不思議な邂逅
夢を見た。
最近はほとんど見ることはなかった過去の記憶。
「由紀………もういいよ」
その少女は俺に言う。
その顔は自分の死の運命を受け入れたような諦めの表情をしていた。
「この呪いは私を欲しがってる。見て」
そう言って少女は自分の服を脱ぐ。
絹のように白かった肌には、黒い刺青のような太い線が幾つも走っており、それは肩まで及んでいた。
「ここまで来たら手遅れだって伊代理も言ってたし。それに、これ以上由紀に迷惑はかけられないよ」
泣きそうな顔で言われても説得力がない。
怖くて恐くて仕方ないだろうに、それを必死で我慢して、強がって俺に心配をかけまいとしているのだろう。
「だから私のことは諦めて……。私の分まで誰かを助けてあげて……。由紀ならそれができるから」
そう言っている間にも彼女の顔にまで線は登ってきていた。
「由紀なら絶対に大丈夫だから…………」
少女は微笑みを残して、この世界から消滅した。
「お、お待たせ………」
「……………」
ジトーと睨みつけてくるディフェルに気圧され、俺は一歩後ろにさがった。
「これって一応デートよね?」
「た、多分…………」
ディフェルは俺のすぐ隣を見ながら言う。
まあ普通は気になるよね?
いや、何か言われることは分かっていたけれど、ここまで露骨な反応されるとは思わなかった。
目が完全に邪魔者を見る目だ。
「…………その子、誰?」
その問いに応えようとすると、その前に本人が名乗りを上げた。
「初めまして、士堯院詩織です」
無表情のままぺこりと丁寧にお辞儀をする詩織ちゃんを見て、ディフェルは反応に困っていた。
少しすると諦めたように肩をすくめて言った。
「……士堯院ってあの『士堯院』?」
「はい、多分その『士堯院』で合ってます。そちらはディフェル=ダ=クライアスさんで合ってますよね?」
ん〜。
金持ち同士の挨拶はさっぱり分からん。
『あの』とか『その』とかの会話は
日常茶飯事なのだろうか?
「で、なんで由紀は士堯院の娘と一緒に行動してるの?どういう関係?」
なぜか噛みつくような勢いで問い詰めてくる。
そんなことを知ってどうしようというのだろうか?
でもなんでだろう。
「許婚です」の一言が言えそうにない。
それくらいの圧力がディフェルから放たれている。
「私とゆきさんは許婚です」
その中で詩織ちゃんは言ってのけた。
ピクリとディフェルのこめかみが動いた。
「へぇ、許婚なんだ?こんな小さな子と」
軽蔑と侮蔑を含んだ視線が俺に刺さる。
それはまるで汚物を見るような視線だ。
「もしかして由紀ってロリコンってやつ?」
「違う!それだけは認められない。いや、認めちゃいけないんだ!」
久しく聞いていなかった単語が胸を抉る。
念のためもう一度言おう、俺はロリコンではない!
俺が詩織ちゃんを好きな理由はそんな理由じゃないのだ。
なんて言っているが、この言葉ほど俺にダメージを与えられる言葉はなく、俺の身体は地面に両手両膝をついて死んでいた。
もう帰りたい……。
が、そんなことが許されるはずもない。
「由紀!行くわよ!」
いつの間にか詩織ちゃんと打ち解けたディフェルが俺を呼ぶ。
「はいはい、分かりましたよ」
やれやれと後を追う。
さて、どうなることやら……。
そう思った時だった。
背後から変な視線を感じた。
ゲーセンでも感じた視線だが、こういう視線は前にも何度か受けている。
きっと通りすがりの人が変な目で俺たちを見ていたのだろう。
俺はその視線を気にもとめなかった。
「…………迷った」
まさかこの歳になって迷子になろうとは考えもしなかった。
むしろ予想できないだろう。
ショッピングモールで迷子だなんて何年ぶりだろうか?
十年ぶりくらいかな?
いやでもこんな人混みの中で迷わないほうがおかしいだろう。
ん?待て、逆転の発想で行こう。
俺が迷ったわけではなく、あの二人が迷ったのだ。
つまり俺は悪くない!
なんて責任転嫁している場合じゃない。
詩織ちゃんのケータイには通じないし、ディフェルの番号は知らないしで、実は大ピンチだったらする。
まあ最悪家に帰って仕舞えばいいのだが、詩織ちゃんを置いて帰ったら奈緒に本当に殺されかねない。
それに、今回はやらないといけないことがあるから帰るわけにはいかない。
「はぁ、どうしたものか?」
………………本当にどうしたものか?
「はぁ、どうしよ…………」
そう聞こえた都思った時だった。
ドンっと何かにぶつかった。
「きゃっ!?」
ぶつかった相手は尻餅をついて転んだ。
「す、すみません!大丈夫ですか?」
慌てて謝る。
「は、はい。大丈夫です」
相手は俺と同じくらいの歳の女の子だった。
手を差し出すと、その少女はその手を掴んで立ち上がった。
パンパンと土埃を払いながら「ありがとうございます」とお礼を言われる。
少女は白いベレー帽を直しながらにっこりと微笑みを向けてくれた。
これは許してもらったと判断していいのだろうか?
「私も余所見しちゃってたのでお互い様です」
いい子だ!
最近は性悪メイドやら変態男やらと色々手遅れな人間とばかり関わっていたためか、こういういい子を見ると新鮮味が感じられる。
産地直送品くらい新鮮だ。
そうだ、この子に訊いてみよう。
「「あの」」
被った。
向こうも何かを言おうとしたもだろう。声が被ってしまった。
「ど、どうぞ!」
「いや、そっちこそ」
お互いに同時に譲り合う。
なんだ?この息のあったやりとり。
「じゃあ先に訊かせてもらうけど、こんな子見なかった?」
とスマホに映し出される詩織ちゃんの写真を見せる。
なぜそんなものを持っているかは訊かないでほしい。
「詩織って言うんだけど…………」
「え?しおり?実は私が探してるのも詩織って名前なんだけど…………、どんな漢字ですか?」
「詩織ちゃんの字は、詩人の『詩』に織姫の『織』だけど……」
それを聞いた少女はまた驚いた。
「すごい偶然ですね!姉さんもその字なんです!こんな偶然あるんですねっ!」
両手を胸元で合わせて笑顔を向けてくる。
「ねぇ、こんなところで立ち話ってのもどうかと思うし、どっか入らない?」
気づけば俺たちは周りの視線を集めていた。
要するに注目の的になっていた。
「〜〜〜〜!そ、そうですね〜」
そのことにようやく気付いたらしく、顔を赤くして承諾してくれた。




