詩織ちゃんの呪い2
「でも、呪いの条件ってなんなんだ?」
僕たちは屋敷に帰り、詩織ちゃんの部屋で呪いについての考察を始めたが、
「分かりません。私から見ても『ふていきてきに』としか言いようがないです」
本人がこれでは拉致があかない。
「なんでもいいから思い当たる節はないの?」
詩織ちゃんは「ん〜」と考えてから、「ないです」と言い切った。
「ないって、でもその女は確か「ある条件を満たすと」って言ったんだろ?じゃあ何かあるはずだ。まあ、そいつが言ったことが嘘でなかったならだけど」
「そうは言われても、思いつかない物は思いつきません」
「……そうか」
まあ思いつかないものをこれ以上問い詰めても仕方がない。
ここらで追及はやめておこう。
「そういえばゆきさん、学校はどうでしたか?」
「うん、それなりにやっていけそうだったよ。思ってた雰囲気と違ったし」
もっとこう……優等生な人間の集まりかと思っていたけれど、案外前の学校と大差はなかった。
まあ名前の件でからかわれるのもその内収まるだろうし、今は我慢だ。
「詩織ちゃんの方はどうだった?クラス替えとかあったんだろ?」
「はい、なかのいい友達とも同じクラスになれました」
「それは良かったな」
「はい、よかったです」
そう言う詩織ちゃんの表情は薄いが、僕には彼女が微笑んでいるようにも見えた。
そこに、ピンポーン
来客の報せが届いた。
そのあと、すぐのようにメイドさんが部屋をノックして入ってきた。
流石はメイド。
そのノック音にさえ品が出ていた。
そして僕は「由紀様にお客様です」と呼び出されたのだけれど、どうも今日は日が悪いらしい。
僕の目の前には新たなる問題が立ちはだかっていた。
そう、刑事という名の問題が。
だが、どうやらこっちから出向かなくても済みそうだ。
「坂井由紀さんでよろしいですか?」
ここでよろしくないと答えたならどうなるのだろうか?
僅かばかり好奇心が出てきたが、それをした後が怖いので自粛した。
「先日あった銀行強盗の件ですが、そこであなたのスマートフォンを犯人が所持していました。取り敢えずお返しします」
僕は刑事から自分のスマホを受け取ると、電源をつけてみた。
が、画面は真っ暗のままつく気配はこれっぽっちもない。
「充電が切れているようですね?」
画面を覗き込む刑事から離れ、スマホをポケットにしまう。
「それでですね、できれば事情聴取をさせてもらえませんかねぇ?一応関係者全員から聞くことになってますので」
後半の付け足しました感が見え見えだった。
この後は特にやることもないし、潰しってことで付き合ってやるのもいいだろう。
そう考え、僕は刑事たちの言葉に頷いた。
それと、これからは毎朝のニュースの占いはきっちりチェックすることを心に決めた。
その後、僕は警察署で事情聴取を受けた。
そして、事情聴取という名の愚痴はあれから3時間にわたって続けられた。
最初こそ事件に関係することを聞かれていたが、後半は、「娘が反抗期だ」とか、「娘が最近冷たい」だとか、「娘が一緒にお風呂に入ってくれない」とか、とにかく僕にとっては本当にどうでもいいことを3時間、延々と語られ続けた。
というか、あの刑事はどうにも親バカがすぎる。
構えば構うほど離れていくというのが分からないのだろうか?
でも、一緒にお風呂云々言っていたということは、娘さんはまだ小学校低学年くらいか?
そんなことを考えた時だった。
「お、兄貴!」
どこかで聞いたことのある声が聞こえた気がした。
きっと気のせいだ。
なぜなら、奴がここにいるはずがないからだ。
奴はきっと今頃、カラオケボックスで女子と仲良く(?)やっているだろう。
「おーい、アニキー!」
そう、奴は僕のことを『兄貴』とは呼ばない。
僕は奴にとって『相棒』のはずなのだ。
だからやっぱり、あれは奴ではない。
しかし現実は実に残酷だ。
僕は『奴』を視界に入れた瞬間、現実に裏切られた。
そこにいたのは、『奴』こと、同じクラスで前の席の松田山健次郎だった。
「なんだよ、やっぱり兄貴じゃねぇかよ。なんで無視するんだ?」
「ひとつ訊きたい。いつから僕はお前の『兄貴』になったんだ?」
カラオケはどうしたのかも気になったが、やっぱりどうして僕が『兄貴』に昇格してしまっているのかが気になる。
「どうしてって、兄貴は俺に女子の友達を作る機会をくれた。それも、自分の機会を捨ててまでだ。だから俺は尊敬の意を込めて『兄貴』と呼ぶことにしたんだ」
すごく下らない理由だった。
いや、もともと真っ当な理由を期待していたわけではないけれど、ここまで下らない尊敬の意は初めて見た。
「誰もが松田山みたいに女子に飢えてるわけじゃない。むしろ松田山は飢えすぎだ。自重しろ」
「何言ってんだよ兄貴!短い人生、やっぱりモテてぇじゃないか!」
「確かにモテたくないといえば嘘になるけど、見境がないのはどうかと思うぞ?そういう、数打ちゃ当たるみたいなのは、僕は好きじゃない」
「そんなのは綺麗事だぜ兄貴。兄貴だってたくさんの可愛い女子から好かれたいだろ?男とはみんな、そんなもんだぜ?」
松田山はある意味正しいことを言っている。
「浮気は男のなんとやら」というが、結局男という生き物は、心のどこかに『モテたい!』という願いを持っている。
仮に彼女がいたとしても、他に可愛い子がいればその子の気を惹こうと一生懸命にアピールする。
それを大抵の男たちは隠すものだが、この松田山という男はその欲望に忠実に生きているのだ。
「そういえば松田山。お前、カラオケはどうした?」
訊くと、松田山は待ってましたと言わんばかりに言った。
「聞いてくれよ兄貴!!」
そしてまた、他人の愚痴を聞くハメとなってしまった。
結局昨日分かったことは、詩織ちゃんはなんらかの呪いにかかっているかもしれないということと、トリガーは本人でさえ分からないということだった。
そして迎えた朝はまた、無駄に青く澄み渡っている。
僕の心とは正反対だ。
なにせ今日もまたあの拷問のような時間が待っているのだから。
テレビでは女子アナウンサーが、星座占いで今日の運勢を発表している。
今日の僕の運勢は十二位、つまり最下位だ(ちなみに僕は七月二十五日で獅子座)。ラッキーアイテムは金属の腕輪。
女子アナウンサーが「良い一日を〜」と言うと占いのコーナーが終わる。
が、ちょっと待ってもらいたい。
テレビの占いとは、ここまで大雑把なものなのだろうか?
「最下位だけど、金属の腕輪付けてれば大丈夫だよ」って?
「大変な目に遭うかも」とも言っていた。
「大変な目」という言葉が既に抽象できだし、そこに「かも」って無責任すぎるだろ?
しかも、大変な目に遭って、金属の腕輪でどう対処せよと?
……………やっぱテレビの占いは信じないでおこう。
こんなのが当たるわけがない。
僕は、「一位本日の一位は水瓶座のあなたです」と、水瓶座の方達を祝っているテレビを消すと、朝食を食べに一階へ向かった。
「遅いです」
食卓に着くと、詩織ちゃんは膨れていた。
「ごめんごめん。ちょっと色々あってね」
占いを観ていたなんて女々しいこと、口が裂けても言えない。
素直に謝ると、膨れていた詩織ちゃんは、またいつもの無表情に戻ってしまった。
これだったら、膨れた顔のままでもよかった、と思う。
「そうですか、では早く食べてしまいましょう。学園に遅刻してしまいます」
「そうだな……」
僕は未だに、詩織ちゃんの感情のスイッチがどこにあるのか分からなかった。
「って言っておいて、その本人が忘れ物して遅刻しそうになってるあたり、やっぱ可愛いな」
そう、僕は今道端で、忘れ物をした詩織ちゃんが戻ってくるのを待っていた。
屋敷の近くで気付いたとあって、詩織ちゃんは「一人で行けます」と走り去ってしまった。
そのため僕は、一人寂しく詩織ちゃんを待つことになった。
鼻歌を歌いながら詩織ちゃんを待っていると、ぼふっと背中に軽い衝撃を受けた。
振り返ると、小学生くらいの女の子が、必死な形相で僕に訴えてきた。
「助けて!」
状況が理解できずにいると、女の子が来たと思われる方角から、二人の男子高校生が走ってきた。
「待てよ、僕らはただ、キミとお話ししたいだけなんだ」
「そうだ、大人しくしてれば痛くしないから」
二人が女の子ににじり寄ると、女の子は僕の背後に隠れてしまった。
そこでようやく、二人は僕の存在に気付いた。
「なんだ?オマエ?」
一人が睨んでくる。
さて、僕は一体なんなんだろう?
すごく哲学的な質問をサラッとされた気がした。
ただ、行動と言動から、この二人が正真正銘本物のロリコンであることに間違いはない。
だとすると、このまま長引かせると、何も知らずに帰ってくる詩織ちゃんに危害が及ぶ。
……どうしよう?僕はそこまで喧嘩が強いわけじゃない。
というかいくらなんでも喧嘩したら何らかの処分を学校から負う事になる。
そんな事になったら晃さんに申し訳がつかない。
ならこの場を綺麗に収めるためにはどうしたらいいのか?
……あ、そうだ。
「お兄ちゃんですけど何か?」
取り敢えずお兄ちゃんって事にしておけばいいんじゃないだろうか?
「ウチの妹が何か?」
「チッ、行くぞ」
男たちは本当に僕が兄だと思ったらしく舌打ちをして逃げて行った。
必殺肉親の保護者の術ってな?
さて、
「大丈夫だった?取り敢えず、一人で学校行ける?」
訊くと、女の子はぶんぶんと首を縦に振った。
「そか、じゃあ気おつけてね」
僕はそう言って、ちらちらと振り返る女の子を見送った。
その後、無事詩織ちゃんと合流した僕は、昨日と同じ視線を浴びながら登校した。
「おーっす、兄貴!」
まさに泣きっ面に蜂。
疲れているのに、さらに疲れを運んでくる奴が現れた。
全く、不幸体質も大概にしてもらいたいものだ。
「詩織ちゃん、悪いけど1人で行ってくれる?」
「?分かりました。ではまた放課後に」
物分かりのいい詩織ちゃんは何も聞かずに1人で校舎へ走って行く。
幸い、今日は彼女の周りに人が群がる事はなかった。
「ありゃ?今誰かと一緒じゃなかったか?」
「気のせいだろう?それよりも朝からやたらテンションが高いけど、何かいいことでもあったのか?」
「ふふふ、そうなんだよ。聞いてくれよ!」
仕方がなく僕は、松田山の可愛い子発表を聞いてやることにしたのだった。