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俺と詩織のラブコメ記録(仮題)  作者: クロ
詩織ファンタジア
3/64

婚約者はキス魔!?


初日に散策(というよりは徘徊に近い)していたとはいえ、やはり初めてくる土地を歩くのはどこか緊張する。

僕は詩織ちゃんの案内で、詩織ちゃんの伯母が学園長を務めるという『栞ノ宮学園』へ徒歩で向かっていた。

しかし、先ほどから妙にこちらを見られている気がする。

それこそ、すれ違う人すべてと言っても過言ではない。

最初は、小学生について行く僕を不審者を見るような目で見ているのだと思ったが、どうやら彼ら、彼女らにとって僕なんて眼中にないらしい。

さっきから視線を独り占めしているのは、僕の目の前を歩く士尭院詩織その人だった。


「なんか随分注目されてるな?」


なんとか会話ができるまでに回復した僕は詩織ちゃんに声をかける。


「大丈夫です。いつものことですから」


物凄いことをあっさり言ってのけた。

いつもこんな視線を浴びているのか。


「それに」


くるりとターンしてこちらを見て


「今日からはゆきさんが一緒にいてくれるので、たいへん心強いです」


と、相変わらずの無表情だったがやや頬を染めながら言った。

やっぱり僕には彼女が何を考えているのか全く分からなかった。


「しかし、小中高大と一貫の学校って実在したんだな。漫画かドラマの世界だけだと思ってた」


「“げんじつはしょうせつよりき”と言いますからね。けいたいでんわがうすくなったように、いつかげんじつがくうそうを追いこす日が来るのでしょう」


「そ、そっか…。うんそうだね…」


あれ?なんの話だっけ?

そんな難しい話じゃなかったと思ったんだけど。


「つまり、それほどむずかしく考える必要はないのです。あるものはある。ないものはないとわりきって生きてくのが1番です」


「うん、多分そうなんだろうね」


生き方を小学生に諭される高校生。

もう立つ瀬もないじゃないか。


「あ、そうだ。勉強とかはどうなの?やっぱり難しかったりする?」


「べんきょうですか?そうでもありませんよ?少なくともわたしはしけんで困った事はありませんし」


「そっか、じゃあじゃあ僕もなんとか追いつけるかな?」


「それはさかいさんのどりょく次第では?」


「………詩織ちゃんって本当に小学生なんだよね?薬で小さくなった高校生じゃないよね?」


「?わたしは小学生ですよ?」


どうにも僕には、段々詩織ちゃんが本当に小学生なのか疑わしくなってきたのだった。





僕はここにきて、ようやくさっきの視線の正体を知った。

目の前には小中高大構わず生徒たちが、餌を見つけた蟻さんよろしく密集していた。

密集した人間のグロテスクさをまさにこの瞬間理解した。

そんなことよりも、その密集の中心の人物が問題だ。

そう、それこそがまさに詩織ちゃんだった。

校門をくぐって3秒で3人ほど生徒が寄ってきた。

10秒経つ頃には1クラス分くらいの生徒が集まった。

何が起こっているのかは全く見当つかないが、今のこの状況が異常であることくらい僕にもわかる。

大丈夫かな?

僕は不安に思に思いながらしばらく見守ったが、1分近く経って流石に大丈夫じゃない事を察して群衆の中に飛び込んだ。

群衆の中から詩織ちゃんを引きずり出す。


「人が…人が…」


救出後の第一声がそれだった。


「まあなんだ……人気者は大変だな」


「こんな事なら人気なんていらないです…」


「それは……うん、同意見だ。それよりもまた囲まれる前に早く行こう」


いまだに前の学校の制服のままで、バッチリ浮いている上に、このまま行けば普通に遅刻しかねない。

それにしても、今日は始業式のはずなのに、なんでこんなに生徒が出てきたのだろう?

疑問はいくらかあるが、まずは詩織ちゃんの案内で理事長室に行くことにした。






「お前が詩織の婚約者の坂井由紀か?」


メガネのお姉さんが僕に問いかけた。


「はい、そういうことみたいです」


後半の『みたいです』というのは、いまだに現実を受け入れられていない証拠でもある。


「お前も既に知っているだろうが、この学園において士尭院詩織は注目の的だ」


「みたいですね」


さっきのアレを見れば一目瞭然だった。


「しかしだ、詩織は奴らにとってただの飾りでしかない」


「……飾りですか?」


むしろ詩織ちゃんの方がメインだろうに。

理事長の言葉は聞き捨てならない。


「どういうことですか?」


その真意を探るために訊く。


「みなさんは、私を見ているのではなく、私の名前を見ているんです」


答えたのは理事長ではなく、詩織ちゃん本人だった。

それを捕捉するように理事長が続ける。


「『士尭院』の家は、世界的にも有名な財閥団体なんだ。だから、みんな詩織ちゃんと結婚したり、友達になったりして士尭院とコネクトを作りたいと考えている。

士尭院の次期当主ともなれば、まさに逆玉の輿ってわけだし、友人になればなったで、強いコネができるわけだしな」


「だから『飾り』か。酷いもんだな」


「確かにそうだ。だが、残念だけれどこれが現実なんだよ」


ふざけている。馬鹿げている。

理解できない。意味がわからない。

舐めている。

奴らは人を舐めすぎだ。

結局、奴らにとって詩織ちゃんは出世の道具でしかないのだ。


「だが、お前は大丈夫みたいだな」


理事長は、そんな風に続けた。


「流石は詩織の婚約者として選ばれるだけはあるな。お前はちゃんと詩織を見ているらしい」


残念ながら、まだ直視できるような状態じゃない。

が、理事長はきっとそんなことを言いたいのではないはずだ。

そして1度だけ背後に立つ詩織ちゃんをちらっと見て、理事長の目を見据える。


「まだ僕には分かりません。でも、詩織ちゃんはとても可愛いくて、いい子だと思います」


言葉にしてたったの10秒ちょっとの本音。

可愛いとかロリコンよろしくな発言、普通は通報ものだけれど、理事長はそんな言葉の中になにかを感じたらしく、


「………合格。ようこそ栞ノ宮学園へ。そして歓迎しよう、詩織の婚約者」


嬉しいような、嬉しくないような発言だったが、理事長は僕を認めてくれたのだった。






どこの学校に行っても、やっぱり始業式などの式は退屈で、大抵の生徒は寝てしまう。

僕もまたその一人だった。

が、そんな安らかな眠りを妨げるかのごとく、大講堂中に大声が響いた。


「起きろ!!!!!」


いつの間にか壇上に立っていた学園長が、マイク越しに叫んだのだ。

こういう時って本当にびっくりするんだよな。

身体までビクッとなったぞ?

そもそも、マイク越しに叫ぶとか殺人的にうるさいんだぞ?普通はやらないよな。

しかし、それを何の躊躇いもなくやってしまう学園長はやはり大物なのだろう。


「よし、みんな起きたな?」


学園長は大講堂をぐるりと見渡すと、満足そうに頷いた。


「さて、今日からお前達の学年は一つ上がる。入学式は午後からだから、まだここには一年生はいない。しかし、お前達は既に上級生。下級生の手本になる落ち着いた行動を心掛けろ。

あと、坂井由紀さんは学園長室まで教科書を取りにこい。以上」


そんなことはさっき言えよ!

なんでこんなところで、そんな呼び出ししちゃうの!?

嫌がらせか?

何か嫌がらせされてる?

「歓迎しよう」とか言いながら、その実、歓迎されてないのか?

前の方の列(僕は出席番号がないので列の一番後ろ)からは、「誰だそれ?」と聞こえてくる。

そりゃそうだ。

今日転校してきたばかりだからな!

というか、教科書くらいあとでクラス全員に配布されるだろう?

その後の話は何も耳に入らなかった。

不安と不満と混乱と憤りの始業が終了した。




確か、呼ばれたのは僕だけだったよな?

学園長室内、僕の背後には熱っぽそうな詩織ちゃんが立っている。


「で、なんで僕は呼び出されたんですか?」


僕は、目の前に座る学園長を睨みながら質問した。


「取り敢えず、そろそろだから頼む」


そう言って理事長は僕の背後に立つ詩織ちゃんを見た。


「?」


今の詩織ちゃんの様子は少しおかしいが、それと関係があるのだろうか?


「晃から聞いてるだろ?発作が出たんだ」


発作?

そんなもの聞いてないぞ?


「あのバカ言ってないのか。昔から抜けてはいたが、今はさらに酷くなったらしいな。あのクズ」


学園長、もうやめて。

晃さんをそれ以上ディスらないで!

流石にクズは言い過ぎだ。


「でも、発作って大丈夫なんですか?命が危ないとか?」


もしそうだとしたら、早く病院に運ばなければならない。

だが、そんな心配は学園長の言葉で霧となって消えた。


「いや、命に問題はない。ただ………」


そこで一度言葉を止める。


「ただ、なんですか?」


先を促すと、学園長は疲れたように言った。


「命に問題はなくても、その……なんだ、貞操的に問題がある」


「と言いますと?」


「もう始まってる」


先ほどからずっと、何かに耐えるかのように身体をもじもじさせている詩織ちゃんを見ながら、学園長は言った。


「こいつは、いわゆるキス魔なんだ」


「キス魔って………」


「不定期的に、無性に誰かとキスしたくて仕方なくなる。それがこいつの発作だ」


…………予想以上に大したことなかった。

何も焦ることでもなさそうだし。


「お前、今大したことないと思っただろ?」


この人は、実はエスパーなのではないだろうか?

学園長は一見ミステリアスな雰囲気を醸し出しているため、そう言われても信じてしまいそうだ。


「一つ言っておくが、この発作は酷くなると、本人の意識に関係なく誰にでもキスをし始める。この学園でそんなことにでもなればまずいことは分かるだろ?」


一度キスしてしまえば、既成事実とさえ取られるということか。

それは彼らにとっては、願ったり叶ったりだろう。


「というわけだ、おい、詩織、まだ大丈夫か?」


学園長はいつの間にか息を荒げ、床に座っていた詩織ちゃんに訊いた。

というか、本当に大丈夫なのだろうか?


「た、多分…んっ…あと1分…はっ………大丈夫…でしゅ」


何故だろう?

小学生のこんな姿を見て、興奮している僕がいる。

まさか、僕は本当にロリコンなのだろうか?


「坂井、あっちの部屋を貸してやる。今すぐ詩織を鎮めて来い」


そう言って、顎で隣の部屋を指す。

というか鎮めろって……?


「お前は詩織の婚約者だ。キスするにしも、それ以上をヤるにしても何か問題があるか?」


あるだろ!?

年齢という問題が!

というか、それ以上って!?

警察のお世話になって来いと!?


「もし通報されても、私たちが証言してやるから」


「………本当ですか?」


「ああ、こいつはロリコンだって」


「やめろぉぉぉおお!」


「嘘だ。さっさとしてやれ、詩織は理性が切れた時、30秒近く動かなくなる。その隙に連れて行け」


言われて見てみると、詩織ちゃんは既に動かなくなっていた。

これってヤバいってことだよな?


「ほら行け!男だろ!………男だよな?」


「男だよ!どこに不安になる要素があったよ!」


学園長にツッコミながら、僕は詩織ちゃんを隣の部屋に連れ込んだ。

扉を締める際、「犯罪臭がするな」と言う学園長の言葉は、まあ聞かなかったことにしよう。

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