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俺と詩織のラブコメ記録(仮題)  作者: クロ
詩織ファンタジア
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詩織side 第三話 「いやではなかったのですか?」


「士堯院さんどうしたんだろ?」


「また学園長室なんじゃね?」


「いいよな、学園長の親戚って」


「でも、可愛いよな?」


わたしが教室に帰ると、クラスメートたちが一斉にわたしについて話し出す。

初等部ももちろんクラス替えはある。

でもわたしの場合、どこのクラスに行ってもわたしのことは知られている。

自慢ではないけれど、これでもわたしは有名人なのだ!

なんて、胸を張って言える意味での有名人ではないのだけれど……。

何せ彼らが見ているのは『詩織』としてのわたしではなく、『士堯院』としてのわたししか見ていないのだ。

特に、この学園はある程度お金を持っている家の子供が多数なため、よく『士堯院詩織(わたし)』に近づいてくるし、それだけでなく、相手が『士堯院』とあって、誰も正面からものを言わない。

それは教師であっても例外ではない。

実際今も、かなりの遅刻なはず。

なのに担任はわたしに何も言ってこない。

わたしは大人たちに聞きたい。

「名家の娘だからって、甘やかしてもいいのか!」と。

まあ、例え聞いたところで黙り込まれるのが分かりきっている。


「はい、静かに!ホームを続けるわよ!」


担任の先生が、ざわつく教室を収める。


「詩織ちゃん大丈夫?」


わたしの隣の席の女の子、智沙(ちさ)ちゃんが話しかけてきた。

この子はわたしの唯一と言っていい友達で、一年生からのクラスメートだ。


「ん?のーぷろぶれむ。ちょっといつものが発症しただけだから」


わたしは、智沙ちゃんにだけは敬語を使わないようにしている。

友達になった時に「敬語はやめて」と言われてからずっとだ。


「いつものって例の発作でしょ?」


智沙ちゃんには発作の件を大まかに伝えてある。

流石にどんな発作かは伝えていないけれど、抑えるために学園長室に頻繁に行っていることまでは、彼女は知っている。


「本当に大丈夫」


「そう、よかった……」


半分本当だ。

けれど、半分嘘だ。

発作についてはもうしばらくは問題ないけれど、心については問題だ。

もう、家が大火事になったくらいに大変だ。

由紀さんにあんな痴態を晒してしまった。

しばらくは顔も合わせたくない。


「詩織ちゃん?顔赤いよ?」


「だ、大丈夫」


つい、声が裏返ってしまった。

これでもすごく驚いているので。


「…………嘘、詩織ちゃん何か隠してる」


変に鋭い友達を持つのも考えものだ。

智沙ちゃんは確かに信用できる大切な友達だけれど、わたしに対して過保護な一面もある。

本当はそういう友達を持てたことを喜ぶべきだし、誇るべきだ。

でも、智沙ちゃんの過保護には少し困った部分がある。

最初の方なんてお手洗いに行くにも、どこに行くにも付いてきていた。

まだここまでなら笑って終われせられるのだけれど、流石にストーカーじみたことをされた時にはヒヤヒヤした。

とにかく、そんな過保護を超えた過保護な友達は、わたしに対してとても鋭くなっている。

嘘を吐くにも、ちゃんと辻褄が合っていないとすぐにバレてしまう。

流石にそこまでいくと怖いと感じる時がある。


「う、嘘なんてついてないよ?ちょっと朝から熱っぽくて………。でも、今日は午前じゅぎょうだから帰ってすぐ寝るよ。奈緒さんもいるし大丈夫」


普通なら最初の二文で済むのだけれど、智沙ちゃんに対してはここまで言わないと「看病してあげる!」と言いかねない。


「そっか、奈緒さんがいるなら心配ないね?」


なんとか智沙ちゃんを出し抜けた。

でも、もしもわたしに好きな人ができたなんて智沙ちゃんが知ったら、一体どうなってしまうのだろう?

言い知れない不安を胸にして、今日のホームは終わった。




「本当に一人で大丈夫?」


学校を出る時、智沙ちゃんは言った。

智沙ちゃんの家は、わたしの家とは正反対の場所にある。

つまり、わたしについて行くとなると必然的に帰りが遅くなってしまう。

それは流石に悪いし、これ以上智沙ちゃんと一緒にいると、嘘がばれてしまう可能性も出てくる。

だからわたしは「うん、大丈夫」と言って一人で帰路についた。

そして、それはやっぱり正解だった。


「詩織ちゃん」


不意に背後から、よく知った声が聞こえた。

ダメだ。

顔を合わせられそうにない。

羞恥心と、嫌われるのではないかという恐れから、わたしは逃げ出した。


「ちょ、し、詩織ちゃん!?」


なぜかよく知った人、坂井さんは追いかけてくる。

流石に高校生の脚力に勝つ事は出来ず、わたしはすぐに捕まってしまった。


「なんで逃げるの?」


なんで?

そんなの決まっている。

坂井さんの方こそ、どうしてあんな事の後ですぐに話しかけられるのだろう?と疑問に思うけれど、それよりも、今は坂井さんと話したくないし、話せそうにない。


「なんでもいいじゃないですか。離してください」


突き放したつもりだったのに、坂井さんはそれでもわたしを離さない。

それどころか、わたしの顔を覗き込んできた。

坂井さんに会ってからずっと熱の登っている顔をだ。

だからわたしも、見られないように顔を背ける。

しかし、坂井さんも負けじと覗き込んでくる。

そんなことを何度か続けていると、坂井さんはなにか納得したように言った。


「詩織ちゃん、もしかして学園長室でのこと気にしてる?」


気にしてないわけないじゃないですか。

そう言いたかったが、わたしは余計に深く俯いてしまった。

言いたいことが言えないのはわたしの悪い癖だ。

でも、きっとここで素直になれなかったら、坂井さんとの距離が今以上に開いてしまう。

そしてそれはきっと、二度と取り戻せない距離になる。


「坂井さんはいやではなかったのですか?」


「いや?なにが?」


わたしの勇気を坂井さんは全く理解していなかった。

あくまでもわたしに言わせたいらしい。


「その、学園長室でのことです。由紀さんはわたしにあんなことされていやではなかったのですか?けいべつしましたか?______________わたしの婚約者であることがいやになりませんでしたか?」


とにかく、わたしにとってはそれが一番大事なことだ。

今のわたしにとって、坂井さんに嫌われることが一番怖い。

でも訊いた。

でも、もしこれで嫌われたとしたら、きっと諦めもつくだろう。

由紀さんに嫌われたくないと同時に、嫌われる覚悟はとっくにできていた。

だからきっと、わたしは一生懸命諦めると思う。

でも、わたしの覚悟は簡単に、完全に打ち砕かれた。


「本音を言えば確かに驚きはしたし、未だに意味が分からない。でも、こんな事で嫌いにはならないよ。詩織ちゃんにもきっと事情があるんだろ?」


それは全く予想外のものだった。

きっと嫌われた。

そう思っていた。

でも、坂井さんはあんな姿を見せたわたしのことを受け止めてくれた。

わたしは溢れそうになる涙をぐっとこらえた。


「詩織ちゃんは相手が僕で嫌じゃなかったの?なんか流されたみたいになっちゃったけど」


わたしは由紀さんのそんな問いに対して、正直な気持ちを伝えた。

そしてそれと同時に、由紀さんにわたしの発作と言う名の呪いについて知ってもらうことにした。


「…………はい、むしろ坂井さんが相手で安心できました。でもそのせいでわたしはいつもより深くはまってしまったんです」


信じてくれるかは分からない。

信じてもらえないかもしれない。

でもわたしは話そうと思う。

こんなわたしを受け入れてくれた由紀さんならもしかしたら、と願いながら、わたしは話した。






すべて話した。

そして由紀さんはこんな突拍子も無い話を信じてくれた。

わたしはなんて単純な女の子なのだろう?

そんな優しいお兄さんの事を、わたしはもっと好きになった。


「でも、呪いの条件ってなんなんだ?」


そう、それが分からない。

今までに何度も発症してはいるけれど、そのどれにも共通する部分はない。


「分かりません。わたしから見ても『ふていきてきに』としか言いようがないです」


言うと、由紀さんも参ったとばかりに肩を落とした。


「なんでもいいから思い当たる節はないの?」


そう言われても、思い当たることはなにもない。


「やっぱりないです」


「ないって、でもその女は確か「ある条件を満たすと」って言ったんだろ?じゃあ何かあるはずだ。まあ、そいつが言ったことが嘘でなかったならだけど」


そうだ。

あの女の人が嘘をついている可能性だってある。

そもそも、呪いをかけた本人がその発動条件のヒントを教えるだろうか?

とすれば、この状況で、一番何かを知っている人に聞くのが一番だろう。


「そうは言われても、思いつかない物は思いつきません」


「……そうか」


それだけ言うと由紀さんは困ったように眉を顰めてしまった。

もしかして冷たい言い方をしちゃったかな?

重い空気が部屋を支配する。

雰囲気を悪くしないためにわたしは必死に話題を考えた。


「そういえばゆきさん、学校はどうでしたか?」


しかしそんなどうでもいい世間話しか思いつかなかった。


「うん、それなりにやっていけそうだったよ。思ってた雰囲気と違ったし」


そうなんだ…。

少しだけ、由紀さんがクラスに馴染めずにわたしの教室に来てくれる事を期待していたけれど、どうやらそんな事はなさそうだった。


「詩織ちゃんの方はどうだった?クラス替えとかあったんだろ?」


「はい、なかのいい友達とも同じクラスになれました」


「それは良かったな」


「はい、よかったです」


そう言って、普段は使わない表情筋を酷使して笑顔を浮かべてみた。

由紀さんは気付いてくれただろうか?

気付いてくれていたら嬉しいな。

しかしそんな淡い気持ちも、ピンポーンという電子的で無機質な音によって掻き消されてしまった。

奈緒さんが扉をノックして入ってくる。


「由紀様にお客様です」


由紀さんは奈緒さんに連れられて行ってしまった。

折角の雰囲気が完全に台無しだった。


「由紀様とはなにを話されていたのですか?」


由紀さんを案内していた奈緒さんが帰ってきた。

わたしは奈緒さんを軽く睨みつけたが、奈緒さんにはそうは受け取ってもらえなかったらしく、その表情はどこ吹く風だった。


「少し相談をしていました」


「そうなんですか?相談にしては随分とピンク色な雰囲気が漂っていましたが?」


奈緒さんも智沙ちゃんと同じくらい鋭い。

どうしてわたしの周りにはこんなに鋭い人ばかりがいるのだろう?


「まあ、どんなご相談だったかは敢えて聞かないことにしておきますが、もし本当にお困りの際はわたくしにご相談ください」


そう言うだけ言って奈緒さんは去っていった。

奈緒さんはここ15年近くウチで働いているらしいけれど、未だにわたしは奈緒さんのことをよく知らない。

謎は多いけれど本当は優しい、いい人だということはわたしも分かっている。

だからわたしは、それだけ知っていればいいと思うのだった。

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