婚約者はキス魔!
さて、部屋に運んでみたはいいものの、いざこうして詩織ちゃんと正面から向き合うと、なんとも言えない気持ちになる。
これはなんて気持ちだっただろう?
確か、罪悪感だったか?
いや、背徳感かもしれない。
どちらにしても、潤んでとろんとした瞳で見つめられると、顔に熱が登ってくる。
「あ、ゆきしゃんっ」
起きたばかりだった詩織ちゃんは僕を認識すると、僕に抱きついてきた。
「えへへ、ゆきしゃんだ〜」
朝の詩織ちゃんと全然違う。
詩織は僕の胸に、まるでマーキングするように頭を擦り付ける。
「し、詩織ちゃん?取り敢えず離れようんっ!」
いきなり唇を奪われた。
詩織ちゃんは今まで何回キスしてきたのだろうか?すごく上手い。
というか手慣れている。
明らかに小学生のそれではないのだ。
僕は、頭の中で摩訶般若波羅蜜多心経を唱えて現実逃避を試みたが、それは差し入れられた詩織ちゃんの舌によって妨害された。
「ん……ぴちゃ………ふん……ぴちゃ」
詩織ちゃんの口から小学生のものとは思えない艶っぽい声と、ぴちゃぴちゃという湿った音が聞こえる。
まずい、こっちまでぼーっとしてきた。
口の中では、詩織ちゃんに舌を絡められ、吸われ、こっちの理性も吹っ飛びそうだ。
そして、ここにきて僕は晃さんの伝言を思い出した。
『どうしても我慢できなくなったら、ヤるなとは言わない』
ああ、こういう意味だったのか……。
確かにこれはきつい。
僕は、なんとか良識で理性を繋ぎ止める。
ここで僕が詩織を襲ったりしたら、きっと詩織ちゃんは僕を軽蔑するだろうし、何より僕が僕を許せなくなる。
結局、僕の理性を繋ぎ止めているのは、詩織ちゃんが『安心した』と言ってくれた僕ではなくなることなのだろう。
「ぷはっ」
しばらく詩織ちゃんに好きにされていたが、ようやく口を話してくれた。
と言っても実際に経ったのは、ほんの1分程度だ。
僕には1時間以上に感じられたが。
しかし、これでようやく終わった、と思ったその時だった。
「なんだかあついれしゅね」
そう言うと、詩織ちゃんは唐突に________服を脱ぎ始めた。
上の服が完全に脱げると、ピンク色の突起がちょんと存在を主張していた。
なんと、詩織ちゃんはまだブラを着けていなかった。
そして次は自分の下半身、つまりはスカートに手を伸ばし始める。
「待ったぁぁ!詩織ちゃん!落ち着こ!」
「ふぇ?らいじょうぶれす。しゅこしあちゅいのでぬぐだけれしゅ」
ぼーっとした表情で、僕が言いたいことの意味が理解できていないようだ。
「大丈夫じゃないよ!?アウトかセーフかで言ったら完全にアウトだよ!ほら、服を着よ?」
「いやれす。しょうゆうことをゆうゆうしゃんにはおしおきがひつようれしゅね」
そう言うと、詩織ちゃんはまた僕の唇をその小さな唇で塞いだ。
しかし今度は、さっきとは状況が違う。
詩織ちゃんはまるで、自身のピンク色の蕾を擦り付けるように動き出した。
かく言う僕の視線も、そこに釘付けになっている。
「ふっ……んっ…なんだかっ……ピリピリしてきた…………ふぁっ!」
詩織ちゃんの声はどんどん高くなっていく。
「ゆきしゃん、……んはっ…ゆきしゃん!」
何度も何度も僕の名前を連呼する。
そして、
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
背中を大きく反らせながら、その小さな身体を大きく跳ねさせた。
その後、詩織ちゃんの意識は、呼吸が整ったと同時に復活したが、「ごめなさい!」と彼女にしては珍しく大きな声を出して、走り去ってしまった。
「いやいや、ご苦労様」
学園長は手を叩きながら、部屋から出てきた僕を出迎えた。
「いつもあんなに酷いんですか?」
『あんなに』とさっきまでの光景を思い出して言ったが、当然学園長は知るはずもない。_____________はずだった。
「いや、今日のは特に酷かった。多分、今までで一番過激だったと思うぞ?」
「なんで知ってるんですか!?」
「気づかなかったか?私はずっと観ていたぞ?」
「なんか字が違う!?」
え?なに?
つまり、あの光景もなにもかも見られてた?
いや、観られてたのか。
って、どっちでもいい!
もしあそこで、僕が理性を失っていたら、それはもう大変なことになっていたってことだ。
よかった、襲わなくて。
「まさか、あの詩織が絶頂するとはな」
「感心しないで下さい!っていうか、詩織ちゃん大丈夫ですか?逃げちゃいましたよ?」
まあ、あれだけのことをしたんだ。
逃げたくもなるだろう。
「まあ逃げるのは、大抵いつものことだからいい。ほっとけば治る。
だが、まさかあれ程までに荒れ狂うとはな。考えられる可能性としては、相手がお前だったからという線が強いな」
「何か関係あるんですか?」
どうして僕だと荒れ狂うのだろうか?
さっぱり分からん。
「知らん、自分で考えろ。それよりお前もさっさと教室に戻れ。一応まだ授業中だぞ」
そう言って僕の背中を蹴飛ばす。
「それ行け!」
「分かりましたよ」
僕は、しっしっと手を振る学園長を背に学園長室を出た。
この時の僕が抱いた感想は、あれだけの経験をしておいて、案外普通なものだった。
あぁ、帰りたい。
口づけはイチゴ味。
とよく耳にするが、あれは確かにすごかった。
実際には味はないはずなのに、不思議なことに、すごく甘かった。
今でもあの感覚が鮮明に蘇る。
詩織ちゃんはあれを、毎日繰り返さなければいけない。
本人からしてみれば、ただただ辛いことだろう。
だが、治してあげたくても、あんな発作は初めて見る。
極めてレアケースだ。
一応、確認しておこうとスマホを取り出そうとして気づいた。
思えば、僕のスマホは銀行強盗に盗られたままだった。
多分、あの後警察に回収されただろう。
だが、わざわざ警察まで行くのが面倒臭い。
しかも、あの事件に関わっていたことを知られれば、長い長い事情聴取が待っている。
それを考えると、スマホの1台や2台無くなっても安いものだ。
いや、2台までいくと安くないけど。
それよりも、僕が考えるべきことはこれからのことだ。
学園長のおかげで知名度は急上昇だが、自己紹介は必須になる。
つまり、またあの羞恥の時間の始まりだ。
対策を練ろうにも、目の前には既に、僕の割り振られた教室である2年B組がすぐ近くに迫っている。
「ん?もしかして坂井か?」
教室の前に1人のスーツ姿の男性が立っていた。
おそらくは、このクラスの担任だろう。
「お前が坂井由紀だな?」
四十代くらいの男性が、僕の名前を確認する。
「はい、今戻りました」
「僕はお前の担任の加藤だ。それで、坂井。教科書はどうした?」
……………ワスレテタ。
詩織ちゃんの秘密の方が、あまりにインパクトが強すぎて、完全に完璧に忘れてた。
そういえば、教科書を取りに行くという口実で呼び出されたんだった。
さて、どう言い訳したものか?
こうなった責任は学園長にある。
だったら、………全ての責任を押し付けてやればいい。
「教科書は学園長の手違いで違うものが届いてしまったみたいで、また後日になりました」
加藤さんは僕をジッと眺めると、
「…………わかった。早く入れ、紹介する」
どうやら彼はぶっきらぼうな性格をしているらしい。
「名前だけならもう知っている奴も多いと思うが、こいつが転校生の坂井由紀だ」
加藤さんは手短に僕を紹介をすると、クラス中から「あれって男だよね?」「由紀って…女みたいな名前だな」などヒソヒソと飛び交っていた。
慣れてはいるけれど、あまり心地のいい雰囲気ではない。
とにかく僕は自己紹介を始めた。
「紹介にあった、坂井由紀だ。名前はこんなだが、僕は男だ」
『男』の部分を敢えて強調し、これからクラスメイトになる人たちに伝えた。
「坂井の席は窓際の一番後ろだ」
必要なことだけ言うと、加藤さんは無言で僕に背を向けた。
クラス中の視線を集めながら、僕は教室内を縦断し、指定された席に着いた。
「おう、よろしくな転校生」
一応はホームルーム中とあってか、ヒソヒソ声で、前に座る男が話しかけてくる。
外見から得られる感想は、一言で言って、「今時の男」だった。
「ん?あ、そうか、俺は松田山健次郎だ。よろしく、相棒」
僕の無言をどう感じ取ったのか、松田山は勝手に自己紹介を始めた。
というか、相棒?
いつ僕は、松田山の相棒になったのだろうか?
面倒だが、僕は松田山の話に付き合うことにした。
「それでよ、ここだけの話どうよ?うちのクラス」
「知るか。僕はまだこの学園に来たばかりなんだからな?」
「だからこそ、第一印象が聞きたいんだよ。どうだ?うちのクラスの女子はレベル高いと思わんか?」
言われて周りを見渡してみる。
確かにレベルの高い女子が多いと思う。
だが、
「それがどうかしたか?」
「どうかしたか?じゃねぇよ!重要だろ!?そこ!」
まあ、松田山の気持ちもわからないではないが、『レベルの高い』と言われる女子は大抵、既に彼氏持ちか、性格が残念かのどちらかだ。
もし性格のいい人がいても、そんな人は競争率が高いし、そもそも僕は、そんな人と付き合えるとは思わない。
だが、松田山は付き合える前提なのか、
「やっべ、どの子も可愛いぜ!誰を狙おうか?」
と、まあ、余裕をかましていた。
「ごめん、今後話し掛けないでくれる?お前と同類に思われたくないんだ」
「ひっど!?そういう事言う!?ねぇ、俺たち初対面だよね?それでそこまで言っちゃう?」
「いやだってお前__________見るからに変態じゃないか」
「ぐはっ!?」
思いがけず松田山の心を抉ってしまったらしい。
「……冗談だ。仲良くしてくれると助かるよ」
「っ!おう、任せろ相棒!」
「そこ2人うるさいぞー。次騒いだら宿題追加なー」
「「ごめんなさい」」
クラス中から笑い声が上がる。
早速赤っ恥をかいたが、お陰でなんとか馴染んでいけそうな気がした。