アイリスの正体
「えっと…なに?」
人気のない路地裏で壁ドンされる僕。
その光景は完全にカツアゲ待った無しだった。
「早く戻りたい方手短に言うわ。_______さっきの事は黙ってなさい」
「さっきの事?……なんの話だ?」
一応惚けてみる。
しかし……うん、こっちの方がどちらかといえば“お姫様”らしいと思う。
「惚けてもムダ。っていうか今更引けないし。いい?今のわたしの事は誰にも言っちゃダメ。もしも誰かに言おうものなら、貴方に襲われてレイプされたって日本の大臣に言ってやるんだから」
「国家規模の冤罪!?」
「そんな難しい事は言ってないわよ。黙っててさえくれればそんな事はしないもの。簡単でしょ?」
そんな脅され方したらこっちは頷くしかないだろ。
「脅迫かよ…」
「侵害ね。わたしはただお願いしているだけよ?ただ聞いてくれないと貴方の社会的信用と、日本という国の信用が一気に地に堕ちる羽目になるけど」
「はははっ、お前日本語は流暢に話すくせに言葉の意味は勉強不足らしいな?知らないようだから教えてやるけど、それを日本では脅迫って言うんだよ。お願いではない」
「それはご丁寧にどうも」
そう言うアイリスの表情は挑発的な笑みを浮かべていた。
分かっているんだこいつは。
僕には頷くしか道がない事を。
だからこうして強気でいられるんだろう。
こうなってくるとやっぱり今朝の小声はアイリスのもので間違いはないだろう。
「あ、そういえばずっと気掛かりだったんだけど、貴方どうしてわたしを疑ってたの?これでも今まで誰にもバレなかったのに」
「……僕が知る限り『ふふふ』って笑う奴に碌なのはいない。って言っても1人しか知らないんだけど」
「そんな理由で人を疑わないでよ。…まあ否定はしないけど」
否定しないのかよ!
「それにしてもお前背が低いの気にしてたんだな?」
「なっ!?やっぱり聞いてたんじゃない!」
「むしろお前の不注意だと思うけどな?仮にも王女なんだから尾行くらい気付けよな?僕じゃなく誘拐犯だったら簡単に誘拐されるぞ?」
詩織ちゃんの時みたく力尽くでくる犯人だっているわけだし、仮にも王女だと公言している女が1人で歩いていたら格好の的だろう。
「う、うるさいなぁ。そんなのガードの人がやってくれるからわたしはいいの」
「今居ないだろ?」
「あーもー!うっさいなー!なにアンタわたしのお母さんか!」
そこはせめてお父さんにして欲しいなー。
「とにかく!わたしは大丈夫だからいいの!」
「いやでも、日本てロリコン多いみたいだしアイリスみたいなのは危ないと思うんだが」
あのおっさんもロリコンの類だったわけだしな。
「ロリ……ってアンタまた言ったわね?」
ギロリとと鋭い視線が僕に突き刺さる。
顔が怖い。
「わたしだって好きでこんな身長でいるわけじゃないの!でも仕方ないじゃない。わたしは昔そういう呪いを掛けられたんだから!」
……………うわぁ。
僕知ってる。知ってるよこの展開。
もう経験済みだよ。
「誰だったかはもう覚えてないけど、わたしに背が伸びない呪いを掛けたのよ!」
やめて、もう傷口を広げないで…。
それは真実を知った瞬間に羞恥で死にたくなるやつだから。
詩織ちゃんだってまだ完全に立ち直ってなかったんだぞ?
「なによその目は?なにか言いたげね?」
「いや…うん…なんというかさ…」
言いたい。
言ってしまいたい。
しかし果たして僕にちゃんと説明できるのだろうか?
それはお前の勘違いだってちゃんと伝えられるのか?
………うん、今はやめておこう。
「それは…災難だったな」
「あ"ぁ"?」
怖っ!?
王女怖っ!?
「いいわよ。別にアンタになにか期待したわけじゃないし。ただ、わたしが小さいのは全部呪いのせいなの。分かった?」
これは絶対現実を知った時に転げ回るな…。
やっぱり言わなくて正解だったかもな。
「はいはい、分かりましたよお姫様」
「なんか癪に触る言い方だけど、まあ分かったのならいいわ」
疲れたように溜息を吐くとアイリスは姫様スマイルを浮かべた。
「そんなわけだからよろしくね、由紀くん」
そう言って1人先に行ってしまった。
というのが数分前のこと。
そのアイリスはといえば今僕の前で友人たちにお姫様モードの笑顔を向けている。
正体を知った今となっては胡散臭さも倍増だった。
それにしてもよくやるよな…。
素のアイリスと180度違う今の態度に僕はある意味関心した。
あんなのをずっと続けていたらその内ホントの自分が分からなくなりそうだ。
「そういえばそろそろお昼だけどみんなどうする?」
言われてみれば確かに少しお腹が空いてきた。
それもそうだろう。
8時に集合して今が11時半。
3時間半も遊んでいた事になる。
僕の気分的にはラーメンが食べたいが、どこかの国の王女様にそんな物を食べさせてしまってもいいのだろうかと考えると口には出せなかった。
でもあの王女様は多分ラーメンは好きだと思う。
特に根拠があるわけでもなくほとんど偏見だけど、素の性格があんなガサツな感じならジャンクな味付けは好みなんじゃないだろうか。
僕の頭の中にはラーメンを美味しそうに啜るアイリスも姿が浮かび上がっっていた。
「取り敢えず由紀のリクエストからだよな」
「そうだね、なんたって今日の主役だもん」
そんな風に言ってくれる海斗と鈴菜だったが、その主役を完全に蚊帳の外にして5人で楽しんでいたのはどこの誰だろう?
「それで由紀はなにが食べたい?」
一応僕のリクエストを優先させてくれるっていうのはみんな共通の意見らしく、みんなが僕に注目する。
だったら言うだけ言ってみるのも有りなのかもしれない。
「ラーメン」
「らぁめん?」
「ラーメンか…いいな」
「みんなラーメンでいい?」
「おっけー」
「うん大丈夫」
みんなしてアイリスの疑問符を無視している。
いやこれは無視というよりは誰も気付いていない様子だ。
誰もラーメンについて教えてくれない事に痺れを切らしたのか、アイリスが僕へ近寄って来た。
「ちょっと」
「なんだ?____っていうかいいのか?こんな所で?」
「聞こえないようにしてるからいいの。それでなんなの“らぁめん”って」
「…へぇ、知らないのか?」
「その顔やめて、ウザい。超ウザい。殴り飛ばしたくなるから」
おっと、顔に出てたか。
せっかく揶揄うネタが見つかったと思ったのに。
「仕方ないじゃない。わたし日本に来てまだ1ヶ月も経ってないんだから。だから教えて」
「別に僕じゃなくても、奏美や鈴菜に聞けば親切に教えてくれるだろ?」
「そんな無知を晒すような事王女が出来るわけないでしょ?」
「僕には晒してるけど?」
「アンタはいいの。もう色々バレてるんだから取り繕ったって今更だもの」
「じゃあいっそ、そっちもみんなにバラせばいいだろ?」
「い・や・よ!そんな事したらきっと幻滅される。わたしはせめてみんなの前では完璧な王女でいたいの」
いつになく真剣な表情のアイリスに僕は少し気圧された。
どうしてそこまでして完璧な王女を演じようとするのだろうか?
僕にはその理由が全く分からなかった。
「はぁ、ラーメンっていうのは…ちょっと待てよ?」
僕はスマホを取り出して検索をかける。
そしてそこに出てきた画像をアイリスに見せた。
「………フォー?」
「似てるけど違う。この麺は米粉じゃなくて小麦を使ってるんだ。それにスープも色々種類がある。……って、ラーメンは知らないのにフォーは知ってるのかよ?」
「フォーは昔何度も食べたもの。でもそうね。それは少し楽しみかも」
「っ!?そ、そうか?なら存分に楽しみにしとけ」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
アイリスは本当に楽しそうに笑顔を浮かべていた。
それは今日何度も見たお姫様スマイルではなく、普通の年相応な女の子が浮かべるような可愛らしい笑顔で、多分これが彼女の本来の笑顔なのだろう。
率直に言ってすごい可愛かった。
「ほら2人とも行くぞ……ってなんだ?2人ともいつの間にか仲良くなってるじゃねぇか?」
「あ?どこが______」
「えぇ、由紀くんにはとても親切にしてもらっています。由紀くんってとてもお優しいのですね」
切り替え早っ!?
忍者もびっくりの変り身の早さだな!?
「おぉぉ!もう由紀の良さを理解したのか!そうなんだよ、こいつ口は悪いけど中身は結構いい奴なんだよ!正直ちょっと心配だったんだよな。アイリスちゃんと由紀が仲良くできるか」
「あー、それは私もあったかな。由紀って間が悪いっていうか、デリカシーが無いっていうか、色々やらかすから」
ごめん奏美、僕は既に大きな事をやらかしてる。
そして僕の両肩には日本の信頼が懸かってるんだ。
ホントごめんよ。
「ふふふ、そうなんですね。よろしかったかもう少し由紀くんの事教えて頂けないでしょうか?由紀くんったら恥ずかしがって教えてくれないのです」
「もちろんいいよ!えっと、なにから話そう…」
僕の弱味を探るためであろうアイリスに聞かれた奏美は嬉しそうに僕の紹介を始めた。
こうなったらもう止まらないだろうな…。
今までの経験で行くと、走り出した奏美を止める事なんて誰にもできはしない。
だから僕はせめて奏美が変な事を口走らないのを静かに祈るだけだった。
「ははは、ガールズトークが始まっちゃったね」
「じゃあこっちはボーイズトークと洒落込もうか?」
「ボーイズトーク?」
もう言葉の雰囲気から嫌な予感しかしない。
「取り敢えず金持ちの婚約者の話を聞かせろ」
「あ、それは俺も興味あるかも」
海斗と凪が楽しそうに笑みを浮かべる。
クソ、他人事だと思って楽しんでやがる。
「ほれほれ、早く言えよ。ラーメン屋着いちまうだろ?」
「黙秘権を行使する」
「「却下」」
「何故だ!?」
結局そのあとラーメン屋に着くまでの間に、僕は2人に根堀り葉堀り聞かれる事となった。
でも一応キス云々の話だけは回避することができた。
騒がしくて、無遠慮だったけれど、そんな中で僕は密かに帰って来たと実感するのだった。




