決戦後へ?
俺たちは逃げた。
気づけば東の空が白く染まり始め、赤い球体が地平線の向こうに見えている。
「逃げ……きったか………?」
誰に言うでもなくつぶやく。
やつが追ってくる気配はこれっぽっちもない。
が、コンパスは確かに作動していた。
「こっちか?」
由紀はそう言うと、コンパスが示す方に向かってフフラと歩き始めた。
角から覗くと、影はズルズルと、どこかへ向かっている最中なのか歩いて(?)いた。
二度も追われた俺だから分かる。
あれは獲物を追っている姿ではない。
もうすぐ朝の六時になる。
俺が思うに、あれは帰る最中なのだろう。
「追うか?」
「もちろん」
由紀と俺は目線を合わせると、影の追跡を開始した。
追っていくと、影はマンションの一室に入っていった。
由紀の友人の話が確かなら、あそこに影の本体がいるに違いない。
ここまで来たら乗り込むのだろう。
そう思っていたのだが、由紀は、「帰るよ」と言ってマンションに背を向けた。
「ちょ!なんでだよ!?」
歩き去ろうとする華奢な背中に怒鳴りつけるように言葉をぶつける。
せっかく犯人を見つけて、しかも目の前にいるというのに、このチャンスを逃そうとする由紀の心情が分からなかった。
しかし、由紀から返ってきた言葉は至ってシンプルで合点のいくものだった。
「なんでって、俺たち不眠不休で逃げ回ってたんだぞ?そんな状態で説得しようにも頭まわらないだろ?それに、あの中にはまだ影がいるかもしれない。だったらここで突入するのはよろしくない」
ということで、作戦の決行は十二時間後の午後六時にとなった。
「それまでは各々しっかり体を休めておくように。ああいう人間を説得するのは本当に大変なんだよ」
悟ったかのように東の空を見上げながら由紀が言う。
きっとまた『経験則』なのだろう。
「そう言うことで、また半日後」
由紀はひらひらと手を振って去って行った。
さて、俺も帰ろう。
きっと家には二人の鬼がいる。
でも、由紀のとこのメイドよりはマシだろう。
覚悟を決めた俺は、鬼妹たちの待つ家へと朝帰りするのだった。
「おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりなさい、兄さん」
岩のように重いドアを開けると、そこには予想通りに妹たちが仁王立ちしていた。
あ、決して妹『たち』と仁王『立ち』を掛けたわけではないから勘違いしないように。
「話くらいは聞かせて貰えるんですよね?」
と陽織。
「愛しの妹たちをほったらかしてあさ帰りなんて、まさか浮気じゃないよね?」
と詩織。
浮気って、俺はお前とは付き合ってないぞ?
二人はジーとわざわざ声に出して睨んでくる。
逃げたい。
でも足が動かない。
睨まれて動けないって、この姉妹はメドゥーサか!
「そ、そんなことよりも俺、シャワー浴びたいな〜なんて......」
ダメかな?と訊いたところ、二人はまるで鏡のように同時に口を開いた。
「「ダメ!」」
許可は得られなかったのだった..............。
鉛のように重くなった身体をベットに横たえる。
ふかふかとしたベットに身体が沈む。
俺は自室の天井を見ながら和紀を呼び出した。
「おはよう広紀。どうしたの?」
「今日のこと、どう思う?」
俺は気になっていたことを訊いた。
由紀を信用していないわけではないが、今まで戦いの中での問題を解決してきた俺としては、どうしても由紀のやり方に疑問を持ってしまう。
「どうって?あれで正解だったのかという疑問なら、正解だったと答えるけど」
「そう....なのか?」
「ええ、あの羅針盤は本物だし、由紀の友達も本物のらしいからね」
だから信用してもいいよ。和紀が確信を持って言い切った。
「和紀がここまで言うのなら間違いはないか」
俺は重いため息を吐き出しながら言う。
なんだか少し身体が軽くなった気がした。
そして襲ってくる微睡みに身体をあずけ、意識を手放した。
午後6時、俺は例のマンションにやってきた。
そこには既に、なぜか使い古した雑巾のようにボロボロの由紀がいた。
それもなぜかメイド服で。
「......早いな?」
触れてはいけない気がして敢えてスルーしたのだが、
「なにか言ってよぉ!」
泣きながら怒ってきた。
しかも、女装しているせいもあってすごく可愛い。
「えっと、似合ってるよ?」
「........これはこれで複雑な....」
そんな日常会話(?)をしながら、俺は笑った。
由紀も思わず苦笑いといった感じだ。
いいのだろうか?
確かこれから作戦開始だよな?
こんな緊張感なくていいのか?
「さて、じゃあそろそろ乗り込むか?」
メイド服でキリッとマンションを睨みつける。
もうどう見ても美少女だよな?
当然そんなことは言わない。
言ったらきっと抜け殻になって使い物にならなくなりそうな気がして言えない。
「........そうだな。行こうか」
これから決戦後へ赴くというよりも、ジャンクフード店に入るようなテンションで俺達はマンションの一室の呼び鈴を押した。




