詩織side 第二話 新学期
新しい朝が来た。
青い空を見上げながらわたしは思った。
生まれて初めて好きになった、6歳年上の少年。
坂井さんさんは、わたしのとの婚約を快く引き受けてくれた。
「さかいさん……」
坂井さんのことを想うだけで、胸がドキドキする。
これから一緒に生活する上で、間違いもあるかも知れない。
もちろん、小学5年生といっても『そういう』知識は持っている。
もしも坂井さんに迫られたら、わたしは拒めるのだろうか?
考えたら身体が熱くなってきたので、頭を振って自分の妄想を追い出した。
そこに、ちょうど奈緒さんが起こしにきた。
「詩織様、おはようございます」
「おはようございます。奈緒さん」
奈緒さんはいつもメイド服を着ている。
おはようからおやすみまでずっとだ。
まさか、あのまま寝ているわけはないだろう。
そう思うと、奈緒さんのわたし服姿が見てみたくなる。
「なおさんはいつもメイド服ですよね?しふくは着ないんですか?」
しかし帰ってきた答えは、わたしの求めるものではなかった。
「わたくしは毎日わたし服を着ていますよ?」
それより、早くご飯を食べてください。と続く。
なんとなく、はぐらかされた気もするけれど、わたしは大人しく奈緒さんの言葉に従った。
だって、わたしにとっては奈緒さんのわたし服よりも、坂井さんとの朝食の方が大事だから。
わたしは急いで準備をして、らしくもなくスキップしながら食卓へと向かった。
「僕ってどこの学校に行けばいいんだ?」
坂井さんはいきなりそんなことを言った。
「お父様から聞いていないんですか?」
「訊こうとしたら、その前にドイツへ旅立って行ったよ」
…………お父様。
なんでお父様はそんな大切なことを伝えていないのだろうか?
「さかいさんの行く学校ならしんぱいありません。わたしと同じ学校です」
わたしは本来お父様が言うべきセリフを代わりに言った。
「わたしの通っている学校は“しおりのみや学園”といって、小中高大いっかんの学園です。ですから、さかいさんはこうとうぶに通うことになります」
坂井さんは不思議そうな表情をする。
それもそうだ。
試験も受けずに編入できるなんておかしな話だ。
「栞ノ宮学園はわたしの伯母が理事長をやっています。それと、制服は学校に用意してあるそうですから、どのようなふくそうでもいいそうです」
「………了解」
坂井さんが感じているであろう疑問に簡潔に答えけれど、ちゃんと理解してくれたようだ。
でも、わたしも気になることがある。
「今日の坂井さんはどこか変ですね?なんでわたしを見ないんですか?」
そう、さっきから坂井さんはわたしと目を合わせない。
昨日の夜まではなんともなかったはずなのに…………。
「いや、別にいつも通りだぞ?変なところは一つもないぞ?」
そんなわけがない。
でも、坂井さんが言いたくないのなら深く詮索するのはやめた方がいいだろう。
「なんでもないならいいです」
わたしは坂井さんに嫌われたくないから。
登校中に視線を集めてしまうのは、わたしが『士堯院』の名前を持つ限りは仕方がない。
それに人目があるから実際に手を出してくるわけではない。
わたしはそう割り切っている。
けれど、坂井さんはそういうのに全くと言っていいほど慣れていない。
「なんか随分注目されてるな?」
気になるのは仕方のないこと。
でも坂井さんはどちらかというと、わたしのことを心配してくれている気がした。
たとえ気のせいであっても、そう思いたかった。
「大丈夫です。いつものことですから。それに______」
それに今日はいつもとは違う。
わたしは後ろを歩く坂井さんの方を向いて、言った。
「今日からは坂井さんが一緒にいてくれるので、たいへん心強いです」
心なしか、坂井さんの顔が赤くなっている気がした。
たいへんマズイことになった。
始業式の途中、わたしの発作が始まった。
この発作は、最初は身体が熱くなる程度で済む。
けれど、それから徐々にひどくなる。
「坂井由紀は学園長室まで教科書を取りにこい。以上」
麗香さんのお話がようやく終わった。
「どうしたの?士堯院さん?」
隣に座る女の子がわたしを気遣うように訊いてきた。
流石に変に思われたでしょうか?
「はい、大丈夫です。問題ありません」
「そう?ならいいんだけど………」
そう、このことは誰にも話せない。
麗香さんの言いつけで話すことを許されていない。
式が終わると、わたしは急いで学園長室に向かった。
「というわけだ、おい、詩織、まだ大丈夫か?」
今の今まで坂井さんにわたしの発作について説明していた麗香さんがわたしに話を振った。
「た、多分…んっ…あと1分…はっ………大丈夫…でしゅ」
結構ギリギリだ。
もう、ろれつが回らなくなってきている。
「坂井、あっちの部屋を貸してやる。………………」
麗香さんのそんな言葉を最後に、わたしは意識を失った。
そして意識がはっきりした時、わたしは目の前には坂井さんがいた。
思考は正常、なのに身体が勝手に動き、わたしは甘えた声で坂井さんに抱きついた。
「えへへ、ゆきしゃんっ」
やめて!
それ以上坂井さんに恥を見せないで!
必死に身体に懇願するけれど、キス魔と化したわたしの身体は言うことを聞いてくれない。
「し、詩織ちゃん?取り敢えずはなれようんっ!」
制止する坂井さんに無理やりキスをした。
男の人とする初めてのキス。
できれば自分の意思でしたかった…………。
っと、落ち込んでいる場合じゃない。
現在進行形でキスしているのだ。
今までわたしの意思でキスしたことというのはほとんどない。
治めてきた発作のほとんどがキス魔状態のわたしだった。
だからキスの仕方を覚えたのもあっちのわたし。
それでも感覚だけはしっかり伝わってくる。
坂井さんの舌のヌルヌルした感触がわたしの舌に絡みつく。
「ん……ぴちゃ………ふん……ぴちゃ」
わたしの口からいやらしい水音が聞こえてくる。
坂井さんの唾液とわたしの唾液がごちゃまぜになり、もやはわたしの口にある唾液がどちらのものかわからない。
なんだかいつもより激しい気がする。
いつもはこんなにがっつくようにしていない。
それに、気持ちいい。
キスってこんなに気持ちよかっただろうか?
さっきよりも何倍も身体が熱くなっていく。
息が上がり、お股が疼いてくる。
だめ、どんどんいやらしい気分になっていく。
それでも身体は止まらない。
むしろ、いやらしい気分になればなるほど、キスの激しさが増していった。
舌を舌で絡め、吸い、噛み、坂井さんの口内を余すところなく味わう。
そこにわたしの意思はないはずだった。なのに、わたしの意識もいつの間にか、坂井さんともっと繋がりたいと思い始めていた。
「ぷはっ」
一度離れて、身体にこもった熱を逃がすためなのか、それとも坂井さんを誘惑するためなのか、
「なんだか熱いれしゅね」
と服を脱ぎ始めた。
そこで、わたしはふと思い出した。
わたしはまだ、ブラを着けていないのだ。
最近、擦れてちょっと痛いなとは思っていたけれど、なかなか言い出しづらくて、買ってもいない。
つまり今のわたしは、上半身裸で坂井さんの前にいることになる。
それに、キスのせいか、わたしの蕾は固く勃っていた。
そしてわたしの身体は次にスカートへと手を伸ばしたところで、
「待ったぁぁ!詩織ちゃん!落ち着こ!」
坂井さんが止めに入った。
「ふぇ?らいじょうぶれす。しゅこしあちゅいのでぬぐだけれしゅ」
「大丈夫じゃないよ!?アウトかセーフかで言ったら完全にアウトだよ!ほら、服を着よ?」
少し前のわたしならば、坂井さんの意見に賛成だった。
けれど、今のわたしには、わたしの身体に逆らう意思は持てない。
「いやれす。しょうゆうことをゆうゆうしゃんにはおしおきがひつようれしゅね」
わたしはまた坂井さんの唇を塞いだ。
そして、身体を坂井さんに擦り付けるようにしながら、さっきと同じような深いキスをする。
胸を擦り付けるたびに、先っぽがピリピリと気持ちいい。
「ふっ……んっ…なんだかっ……ピリピリしてきた………………ふぁっ!」
身体がふわふわして、力が入らなくなり、頭が白くなっていく。
それに呼応するように、わたしの声が高くなる。
そして、身体の奥から何かが出てくるような感覚が襲ってくる。
まるで気持ち良さの塊が降りてきているみたいだ。
怖い。怖い怖い怖い。
こんなのわたしは知らない。
気持ち良はずなのに、それが怖い。
「ゆきしゃん、……んはっ…ゆきしゃん!」
もうキスどころではない。
我慢していたものが弾けそうになる。
ギリギリまで我慢したけれど、ダメだった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
塊がついに弾けた。
その途端、頭の中は完全に真っ白になって、あるのは身体中を襲う快感だけ。
痙攣が止まることなく何度も続く。
それから約十分、わたしは身体に残った快感に身体を震わせていた。
その後呼吸が整うと、急に思考が正常に戻った。
そして今まで自分がしてきたことを思い返し、死にたくなった。
よりにもよって、大好きな人に自分の恥ずかしい姿を見られたのだ。
わたしは一刻も早く逃げ出したくて、
「ごめんなさい!」
柄にもなく大声を出して、坂井さんの前から逃げ出した。