アイリス・御白・クライアスという女
絶対に行かないからな!
そんな風に豪語していた昨日が懐かしい。
「お待たー」
「おはよ奏美」
「凪もおはよ」
合流と同時にイチャつきだすカップル2人。
やっぱり来るんじゃなかった。
早速後悔していると凪が僕の方に話を振ってきた。
「ホントに帰って来てたんだ」
「まあね。でもできればゆっくりさせて欲しかったんだけど」
「ははは…ほら奏美って言い出したら聞かないから」
「断ったら暴力の雨が降るし……ホントにこんなのが彼女でよかったのか?」
「奏美にもいいところはたくさんあるから」
「あっそ?まあお前がそれでいいならいいんじゃない?」
なんかムカッとして強く言ってしまう。
ホントなんでだろう?
「あ、2人来たみたい」
そう言うと奏美の視線を追うと、少し離れたところにもう1組のカップルが歩いていた。
「相変わらず仲がいいね、あの2人」
「2人仲良くご出勤だね」
こっちのカップルは微笑ましげにこちらにやって来る2人を見ている。
これ、なんて拷問なんだろう?
なんでダブルデートに邪魔しちゃってるんだろ僕。
恋人のいない僕には肩身がせまい。
だから嫌だって言ったのに…。
「おはよー」
「おっすご両人」
「おはー」
「おはよ2人とも」
鈴菜、海斗、奏美、凪がそれぞれ挨拶している。
4人ともとても楽しそうだ。
………帰っていい?
僕はちっとも楽しくないんだけど?
ねえ、これ別に帰っても怒られないよね?
「お、マジで由紀じゃねぇか!」
「お帰り由紀くん」
一通り4人でじゃれついた後に、ようやく鈴菜と海斗が僕の存在に気が付いた。
「…………」
「今日は由紀が主役だからな。やりたい事があったら言ってくれよ」
「そうそう、みんな由紀くんに合わせるから」
ほう、やりたい事があったら言っていいのか。
だったら僕が今やりたい事なんて1つしかない。
「帰っていい?」
「「「「それは却下」」」」
「なんでだよ!言えって言ったじゃん!合わせるって言ったじゃん!嫌だよ僕、こんなダブルデートに割って入ってる感じで1日過ごすの!」
「ダブルデート?何言ってんだ?今日はみんな由紀の友達として遊びに行くんだからデートじゃないだろ?なぁ?」
「うんうん、海斗くんの言う通りだよ。今日はデートじゃなくて普通に友達と遊びに行くだけなんだよ?」
「由紀は気にしすぎなんだよ。もっと気楽に行こう」
「まあ仕方ないよ、由紀は彼女いないしね。独り身にこの空気はキツイんじゃない?」
「うっさいな。別に僕は彼女が出来ないんじゃなくて、作ってこなかっただけなんだよ」
実際あのまま婚約破棄しなかったら、今頃は僕と詩織ちゃんは婚約者同士。つまりは彼氏彼女の関係だったわけなんだから。
「「「それはない」」」
「おい、ぶっ殺すぞ?」
「そうそう、これでも由紀ってば生意気にお金持ちの婚約者がいたわけだし」
「おい、余計なこと喋るな?」
「婚約者!?マジかよ…」
「しかもお金持ちって…」
「超勝ち組じゃないか…」
「でも断っちゃったんだよね?」
「マジかよ…せっかくのいい話だったのに…」
「由紀くんって偶に馬鹿だよね」
「否定はできないな…」
「だって由紀だもん」
みんなして酷い言いようだ。
ホントにこいつら僕の事友達だと思ってるのか?
何が1番悔しいって、何も言い返せない事が1番悔しかった。
「それにしてもアイリスちゃん遅いな」
「アイリス…ちゃん?」
今回来る予定でこの場にいないのは例のお姫様だけ。
それを踏まえて考えるにそのお姫様はアイリスという名前なのだろう。
でも、海斗はそれをよりにもよって『ちゃん』付けで呼んだ。
それは本人公認なのか、それとも無断なのかは分からないけれど、少なくともその国の国民が聞いたら卒倒ものだろう。
「あ、そっか。由紀くんってアイリスちゃんと会うの初めてだっけ?」
どうやらみんなして僕の疑問を勘違いしているようだ。
別に僕はアイリスってのが誰なのかを聞いたのではない。
っていうか、鈴菜まで『アイリスちゃん』なのかよ…。
ここの奴らみんな不敬罪で殺されるんじゃないか?
そんな事を思っていると、目の前に黒塗りのセダンが停まった。
そして執事らしきおじいさんが後部座席のドアを開けると、中から出て来たのは銀髪の小さな女の子だった。
「皆さんお待たせしました」
「おはよアイリスちゃん」
「おっす」
「おはー」
「おはよう」
みんななんの違和感もなく挨拶していく。
誰1人として不審がる姿がない。
………え?僕がおかしいのか?
だってどう見てみ身長が詩織ちゃんくらいしかないし、言ってはなんだけど全く高校生には見えない。
「貴方が由紀さんですね?お噂は皆さんから伺っております。わたしはアイリス・御白・クライアスです。一応王女という事になってはいますが私は妾の子で第6王女。気軽に接してください」
微笑みを浮かべ優雅に一礼をするアイリス。
確かにお姫様というだけあって行動の端々に高貴な雰囲気が漂う。
けど__________なんか胡散臭いんだよなぁ。
そうまるで……あの女を連想させる。
「坂井由紀…です。よろしく」
挨拶はしてみたが、さてどうしたものか。
色々聞きたい事はあるけれど、まずは確認したい事があった。
「ふふ、話しやすい話し方でいいんですよ?わたしは気にしませんから」
やっぱり胡散臭い。
特にこの笑い方。
僕が知る中で「ふふ」なんて笑う奴にまともなのはいなかった。
例えば奈緒さんとか奈緒さんとか奈緒さんとか。
そうだよ全部あの女だよ!
それにしても小さいな…まさか_____
「______小学生?」
「_____ブチっ」
ん?今なんか聞こえた気がしたが気のせいか?
「ふ、ふふふふ…。小学生…ですか?ふふふ…よく間違われますがこれでもわたし今年で15歳。小学生ではありませんよ?」
笑顔で取り繕って入るけれど、その顳顬には青筋が浮いていた。
もしかしてさっきの言葉に出てた?
…………。
やっちまった?
「いやごめん。つい口が滑った」
「______ブチブチっ」
またしても不穏な音が聞こえた。
なんで?
「そ、そうですか…口が滑りましたか…そうですか…」
お姫様スマイルはなんとか保っているようだけれど、頬が引き攣っているのを僕は見逃さなかった。
しかも「それってつまり思ったままの言葉って事じゃない! 」とそんな小声が聞こえた気がする。
「と、とにかく!由紀もアイリスの顔合わせも終わったし、そろそろ行こうよ!」
気不味い雰囲気を消し飛ばすように奏美が明るい声を上げた。
他のみんなもそれに便乗するように雰囲気を盛り上げる。
かくして、ようやく僕たちは集合場所から動く事になった。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに…」
海斗のオーダーで来たゲーセンで遊び始めて2時間が経った頃、アイリスが少し困ったようにみんなに言う。
そこでトイレと言わない辺りどこかの誰かと大違いだ。
奏美だったらそんな言葉絶対使わないだろう。
「じゃあ私たちはここで待ってるね」
「はい、ありがとうございます」
ご丁寧にお礼を言ってアイリスが人混みの中へ消えて行った。
その背中を見送っていると僕も無性にトイレに行きたくなった。
「悪い、僕もトイレ」
「由紀もかよ」
「行きたいもんはしょうがないだろ。そんじゃ行ってくるわ」
「迷子にならないでよ?」
「迷うかよ。何回も来てるんだから」
全く人を子供扱いしやがって。
奏美とはもう15年の付き合いになる。
お互い子供の頃から一緒にいたせいか、僕らは幼馴染というよりは家族のように育ってきた。
だからか奏美は未だに僕を子供扱いする節がある。
そこのところはいい加減に直して欲しかった。
「って、あれってアイリスじゃないか?」
アイリスは1人店の外で立っていた。
トイレは良かったのだろうか?
「アイ____」
声を掛けようとしたが、アイリスはそのまま僕に気付かずに店の前を離れてしまう。
一体どういうつもりだ?
トイレにも行かず、その上店まで出て行ってどうしようというのだろう?
僕は気になってこっそり跡を追う事にした。
そして追いかける事数分。
アイリスは人気のない路地に入ると今までずっと保ってきたお姫様スマイルを初めて崩した。
そして気だるそうな溜息を1つ吐くと、辺りを見渡して誰もいない事を確認した。
「あー、疲れたぁ。表情筋痛ったいなぁ。引き攣ってないよね?」
頬を摩りながら優雅さの欠片も見当たらない言葉で独り言を呟いている。
そこに先程までのお姫様の姿はもう無かった。
「っていうかなんなのあの由紀って人!人の事小学生だとか小さいだとかミジンコだとか失礼過ぎない!?確かにわたしも気軽に接してって言ったけどさ?でもモノには限度があるじゃない!あー、思い出したらまたイライラしてきたぁ!」
お姫様は大変ご立腹だった。
主に僕にだけど。
ちなみにミジンコとは一度も言ってない。
「しかもなんなのあの目!なんか疑ってるような目で人の事見てさ!なに!?なんでわたし疑われるの!?ってかなにを疑われるの!?ホント意味分かんないわよ!」
そっか…バレてたか…。
でもさ、大体疑ってた通りなんだよな…。
「はぁ、言いたい事言ったらスッキリした。さてそれじゃあ戻ってもうひと頑張りしますか!」
ん?今なんて言った?
確か戻るって______?
「なっ…なん…な、な…ななななななんでアンタがここにいんのよ!?」
隠れる場所のない路地裏。
僕は逃げる暇もなくあっさりと見つかってしまった。
いや、今からでも遅くはない。
背を向けたところ襟首を掴まれた。
「取り敢えずゆっっくり、話し合いましょうか?」
それはとても魅力的な微笑みだったが、その裏には修羅のような顔で
『逃すと思っとんのかワレェ?』
そんな言葉がハッキリと聞こえてきていた。




