帰郷
今日の天気は晴れ。
雲はチラホラと見えるけれど、気持ちのいい白い雲だ。
色々あった4月ももうすぐ終わる。
さて、それじゃあ今日も元気に引き篭もりますかね。
「由紀ぃ!今までどこ行ってたんだよ!」
バンっ!と勢いよく部屋の扉が開け放たれて、そこにいたのは幼馴染の安藤奏美だった。
「せめてノックくらいしたらどうなんだ?着替え中だったらどうするんだ」
「いいよ別に。由紀の裸なんて昔から何度も見てるんだから」
そういう問題じゃないと思う。
「彼氏がいる身でそういうのに無頓着ってどうなんだよ。彼氏泣くぞ?」
「凪は由紀なら気にしないって言ってたし、別にいいんじゃないかな」
「いやよくはないだろう」
そもそもその、僕なら気にしないってなんだよ。
ちょっと意味が分からない。
「っていうかどうして僕が帰って来た事知ってるんだよ。帰って来たの今日の朝なんだけど」
「そんなの奈結ちゃんに聞いたに決まってるでしょ?昨日嬉しそうに「お兄ちゃんが帰ってくるって!」って報告して来たから」
「あの奈結が?」
奈結が僕が帰ってくるって聞いて嬉しそうだった?
そんなバカな。
あのお兄ちゃん大嫌いっ子が?
はははっ!どうやら奏美は僕のいなかった数日の間に冗談が上手くなったようだ。
「______別に嬉しそうに報告なんてしてないわよ」
「またまたぁ、声のトーンがいつもより2段階くらい高かったと思うんだけど?」
「__っ!?き、気のせい!奏美の気のせいだから!」
いや、その前にいつの間に居たんだよ奈結…。
心の中でそんなツッコミを入れると、奈結も僕が見ていることに気がついた。
「……お帰り」
「ただいま…」
………気不味い。
この家出てく時も一悶着あったからな…。
それがまだ切り離せないでいた。
一悶着あったといえば、結局詩織ちゃんはどんな反応をしたのだろう?
いつもならもう起きている時間だから、僕が出て行った事には気付いているとは思う。
やっぱり怒っただろうか?
それとも案外涼しい顔で「そうですか」と受け流しただろうか?
虫のいい話だけど、できれば詩織ちゃんには恨まれたくなかった。
「あー!今由紀違う女の子の事考えてたでしょ!」
「はぁ!?」
なんだ!?まさか奏美まで読心に目覚めたのか!?
人の心読んでくるヤツなんてあの毒舌メイドだけで十分だろ!
「おいおい、なにを根拠にそう思うんだ?」
「ん〜………女の勘」
胡散クセェ…。
信憑性の欠片もない。
でもよかった、別に心を読まれたわけじゃないのか。
色々な意味であのメイドは強烈だったからな。
「また別の女の事考えてる」
ホントになんなの女の勘って?
そんなに当たるものなの?
ちょっと怖くなったわ!
「でもよかったよ。1人で引っ越したって聞いて連絡したのに全然繋がらないし、なにか事件に巻き込まれたんじゃないかってホントに心配したんだからね?」
「あー、うん…。それは悪かった…」
事件か…巻き込まれたなぁ…。
それも着いて早々に。
スマホが届いてからも着信履歴も構ってる暇なかったからな。
「で?なんでもう帰って来たの?それもたったの1ヶ月で」
「いやそれは…」
「どうせ婚約者の女の子に酷いことして嫌われて追い出されたんでしょ?」
「ん!?待って!なに婚約者って!?」
初耳なのか婚約者という単語に大袈裟に驚く奏美。
だが今はそっちに構っている暇はない。
奈結の言い掛かりを取り消す方が先だ。
「別に追い出されて来たわけじゃない。僕が自分で帰って来たんだ」
「お兄ちゃんがお金持ちの生活を投げ出してくるわけがないじゃない」
「えっ!?お金持ちの婚約者!?ちょっと由紀、私全然そんな話聞いてないよ!」
そりゃ誰も言っていなかったら知らないだろうさ。
いいからしばらく黙っていて欲しい。
「確かに士堯院はすごい金持ちだったよ。出てくる食べ物も豪華だし、部屋は広いし、メイドはいるし、正直庶民の僕からしたら夢のような生活だったけどね?」
でも、婚約を断る以上それに甘えるわけにはいかない。
実は晃さんも、婚約を解消した後も家にいていいと言ってくれていたのだけれど、僕は敢えてそれを断って来た。
「僕は僕の我儘で婚約を解消したんだ。それなら帰って来るのが普通だろ」
そう言うと、ようやく奈結も納得したらしく噛み付いて来なくなった。
「でもどうして由紀は婚約解消しちゃったのさ?お金持ちが相手だったんでしょ?逆玉じゃん、逆玉。朝からキャビアじゃん。昼にはフカヒレ、夜には松茸ご飯じゃん」
「その取り敢えず高級食材挙げてみましたって感じの言い方やめろよ。_________可哀想に見えてくるだろ」
贅という贅を味わって来た僕からしたら、そんな毎日のように出てきたもので羨ましがられても申し訳なく思うだけだった。
これは口には出さないが、その前の日の夕飯はすごい豪華だったし、手土産に海外の某会社のお高いチョコを持たされそうにもなった。
多分奏美が聞いたら発狂するだろう。
「なんでって聞かれると一言じゃあ言い切れないけど、多分1番の要因は相手が小学生だったからだと思う」
「うわぁ…ロリコン乙」
「ちゃんと話し聞いてる?僕は婚約を解消して来たんだからね?」
ひどい言いがかりをつけられたものだ。
「むぅ…まあ断って来ちゃったものは仕方ないよね!よし、この話お終い!」
奏美は両手を叩いてこの話題を終わらせた。
こういうサバサバしたところは奏美の良いところだろう。
「そういうわけで明日みんな誘って、由紀のお帰り会を兼ねて遊びに行かない?」
兼ねるなよ。
別にいいけどさ。
でもそれは本人の前で言葉にして言っちゃいけないと思う。
傷付く人は傷付くだろ。
「みんなって言ってもお前、僕の知り合いなんて奏美と凪と海斗と鈴菜くらいしかいないだろ」
「由紀って友達少ないよね?」
「放っとけ!僕は量より質なんだよ!これでも僕も向こうで友達くらいできたわ!」
「ヘェ、ヨカッタネ」
こいつ絶対信じてないな。
本当なんだからな?
智沙ちゃんとか松田山とか……あれ?これだけだっけ?
いや最悪奈緒さんも含めてやってもいい。
これで3人。
あれ?3人だけ?
うん、黙っとこ。
「そんな友達の少ない由紀朗報だよ!ちょうど由紀が転校して行った次の日に入れ違いで留学生が来たんだ」
「留学生?こんな三流の学校に珍しいな」
「三流って由紀……一応ウチの学校だってそれなりに名前の知れた進学校なんだよ?留学生の1人や2人来たっておかしくないんだよ」
マジか。
てっきり名前だけの進学校だと思っていたんだけど、有名だったのかウチの学校。
「それでなんとその留学生っていうのがね、どこかの国のお姫様なんだって!」
………。
色々ツッコミたいが取り敢えず色々置いておく。
………。
「って無理だろぉぉぉ!!!!」
「「ひゃっ!?」」
2人して可愛らしく悲鳴を上げた。
でも1番悲鳴を上げたいのは僕の方だ。
せっかく非日常から帰って来たというのに、また僕を非日常へ叩き落とそうとでも?
「なんだよ急に大声上げて?」
「び、びっくりした…」
2人には悪い事をした。
しかしあの奈結があんな可愛らしい悲鳴を上げるとは…。
「どこかの国ってどこだよ!しかもお姫様って!?なんでそんなどこかの国のお姫様がこんな三流高校に留学してくるんだよ!」
「そんな事私に聞かれても知らないよ。そんなに気になるのなら本人に聞けばいいじゃん」
「本人に聞くってどうやって?」
「だから明日誘って。 “みんなで” って言ったでしょ?」
「その“ みんな” にお姫様が入っている事が今日1番の驚きだよ!」
「だって私たちもう友達だもん」
クッ…これがリア充と非リア充の違いかっ!
僕にはそんな事サラッと言える自信がない。
「だ・か・ら、明日みんなで遊びに行こ?」
いやだ。絶対に嫌だ。
もう今から嫌な予感しかしない。
ちょっと銀行に入っただけで強盗に巻き込まれるような人生だ。
ちょっと遊びに行っただけで面倒な事件に巻き込まれる可能性は大いにある。
1番いいのは家で大人しくしている事だろう。
「悪いけど僕はパ________」
「『それじゃあ明日ね』っと。送信」
いつの間にかスマホを取り出していた奏美がなにかを送信していた。
「よかったね由紀!みんなオッケーだって」
「………おい。お前今何した?」
「Lメールでみんなに明日遊ぼうって伝えたんだけど?」
それがなにか?と言わんばかりに首を傾げる。
どうしてこの女は僕の話を聞かずに突っ走っちゃうかな?
イノシシか!
「言っとくけど僕はパスだからな?絶対に行かないからな?」
「なにぃ?今更言われたって遅いんだよ!もうみんなに連絡入れちゃったじゃないか!」
「僕はちゃんとパスって言おうとしたさ!でもその時にはもう奏美が僕の返事を待たず連絡始めちゃってたんだろ!?」
「_________あ、あれぇ?そうだっけ?」
目が泳いでいる。
心当たりがあるのだろう。
「とにかく僕は絶対に行かないからな?絶対だからな!?」
そう念を押して僕は2人を部屋の外へ追い出した。
帰宅早々面倒な事を考えるのはごめんだ。
取り敢えず今日のところは寝よう。
明日の事は明日考えればいいさ。
幸い今日からゴールデンウィーク。
昼間っから寝ても誰にも叱られない。
ベットに入って目を閉じる。
今日は朝が早かったおかげが、眠気はすぐに訪れた。
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
意識が落ちる寸前に耳元でそんな声が聞こえた気がした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お兄ちゃんに部屋を追い出された後にそっと部屋の戸を開けると、お兄ちゃんはベットで横なってウトウトしていた。
音を立てないように部屋の中に入る。
ふわっとお兄ちゃんの匂いがした。
わたしの好きな匂いだ。
お兄ちゃんの側まで近づくと規則正しい寝息が聞こえてくる。
きっと朝が早くて十分に眠れていなかったんだろう。
わたしはそんなお兄ちゃんの耳元に口を近づけた。
今なら多分キスしても起きないだろう。
けれどそれは許されない。
だってわたしとお兄ちゃんはもう兄妹だから。
でも、これくらいはいいよね?
わたしはそのままお兄ちゃんの耳元で囁く。
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
わたしは、わたしの好きな4つも歳上の男の子の幸せな夢を願うのだった。




