表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/133

第9話 夜に舞う炎


 夜の空気は身に突き刺さる。馬上で揺られ、目の前の暗闇に目を凝らすが何も見えない。

 フォルは竜聖騎士団の鎧を身に纏い、さっきまでの時間を思い出す。

 楽しかった。あれ程、純粋に楽しめたのはいつ以来だろうか。

 

 平和なこの国の人々の生活を守る為に、全てを捧げて来た。

 脅威となる魔物に真っ先に対応するのは、いつも騎士団の役目だ。

 他国なら冒険者を募って討伐もするだろうが、この国に居るのは駆け出しの冒険者が多く、戦闘の経験は皆無の者がほとんどだ。


 この国に居る他の者に比べると、殺伐とした日常を送っている。

 徐々に自分の心が荒んでいくのが分かった。魔物を殺し、時に仲間が死ぬ所を見る度に心が死んでいく。

 破滅に向かっていることは分かっている。それでも両親が魔物に殺されたあの日から、魔物を憎む自分はこの国では他の者と馴染めないのも事実である。


 そんな孤独を抱える自分の目の前に現れたのは、赤髪・赤眼の男。

 背中に乗っていた時、不思議と父の事を思い出した。記憶の霧の向こうに居る父。

 狼の国で生活していた時のことは、断片的にしか思い出せない。

 祖父母は元気だろうか。昔はよく遊んでもらっていた。


(ホントに楽しかったなぁ……)


 懐かしい記憶とダブる先程までの時間。

 皆で飲んで食べて、喋っていつの間にか眠って。

 あんな楽しい時間がずっと続けば、どれくらい楽しいだろうか。

 自分はもしかすると、そんな安らぎをずっと求めていたのかもしれない。


「全体止まれ」


 戦闘を歩く隊長の合図で現実へと戻る。

 本来ならワイバーンの背に跨るはずが、今回は馬の上だ。

 理由は、飛竜種は基本的に夜の長時間の飛行は出来ないからである。

 上位種のような強力な飛竜種はともかく、普段フォルたちが乗るワイバーンは長い飛行が出来ない。


 そこでまずは魔物を発見し、合図を送って王都から飛行部隊を出動させる。

 その後、空と地上からの同時攻撃で魔物を殲滅する。それが今回の作戦だった。

 フォルは斥候も兼ねた先行部隊。狼の国出身だからワイバーンに乗るのは苦手だ。

 練習しているが、未だに一人だと上手く乗ることは出来ない。ましてや夜なら尚更だ。


 ボコボコと地面が隆起する音。

 地面の振動に馬が怯えて、落ち着かせるために手綱を強く握る。

 この音はゴーレムに間違いない。

 腰に差した剣を抜き、戦闘態勢を整える。


 月明かりに照らされて現れたのは岩の巨人。

 王都から離れた草木低い草原では隠れる場所もない。

 ゴーレムが重さを感じさせる太い岩の腕を振り上げた。


「散開!」


 隊長の合図と同時に先行部隊の十名が四方に散る。

 そして同時にポーチから取り出した魔石を空に向かって投げた。

 黄色い光が十個、空へと上がりこれが飛行部隊への合図になる。

 飛行部隊の中には数は少ないが、魔術師も居た。


 隊長が王へと直談判し、力を借りることとなった魔術師たちだ。

 彼らが居れば、空中からの魔術でゴーレムを倒すことが出来る。


(それまでの時間稼ぎをしないと……)


 フォルはジッとゴーレムの動きを観察する。

 動きのスピード自体はさほど早くないが、その力強い動きはまともに当たれば簡単に身体が吹き飛ぶことが想像できた。


「足を狙え!」


 隊長の声で馬を走らせる。

 頭上から振り下ろされる腕を潜り抜け、股の下に通過の狙いを定めた。

 そして、通り過ぎる際、足を剣で切り付ける。


「かたっ」


 足も岩で覆われたゴーレムの肌は剣の一太刀ではビクともしない。

 剣を握った右手が痺れて、感覚が無くなった。

 槍を持った団員が目を狙って槍を投げるが、簡単に躱される。

 弓だって固い岩の表皮には意味をなさない。


(まだなの? 援軍は……)


 空を見る。

 このままではまた全滅だ。

 はやる気持ちを胸に見た空には黒い影。


(ワイバーンじゃ……ない……)


 黒い影の正体はハーピー。

 『交配種』に 分類されるハーピーは人の姿で背中に羽が生えた空飛ぶ人である。

 知能はゴブリンたち同等くらいで、複数で得物に襲い掛かり、素早く相手を仕留める。


 肩の傷がズキンと疼く。

 日中の調査で突然襲われた相手の正体はハーピーらしい。

 フォルはそのことを直感で悟った。


「隊長! 空にハーピーです!」


「ハーピーは飛行部隊にませろ! それまで俺たちはゴーレムの相手だ!」


 空に光が走る。

 飛行部隊が連れて来た魔術師の魔法だ。

 雷や火の玉でハーピーたちを撃墜していく。さらに飛行部隊の中には弓の名手などもおり、空中からゴーレムに向けての援護射撃も始まった。

 

(勝つ……今度こそ絶対に……!!)


 フォルはそれだけを胸に、剣を握る右手に力を入れた。














 王都のワイバーンの飛行場に着くと、普通なら人も飛竜種も居ないはずなのに今日に限っていた。

 はやりさっきここから飛び出って行ったのは、竜聖騎士団のようだ。

 相手がゴーレムなら空中から攻撃すれば安全に勝てる。問題は、夜は長時間飛べないワイバーンの運用をどうするかのみ。


 さっき空に見えた黄色い光がその合図だろう。

 つまり騎士団はすでにゴーレムとの戦闘を始めている。


「ここは立ち入り禁止ですよ!」


 騎士団の一人に見つかった。

 若い男の子の騎士だ。フォルと言い騎士団には結構若い子が多いらしい。


「ちょっと見学だ。ほら、これでも食って落ち着こうぜ」


 少年の騎士に持ってきた干し肉を差し出す。


「ダ、ダメです! 隊長に絶対に入れるなって言われてるんです!」


「差し入れだよ。それに俺は隊長と顔見知りだよ。あとフォルとも」


「まさかフォルちゃんを助けた男って……」


「まぁまぁ。人の正体探るなんて野暮なことせず、一緒に食べてノンビリ待とうぜ」


 少年に干し肉を渡すと「ありがとうございます……」と小さな声。

 そして少年の肩を叩き激励するとそのまま飛行場へと入る。

 ドサクサに紛れて侵入に成功した。飛行場には監視している騎士は誰も居ない。

 当然だ。魔物の討伐に全力を注いでいるのだから。


「やってる、やってる」


 遠くには空に光が輝き、地上では動く人影が僅かに見える。

 空と地上で同時に相手をしているのか、魔術による攻撃がいまいち地上の魔物に集中していない。

 空飛ぶ魔物はなんだろうな……どの道、ワイバーンは夜に長いこと飛べば制御を失い、地上に墜落する。

 翼をもがれた騎士団は壊滅するだろう。だから夜襲は嫌なんだ。

近くに居たワイバーンの一体に跨り手綱を握った。


「ちょっと! 何所に行く気ですか!?」


 若い騎士がやっと気づいたらしい。


「ちょっと夜の散歩だ」


「ダメです! 作戦行動中ですよ!」


「バレないようにするから安心しろ」


「そうゆう問題じゃないですよ!」


 若い騎士の言葉を背に、ワイバーンが空へと飛翔した。

 日中に乗るよりも、ワイバーンから伝わる鼓動が早い。

 夜の飛行は慣れていない分、動揺があるらしい。

 長い時間飛べないことは分かっている。だからこそすぐにケリをつける。

 

 手綱でパシッとワイバーンの身体を叩く。

 身体が徐々に上へと傾き、月へと向かう。

 限界高度で戦闘区域を見下ろす。


 月明かりに照らされ何と騎士団が戦っているのか目に見える。

 空中戦を騎士団と繰り広げているのはハーピーで、地上で暴れているのはゴーレムだ。

 ハーピーの数は徐々に減っており、いずれ全滅するだろう。魔術師がいるようだから当然の帰結だった。


 ただし、ハーピーを全滅させた後にゴーレムを倒す時間だけ、ワイバーンが飛べるかどうかは別問題だ。

 それに地上にも騎士団の騎士が居る。彼らが先に全滅すれば飛行部隊はゴーレムとハーピーを同時に相手することになる。


「ラクしたいなぁ」


 そう呟き手綱を離しワイバーンの背中に立つ。

 ホント、ラクしてお金を稼ぐことは出来ないかな。ルフに相談したら「お酒をやめろ」と言われた。

 俺の楽しみを奪うとは、あいつは畜生以外の何者でもなかった。

 

 身体を突き抜ける夜風を感じながら、背中から地面へと落ちる。

 空に浮かぶ蒼い月は父と過ごしていた時から何も変わらない。

 背中から吹き抜ける風。深く息を吐き身体を反転させた。


 魔術を発動させ両腕に炎を纏わせる。

 赤みを帯びた炎の狙いを空飛ぶハーピーたち五体に合わせた。

 飛行部隊は基本的に魔術師たちを守る様に飛び、魔物たちから距離を空けているから巻き込む心配は無さそうだ。


 両腕を上から下に振り、炎がまるで蛇のように細く伸びてハーピーたちに直撃した。

 魔物の断末魔が「ギャァァァ!!」と響き、騎士団の視線が俺に向けられる。

 しかし、月をバックにしている俺の姿はハッキリとは見えないはずだ。

 

 残る魔物は地上に居るゴーレムのみ。

 今の(・・)炎の状態だけであの固い岩の表皮を貫くのは難しい。

 もっと鋭く一点を突破しないといけない。


 右拳を握り魔力を集中させた。

 魔術で精製した炎を抑え込み、右腕全体に定着させる。

 修業時代によく使っていた炎の拳による攻撃。


 当たる瞬間に魔力を爆発させ、相手を爆炎と共に葬り去る。

 魔術と闘術を得意とする俺のオリジナルの業だった。

 落下の速度も合わせて威力は計り知れないだろう。

 

 ゴーレムの岩の頭に狙いを定め、渾身の力を込めて右拳を振り降ろした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ