が、衝撃波を全て受け止めた。
「ルフちゃん……もう少しゆっくり……」
振り返ると走ってきたせいか、肩で息をするユノレルの姿があった。
「大した結界じゃない。流石人魚の神獣の子ね♪」
アルンダルは目の前に張られた結界から、直感的にユノレルの正体を察したらしい。
神獣の子二人と神獣もこちらに居る。
いつもなら過剰戦力だと思うはずなのに、魔帝アムシャテリスを目の前にすると十分じゃないような気がした。
「ふむ……少しは優秀な人間がいるらしいな」
顎に手を当てた魔帝は余裕を崩さない。
一気に海都を攻めて来たその自信はたいしたものだ。
ラウニッハが一歩前へと出た。
使い慣れた金色の槍を魔帝へと向ける。
「神族種による強襲……次は本命が来るとはね……」
「先手必勝だ。もっとも今のこの世界には昨今のような力はないらしい。落ちぶれたものだな、アルンダル」
ギロッと淫魔の神獣を睨む魔帝。
怒り、憎悪、失望。
そんな感情が見て取れる。
当然か。
魔帝は遥か太古、神獣たちに敗れている。
神獣たちを中心とした古代人たちに。
そんな因縁の相手が目の前に居るとなれば、冷静でいられるわけもない。
「あんまり舐めていると、また痛い目見ちゃうわよ♪」
「二度目の奇跡は無いぞ。神獣を創造したのは我だ。いわば我は創造神であり、逆らうことなど許されない」
「強引な男♪ だけど……今回あなたの相手をするのは、神獣じゃないのよね♪」
「なに?」
短くそう返した魔帝の頭上に雷が落ちた。
轟く雷鳴にルフは思わず耳を塞いだ。
雷は魔帝を貫き、建物までも跡形なく消滅させた。
黒く焼け焦げた跡を見て、ラウニッハが小さく息を吐く。
倒したとしたとしたら、なんと呆気ないのだろう。
そんなことを思った直後、ユノレルの声が聞こえた。
「みんなそこから逃げて!」
僅かに上ずった声。
何事だと思うが、すぐに理解した。
「天馬の神獣の力が使えるとは、貴様は何者かな?」
すぐ近くで魔帝の声。
いつの間にか魔帝は自分たちの間に割りこんでいた。
驚くよりも早く、魔帝を中心に衝撃波。
一週の浮遊感の後、身体が宙に浮き吹き飛ばされる。
建物に背中から当たり、全身に衝撃が突き抜けた。
「いい加減にしてもらえるかしら!!」
アルンダルの背中からコウモリを連想させる羽が生える。
その羽を動かし、自在に空を飛ぶ神獣が魔帝に近づく。
両腕から生成した緑色の魔力剣が伸びる姿は、淫魔の神獣の子とダブって見えた。
「やるね!」
黄色い魔力を全身に滾らせたラウニッハが横から魔帝に近づく。
上と横からの挟撃攻撃。
黄と緑の魔力が魔帝を襲った……はずだった。
「な!?」
ラウニッハが驚く。
それもそのはずだ。
魔帝の姿が消えた。
(どこに……)
周りの気配を探り、顔を上げると街全体を半透明の壁が覆っていた。
「全く……最初からそのつもりなら言いなさいよ……人魚の神獣め」
アルンダルが恨み節にそう呟き、魔力を抑えて羽を消した。
人間の姿に戻った彼女が両腕を大きく上へと突き上げた。
「あたしたちの役目は終わりみたいね。休みましょ♪」
「呑気なこと言わないで! 早く倒さないと!」
「無理よ。この結界、中と外の両方に展開されている強力なやつだから」
ピッと上を指さし結界の説明をしてくれた。
ここまで強力な結界を張れる人物をルフはユノレルしか知らない。
しかし彼女は近くに居る。
結界を張っているのは彼女じゃない。
「ユスティアの結界……内部に居る対象者を外に排除するやつだよ」
ユノレルがそう言って顔を上げる。
まるで肩透かしをくらった気分だ。
ラウニッハも背中に槍を戻し、「はぁ」とため息。
戦う気満々で出て来て、勝手に蚊帳の外に放り出されたとあれば仕方がない。
「ユノレル。怪我人の手当てに行くわよ」
「りょーかい♪」
小さく敬礼したユノレルを連れて、ルフは海都の街へと急いだ。
「随分とまぁ乱暴な手だ」
魔帝アムシャテリスは呟く。
海都の外に放り出され、離れた場所にいつの間にか居た。
そして周りの気配から状況察し、面倒だと心で呟く。
「厄介な存在だ。貴様は……」
振り返るとそこには茶色の毛並と見上げるほど大きな体躯を持った狼が居た。
狼の神獣。
それがその狼の名前だ。
「久しぶりだな。魔帝」
ギロッとこちらを見下ろす茶色瞳。
その迫力は普通の生物なら、生きることを諦めるほどだ。
「単身……ではないか」
魔帝はカトゥヌスの頭に乗る一人の人間を見て呟いた。
褐色の肌と肩に担いだ大剣。
逞しい腕と表情には自信が窺える。
その男は口端を吊り上げた。
――歓喜
そう呼ぶに相応しい笑み。
そして叫ぶ。
「さぁ! 俺様を楽しませてくれ!!」