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第99話 行き先


 すうっと息を大きく吸うと、懐かしい味がした。

 少し湿った空気と朝の香りが支配する空間。

 顔を上げると天高く突き出た山が目に入った。


 一歩、また一歩と懐かしい故郷が近づく。

 父さんと顔を合わせるのも久しぶりだ。

 楽しみだけど、歓迎してくれるかどうかは分からない。


 大部分を占める期待と少しばかりの不安。

 そんな俺の身体は山の向こうから昇る朝日に照らされる。

 旅立つときは背中に受けていたそれを、今は正面から受け止めた。


 誰も通らない山道を登り、山頂へと近づく。

 岩のごつごつした足場に気を付けて、山頂付近に開けられた洞窟の中へ。

 赤い鉱石が光を放ち、洞窟内は十分な明るさが確保されていた。


 ジメツク空気はそのままで、真っ直ぐ歩くと水の気配。

 洞窟内に設けられた湖は旅立つ前のままだった。

 天井には大きな穴が空けてあり、父はその穴から出入りする。


 今はその大穴から朝日が差し込み、蒼い湖の水面がキラキラと輝いていた。

 その昔、雨が入って来るから閉じようと父に手案したことがある。

 そしたら「ユーゴはワシと別々で寝たいのか?」と返され、「そっちの心配かよ!」とツッコミ返した。

 普通は自分の出入り口が無くなる心配をするもんだと思う。


 昔を懐かしんでいると、足元がドシンと震えた。

 そして奥から圧倒的な存在感が迫って来る。

 この感じ久しぶりだ。

 そんな感想を勝手に抱き、奥から現れた一体の赤い竜と向かい合う。


「ただいま。父さん」


「よく戻った。息子よ」


 相変わらずの威厳に満ちた低音ボイス。

 普通の人が聞いたら、その声だけで祈りを捧げそうだ。

 実際は少し気の弱い竜なんだけど。


「色々と話はあるんだけど……優先することがあるんだ」


「神族種たちの件だな」


「うん。それと俺たちを育てた、本当の理由(・・・・・)を教えてくれ」


「いいだろう。いつかは話すつもりだった。ただし、ユーゴ。貴様の場合は他の神獣の子と選択が異なると言うことは頭に入れておけ」


「なんでもいいさ。今さら」


 肩を竦めた俺はブーツを脱いで、湖の端に腰を下ろした。

 足だけ水中に入れると、ヒンヤリとした冷たい感覚が身体に送られる。

 父さんと話す時は、基本的にこの姿勢だ。


「神族種たちと神獣の子の関係を説明するには、まず奴の話からだ」


「魔帝とか言う奴?」


「そうだ……ワシら神獣の生みの親にして堕ちた神……『魔帝アムシャテリス』を知る必要がある」


 父はそう切り出し、全てを教えてくれた。

 俺たち神獣の子を育てた本当の理由。

 太古から続く因縁。

 そして……俺に残された選択肢を……
















 レアスは金髪を揺らし、大きく息を吐いた。

 ため息と言えばそれまでだが、そこには確かな緊張が含まれている。

 顔を上げると人混みで、改めて人魚の国の首都である海都には、人が多いと実感した。


「ため息してると幸せが逃げるわよ♪」

 

 前を歩いていた女性が振り返る。

 肩で切りそろえられた緑色の髪と同色の瞳。

 薄いワンピースからでも分かる胸の張りと腰のくびれ。

 手には先ほど露店で買った串にささった肉。

 

 歩けば殺人的にばら撒かれる女性の色香は、すれ違う男たちがこちらを振り返るほど。

 見た目は完全に絶世の美女。

 しかし、その正体は淫魔の神獣アルンダルだ。

 五体の魔獣の一角にして、神と崇められる神獣である。


「逃げませんよ。アルンダル様」


 そう返した自分にアルンダルの顔がグッと近づく。

 フワリと舞った髪から甘い香りが鼻孔を(くすぐ)り、同じ女性であるレアスでさえクラクラする。

 そして赤い唇の前で人差し指を立てた。


「今あたしは『人間』なんだから、『様』はなし」


「了解です……」


「いい子、いい子。じゃあ行きましょう♪」


 アルンダルが踵を返し、鼻歌混じりに人混みをかき分けていく。

 その後ろ姿は、人間のそれと全く変わらない。


(なんでこんなことになったんだが……)


 レアスは再びため息。

 今から海都で開かれているだろう首脳陣たちの会議に殴り込みをかける。

 そう思うだけで気分が沈んだ。


 淫魔の国で竜聖騎士団の援助を受けていた自分たちを襲ったのは、神族種と呼称される黒い甲冑を身に纏った魔物たちだった。

 騎士団が時間を稼ぐ間に避難の準備をしていると、突然淫魔の神獣(アルンダル)が現れ神族種を撃退した。


 そんな彼女は次に海都へ行かないといけないと言って、首脳陣の会談に参加するために一人連れて行くと宣言。

 それに選ばれたのが自分だ。


 理由を尋ねると『薄いけど古代人の血が流れているから』らしい。

 アルンダルが言うには、古代人の子孫の多くが各国の指導者らしく、竜の国と狼の国の王族や人魚の国のギルドマスターの家系は実際にそうらしい。


 ただし淫魔の国は、その国柄のせいか古代人の血を継ぐ者は大量にいるとか。

 子供が多く、餓死者も多いあの国ではどこの誰と血が繋がっているのか、分からないことがある。

 別に自分じゃなくてもいいと思うが、アルンダルの主張は「各国で話し合うべきよ」というものだ。


 一部の国で決めるのではなく、ちゃんと五か国で話し合う。

 それがアルンダル(この神獣)の考え方だ。


「ほら。着いたわよ」


 アルンダルが足を止めた。

 見上げるほど大きいその建物は、遠目からよく眺めていたギルド本部である。

 この最上階でアルンダル曰く、首脳陣たちは会議しているらしい。


「ホントに行くんですか?」


「当たり前じゃない。さぁ! 殴り込みよ!」


「道場破りじゃないんだけど……」


 ズンズンと突き進むアルンダルの後ろをついて行く。

 ギルドの中に入ると視線を一手に集めてしまう。

 男たちは皆頬を赤く染め、目が血走っていた。

 ギルド内の空間をアルンダルはその色香だけで制圧してしまった。


(これが淫魔の神獣……)


 その姿に感心していると、アルンダルが足を進める。

 そして上へと繋がる階段を上ると、最上階に入る前に衛兵に止められた。


「部外者はここから先には進めません」


「いいじゃない。あたしの我儘聞いてくれても」


「き、規則ですから!」


 衛兵の男はそう言って赤くなった顔を横に向けた。

 そんな男の耳にアルンダルが口を近づける。


「後であたしといいことしてあげるから……」


 そう呟くと衛兵の男が倒れた。

 肩で息はしているから、意識が飛んだだけらしい。


「起きる前に行きましょ♪」


「は、はい」


 再びアルンダルの後をついて行く。

 そして一番奥の部屋へと進み、ドアをノック。


「ええ!? 心の準備とかさせて下さい!」


「あたしが居るから大丈夫♪」


 ニコッと笑顔のアルンダルがドアを開けた。


「失礼しまーす♪」


 円卓のテーブルには三人が席についていた。

 猫耳を持った獣人に、灰色の髪の初老の男。

 そしてこちらを一番睨んで来る蒼い目を持った坊主頭の男だ。

 

(ギルドマスターのテオウスに、獣人は狼の国の代表……つまり灰色の髪の人が竜の国の……)


「い、一般の人は入っちゃダメですよ!?」


 最初に声を発したのは、獣人の女性だ。


「ギルドの警備も甘いんだな。なぁテオウス!」


 竜の国の代表の男は声がでかい。


「サヴィトス。少し黙ってろ」


 ギルドマスターのテオウスが竜の国の代表をギロッと睨んだ。

 

(サヴィトス……あの人が竜の国の国王……)


 その名前は本で見たことがある。

 別名『灰色のサヴィトス』と言われる程の剣の達人で、ギルドの冒険者たちと比べても遜色のない腕前だとか。


 警護もつけずに三人だけで会議とは、えらく無防備だなと勝手な感想を抱いたが、武闘派であるテオウスにサヴィトスが居るので不要と判断したのだろう。


「ちょっとこの子も参加させてもらえない?」


 アルンダルが自分の腕を引っ張り、前に立たせた。

 三人の視線を受けて、レアスは苦笑い。

 色々と経験はしてきたが、この重圧は今までとは違った感じだ。


「えっと……レアスです……」


 頬を掻いてそう答えると、テオウスはため息。

 サヴィトスは顎に手を当てて、何か考えている。

 獣人の女性はそんな二人を見て、オロオロしていた。


「エレカカよ。どう思う?」


「ダメ……ですよね。テオウス様」


「当たり前だ。関係の無い奴は参加させん」


 言い切ったテオウスに対して、アルンダルがニコッと微笑む。


「淫魔の神獣アルンダルの言葉でも?」


 それは殺気。

 そして圧倒的な魔力によるプレッシャー。

 それらを振りまきながら、アルンダルはほほ笑んだ。

 常人ならば耐えることも難しいその圧力に背筋が凍る。


「アルンダル様。少しは抑えて下さい」


 後ろから声。

 振り返ると金髪の髪を持った少年とその後ろから、翡翠色の目のエルフが出て来た。


「あら? ラウニッハじゃない。天馬の神獣の子も参加するの?」


「チコの付き添いです」


「あ、あの。天馬の国から来たエルフのチコです」


 そう言ってエルフの女性が頭を下げた。

 それに付き添いは、今回の戦争の首謀者である天馬の神獣らしい。


「よく人前に姿を見せられたもんだ」


「いい度胸だ」


 テオウスが斧をサヴィトスが剣を手に取る。

 殺気は天馬の神獣の子(ラウニッハ)に向けられていた。


「待ってください! 理由を聞くべきです!」


 エレカカと呼ばれる獣人の女性が二人を止める。

 武器に手を添えたテオウスとサヴィトスは、そのまま姿勢でいつでも飛び出せる準備をしていた。


(やっぱり……あたしって要らないでしょ……)


 一介の学生である自分にこんな修羅場に放り込まないで欲しい。


「天馬の神獣の子。あなたがここに姿を見せた理由はなんですか? 私たちの前に姿を見せれば、こうなることは分かっていたはずです」


 エレカカの問い。

 それは神獣の子に被害を受けた国の者ならば、誰でも思う疑問。


「僕は役目を果たしに来ました。ですが罪は消えない。神族種たちを倒した後、どんな罰でも受け入れます」


 真っ直ぐにそして偽りの無い言葉を述べるラウニッハ。

 その姿を見て、テオウスとサヴィトスは武器から手を離した。


「座れ。二人(・・)ともだ。付き添いは申し訳ないが立ち見だ」


 テオウスがそう言って、自分とチコと名乗るエルフに指示を出した。

 戸惑いながらも、レアスは目の前の席に座る。

 独特の緊張感が身体を包み、手に汗が滲む。

 そんな自分の肩をアルンダルがポンと叩いた。


「大丈夫。あたしがついているから堂々としていなさい」


 耳元とそう囁かれると、不思議なことに緊張感が和らいだ。


「では話の続きだ」


 ギルドマスターテオウスがそう切り出し、会議の続きを始めた。


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