第1話 召喚ミス
騒々しい。
鼓膜を過剰に振動するような物音で、俺は目を覚ました。
目を開けると、目の前には無数の人々。
太鼓やら笛やらを持って、なんだか踊り狂っているように見えた。
「…?」
半開きの目を擦りながら、俺は立ち上がった。
すると、目の前の人々が、一斉にどよめいた。
「おぉぉ…遂に4人目の召喚に成功したぞ!」
中年の男の声に続き、人々は歓声を上げる。
あまりの声のボリュームに、俺は思わず耳を塞いだ。
人の声でこんなに鳥肌が立つなんて、生まれて初めてだ。
「しかも…予告通り女性だ…!」
「さすが召喚士様!命を賭しての召喚は正しかったのだ!」
俺は歓声に紛れて聞こえた意味深なセリフに、反応する。
明らかに言っていることがおかしい。女性?召喚?
「あ、あの…。」
俺が一言言葉を発した途端、人々は黙り出した。
よく見ると分かるが、俺は大きな祭壇のようなところに一人で立っているようだ。
「…聞いたか今の声…。」
「ああ…明らかに男の声だ…これはどういうことだ?」
「声が低いだけじゃないか?」
俺の声を聴いた途端、再び人々はどよめきだす。
なんだこいつら…情緒不安定か?俺は男だぞ。
「皆の者!沈まれい!」
突然背後から聞こえた声に、俺は驚き、肩を窄める。
ゆっくりと振り向くと、そこには白いひげを生やし、紫色の奇妙な帽子を被った老人が一人立っていた。背が高い。
「どうやら召喚士様は、重大なミスを犯されたようだ。」
「ミスだって!?」
はて、何を言っているんだこのジジイは…。
「この者の顔、体系…。確かに女性そのものだ。しかし、この者は女性ではない!正真正銘の男だっ!!」
「なんだってええぇぇぇぇぇえ!?」
コントみたいなノリに、俺は頭がおかしくなりそうだった。
ここがどこで、こいつらが誰かは分からんが、俺は男だ。
「あ、そうっすね。俺は男っすね。」
「確かに…よく見ると股間が膨らんでる…。」
どこ見てんだこいつら。ぶっ飛ばすぞ。
「しかし、召喚士様は亡くなられた…これは命を賭した召喚…。取り返しがつくようなことではない。…この者に、勇者を務めてもらうほかないだろう。」
「しかし魔導師様!女神の神託では、勇者のうちのひとりは女性であるとのことだったはずでは…?」
若い女性の声が響いた。
その発言に、魔導師と呼ばれている老人は頭を抱えているようだ。
しかし、勇者だとか女神だとか…まるでファンタジーの世界だな。
「已むを得ん…この者に任せるほかに道はないのだ!」
「あ、あの…ちょっといいですか?」
俺は勇気を振り絞って老人に話しかけた。
老人は咄嗟に俺の目を見る。
「ど、どうされましたか?」
「さっきから勇者とか女神とか召喚とか…全然意味が分からないんですけど…ここはどこなんですか?」
俺の質問に、老人は長い顎鬚をいじくりながら何かを考えていた。
そして、次に何かを思いついたような表情を浮かべる。
「…この世界は、一人の女神が統べておるのだが…。」
老人の話はこうだ。
この世界は、オーラルクルという女神が統べているらしい。
オーラルクルは、4年に一度、人々の夢の中に現れ、神託を残していく。
そして、3日前に意味ありげな神託があったという。
『そなた達の知りえぬ場所では、災厄が巻き起こっている。災厄は波紋状に全世界へと広がっていくだろう…。災厄を阻止したくば、異世界から4人の勇者を召喚するほかない。』
女神の言う、4人の勇者。
4人の勇者は、それぞれ魔を浄化する力をもつ剣を授かることになる。
退魔の太刀、退魔の弓矢、退魔の槌、そして生命の剣。
生命の剣を授かる物は、生命の源を隠すことのできる女でなければならない。
ようは、世界の災厄を食い止めるためには、4人の勇者が必要で、そのうちのひとりは、女性でなければならない…というわけなのだが、どういうわけか、召喚士さんは男である俺を女と間違えて召喚してしまったのだ。
「おいおい…それって結構やばいんじゃないの?」
「うぬ……貴方、本当に男ですかの?」
「当たり前だろ!なんなら見せてやろうか!?」
俺は冗談でそんなことを言ってみた。
と言っても、内心イラついている。
ただでさえ女だと間違われるのが嫌なのに、その間違いのせいで、訳のわからない世界に勇者として召喚されているのだ。
イラつかない方がおかしい。
「とにかく、俺は男だから関係ないだろ!還してくれ!」
「それは無理でございます。」
「はぁ?なんで!?」
「召喚した者を元の世界に還す方法は、召喚士にしかわかりません。」
「じゃあその召喚士に…」
「ですから、召喚士様は亡くなられたのです。」
あ…そうか。
召喚士は命を賭して俺を召喚したんだったな…。
だが案の定、召喚は失敗に終わってしまったようだ。
ぶっちゃけ、知ったことではない。
「じゃあ何?還れないの?」
「む、無理でございます…。」
「ウソだろまじかよ…。」
俺は生きる希望を失ったかのような感覚に見舞われ、首の後ろに手を当てる。
すると、手に何かが当たったのがすぐにわかった。
「ん?」
何かの取っ手のような、細長い物だ。
俺はそれを上に引っ張ってみた。
すると、それは金属が擦れ合うような音を立て、俺の手に握られた。
「…え?」
俺の手に握られていたのは、一本の剣だった。
厚さは5㎜ほどで、幅は3㎝、長さは1.5mはあるだろう。
「なんですかねこれは…。」
「それが勇者様の神器、生命の剣でございます。」
ああ、確かそんな名前だったな。
退魔退魔退魔ときて、最後は生命だ。
やはり、女性は少し別格なのだろうか?俺は男だが…。
薄紫の柄に、真っ白な刀身。
綺麗な剣だ。
「え?これで戦って災厄を阻止しろってこと?」
「そういうことになりますな…。」
「いや…気持ちは分かるし、この世界が大変な状況だってのも分かるけど…俺は実際勇者ではないわけだし…その役目は背負えないな。」
俺はそう言って、剣を背中の鞘に収めた。
老人は怪訝そうな表情を浮かべて、俯いた。
「し、しかし…もう後戻りはできません…確かに長旅になると思われますし…それなりに体力や筋力も必要になってきますが…」
「体力や筋力?」
俺は、老人のその言葉に耳を傾ける。
老人は驚いたような表情で俺を見ると、再び言った。
「…そ、そうでございますが…。」
「それはつまり、男らしくなれるということだな?」
「…まあ、そうでございますな。」
キタコレ。
一見してみると、異世界に来たというのはマイナスなイメージがある。
しかし、ポジティブに考えてみると、俺の場合そうでもない。
ここで長旅をし、身体を鍛え上げれば、もう女性と間違われなくて済むかもしれない。
あんな舞台(高校男子女装大会決勝)に立つ必要もなくなるのではないか!?
「…悪くないな…。」
「ほ、報酬は後で必ず用意致します!ですからどうか…この世界の為に…!」
「よし、やってやろうじゃないか。」
報酬もあるなら悪くない。
一石二鳥だ。身体も鍛えられ、報酬も得られる。
元の世界に戻れる手立ては今の段階ではないようだし、しばらくこちらの世界に身を置くというのもいいかもしれない。
「あ、ありがとうございます!感謝いたします!」
「んで?他の3人の勇者はどこにいるの?」
「他の3名は既に王の間に移動されました…貴方もすぐに…。」
「あーおっけー。」
俺は適当に返事をした。
なんだかいろいろ面倒くさそうだが、やってやろうじゃないか。
「あ、勇者様、名前をお聞きしたいのですが…。」
「早乙女傑だ。」
「スグル様…感謝致します。」
老人は俺に深々と頭を下げた。
少し照れ臭かったが、そこはあえてクールに装った。
大勢の人々も、その状況に納得したようだ。拍手喝采が起きた。
「では、王の間に案内致します。」
「おう。」
俺は、老人と共に、背後の巨大な門をくぐった…。