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第四章

 第四章


 僕は今日も学校へと来ていた。


 蒸し暑い教室では誰もが顔から汗を滴らせている。だが、そんな教室の中にもレベッカはいなかった。


 レベッカの健康的な笑顔が見れないと、心にポッカリ穴が空いたような気分になる。エリシアも僕に忘れなさいよと言ったが、それは無理そうだ。


 とはいえ、迷宮の封印は終わったし、何をやるべきなのか分からなくなってしまった。このまま時間が過ぎていったら、僕もレベッカのことを忘れそうで怖い。


「これでテストの返却は終わったな。どれもこれも満足できるような点数だったし、真に重畳」


 放課後になるとジョシュが明朗な笑みを浮かべながら言った。


「僕も全部、良い点数だったし、親に頼めばお小遣いとか増やして貰えるかもしれない」


 そう言うと、僕はテストの答案を鞄にしまう。


「だが、もし一教科も俺に勝てなかったら、ハンバーグを奢ってくれる約束は憶えているよな?」


 ジョシュはイラッとさせられるような笑みを浮かべた。


「うん」


 確かにそういう約束はした。ジョシュは頭が良いけど、もし一教科でも勝てれば今後の自信に繋がると思ったのだ。


 だが結果は全ての教科での敗北。現実は甘くなかった。


「なら、近い内にファミレスへ連れてって貰うぜ。ついでにドリンクバーも奢ってくれると嬉しいね」


「調子に乗るな」


 僕はぴしゃりと言った。


「私も今回はみんな良い点数だったよ」


 そう声をかけてきたのはニコニコしているレフィリアだった。


「そっか」


 レフィリアの清楚な可愛らしさには素直に好感が持てるな。


「レフィリアも頭は良いからな。俺も国語では負けちまったし、たいしたもんだと言うしかないな」


 ジョシュは煽てるように言った。


「そんなことはないよ。ただ、力を入れて勉強してたところがたまたま出てくれただけだから」


 レフィリアは謙遜するように顔の傍で手を振る。


「いや、それも実力のうちさ。一教科くらいはまぐれで勝てると思っていたリィオとは違う」


 ジョシュは僕に当て擦るように言った。


「そうだね。とにかく、夏休みになったらアーケードにあるアイス屋さんに行きたいな。リィオも一緒に行ってくれると嬉しいんだけど」


 レフィリアの唐突なお誘いに僕は面食らった。


「僕が?」


 そのお誘いを断る理由はない。


「うん、駄目かな?」


 レフィリアは上目遣いで僕を見る。


「別に構わないよ。アイスくらいなら僕も奢ってあげられるし」


 これはデートだと考えて良いのだろうか。僕は嬉しさを感じていたが、同時にエリシアとのキスを思い出してしまう。


「でも、アーケードにアイス屋なんてあったかな?」


 そう言って首を傾げたのはジョシュだった。


「えっ?」


 その瞬間、レフィリアの笑みが固まった。


「そういえばアイス屋はなくなってたね」


 僕もアーケードの中は隈無く歩いたけどアイス屋は見つからなかった。


「いやいや、元からアーケードにアイス屋なんかなかっただろう。二人とも、どこか別の場所と勘違いしているんじゃないのか?」


 ジョシュの指摘するような言葉にレフィリアが青い顔をする。


「そうだったね。私、ちょっと勘違いをしてたみたい」


 レフィリアはそう言ったが、確かにアーケードにはアイス屋があった。だが、そのアイス屋は町の変異で消えてしまったのだ。


 なのに、それをレフィリアが憶えていたのは少し引っかかった。


               ☆


 僕は部室に来ていた。


 もちろんエリシアもいたが、昨日のキスのことなどどうでも良いと言わんばかりにケロリとした顔をしていた。


「いよいよヴァークレフ・シティーの扱いがエルセイオン王国の王都と言うことになってきたわね」


 エリシアは部室のテレビでニュースを見ていた。


「そうなの」


 僕は暑さを凌ごうと、校内で買った自販機のジュースを三本も飲んでいた。


「ええ。既に町にある建物の半分以上がエルセイオン王国の物に取って代わってるし」


 教会も大聖堂になってたからな。


「それはまずいね」


「でも、中にはエルセイオン王国と現代のアメリカが上手い具合に融合しているような建物や場所もあるのよね」


 アーケード街なんて割とそうじゃないのかな。


「つまり、ヴァークレフ・シティーにあるものが全て消えるわけじゃないってこと」


「ええ。融合して残っていくものもたくさんあるんじゃないかしら」


 エルセイオン王国の王都とアメリカのヴァークレフ・シティーが完全に融合したらどうなってしまうのだろうか。


「なら、そんなに悲観するようなことじゃないか」


 でも、もし自分の家族が消えてしまったら、そんなのほほんとしたことを言っていられるのか。


「それでこれからどうするの?魔王デモス・ナーダは魔界に追い返したし、ゲートの封印もできたから迷宮に対する脅威はなくなったと言えるし」


 エリシアの言葉に僕も思案するような顔をする。


「そうなんだよね。もし、この町の脅威になるような物があるとすれば、あとは邪神ジェハム・イールだけだよ」


 僕は化け物へと変身したオリウールを思い出していた。


「でも、そのジェハム・イールの化けている宰相のジャハルは宮殿で大統領と会談しているわよ」


 エリシアはデジタルテレビの画面を指さす。そこにはアメリカの大統領と笑いながら、握手をしている宰相のジャハルの姿があった。


「こうなったら、何とかしてジェハム・イールを倒してみるよ。町を元に戻すことはもう不可能かもしれないから」


「それが良いわね。そういうことなら、この町の脅威になるものは一つ残らず消しておきたいし」


 もし、ジェハム・イールを倒してもこの状況を打開できないなら、この町のことは諦めよう。


「うん」


 僕は首にかけているモンスター避けのアミュレットを触った。


               ☆


 僕は家に帰ってくると、お昼を食べる。もし、この家が消えてしまったらと思うと、心胆が寒からしめられる。


 だが、それは決してあり得ない可能性ではないのだ。


 今の僕にできることがあるとすれば町の変異を止めることではなく、待ちの平和を守ることだけ。


 それを考えると何とも歯痒い気持ちになった。


「そんな顔をして飯を食ってるなよ。はっきり言って、一緒に食っているおいらの飯まで不味くなる」


 ラルグは渋面で言った。


「ラルグは気楽そうで良いね」


 僕は昼食のグラタンを口に運びながら言った。家のリビングにはクーラーがガンガンに効いているので、熱いグラタンを食べても平気だ。


「別に気楽なわけじゃない。ただ、お前の言う通りジェハム・イールを倒してこの町とエルセイオン王国の王都の融合が終われば、何もすることはなくなる」


 ラルグは淡々と言った。


「そうしたらラルグはどうするの?」


「おいらは元の世界に帰らせてもらうよ。エルセイオン王国がおいらの故郷ってわけじゃないし」


 ラルグは少しだけ決まり悪そうに言った。


「ラルグにも帰る場所があるってこと?」


「そういうことだな」


 ラルグはにんまりと猫のように笑った。


「そっか」


「ま、正直、この世界に来れて良かったと思うぜ。おいらも色んなことを学ぶことができたからな」


 ラルグは胸にかけられたスマートフォンを触りながら言った。


「そうだね」


「でも、あくまでおいらのいるべき場所はここじゃない。それだけはちゃんと分かっているつもりだ」


 ラルグは芯の通った声で言った。


「僕も機会があればラルグの故郷に行ってみたいね」


 そこには人間以外の種族もたくさんいるのかな。


「何なら連れて行ってやろうか。お前だって夏休みになれば暇なんだろ?」


「うん」


 ちょっとした旅行気分で行くには良いかもしれない。


「おいらの国は小さいけど悪くないところだよ。アシュランティア帝国の脅威も届かない場所だし」


「なら、行ってみたいね」


 僕は皿の中のドリアを平らげて笑った。


「ああ」


 ラルグも鷹揚に頷いた。


               ☆


 夜になると、僕は自室にある二階のベランダに出る。何をするのとかというと、驚くなかれ。


 何と夜の宮殿に忍び込もうというのだ。


 宮殿の地図はエリシアがファイル付きのメールで送ってきた。これで宮殿の中に入っても道に迷う心配はない。


 あとは大きくなったラルグに乗って空から宮殿に入り込めば良いだけだ。


 ベランダにいると、空に浮いているラルグの体がいきなり大きくなった。やっぱり間近で見るドラゴンは迫力があるな。


 僕はベランダの手摺りに乗ると、思いっきりラルグの背中にジャンプする。落ちたら怪我だけではすまないだろう。


 一方、僕を乗せたラルグは泳ぐように空を飛んでいく。その先には数多くの明かりが灯り、幻想的な雰囲気を醸し出す宮殿がある。


 ラルグは宮殿を目指してスイスイと空を飛ぶ。宮殿はすぐ近くだし、疲れてしまうと言うことはないだろう。


 だが、宮殿の真上まで来て急にラルグの動きが止まった。


「どうしたの、ラルグ?」


 僕は闇に染まった空を見ながら尋ねた。


「やばいぞ。ガンティアラスがいる」


 ラルグは震え出しそうな声で言った。


「ガンティアラスって?」


 名前を聞くだけで不吉なものが過ぎる。


「竜王ガンティアラスはおいらがまだ人間の姿をしていた時、エルセイオン王国で倒したドラゴンだよ」


 ラルグは夜でも目が利くらしく、しきりに宮殿の屋上がある辺りを見ていた。


「そんな奴がなんで」


 倒したはずなのに蘇っていたと言うことか。


「ガンティアラスは邪神ジェハム・イールの手下だ。だから、空から宮殿に入ろうとする奴がいないか見張っているんだろうよ」


「なら、宮殿には入れないの?」


 ここまで来て引き返さなければならないのか。


「ああ。ここであいつと戦ったら、宮殿そのものがぶっ壊れかねない」


「そんな」


 そうなったら大事だからな。


 僕が戦慄するものを感じていると、急にアミュレットが輝きだした。その光りは僕とラルグを柔らかな幕で包み込む。


「どうしたって言うんだ?」


 ラルグが挙措を失うように言った。


「モンスター避けのアミュレットが光ってるよ。それも今までにないくらい強い光りだし、僕らを包み込んでる」


 僕は不思議な気持ちに満たされながら言った。


「もしかしたら、そのアミュレットさえあればガンティアラスに見つからずに宮殿の中に入れるかもしれないぞ」


 ラルグが弾んだような声で言った。


「本当?」


「一か八かかけてみるしかない」


 そう言うと、ラルグは凄いスピードで宮殿の屋上へと降り立とうとする。すると僕の目にも凶悪そうなドラゴンが映った。


 だが、ドラゴンは僕らの姿が見えていないのか、辺りをキョロキョロと見回している。


「見つからなかったね」


 ラルグが宮殿の屋上にある庭園に降り立つと、僕はほっとした。


「そのアミュレットがあって助かったな。おかげでおいらの気配を完全に消してくれた」


「うん」


 僕は九死に一生を得たような思いでラルグの背中から降りた。するとたちまちラルグの体が小さくなっていく。


 そして、最後には僕の肩の上に乗った。


「さてと、ジェハム・イールはどこにいるかな」


 屋上から宮殿の中に入るとラルグは鼻をヒクヒクさせる。


 宮殿の中は赤いカーペットが敷かれていたり、大きなシャンデリアがぶら下がってたりして、絢爛豪華と言った感じだった。


 夜なのに黄金色の光りで溢れているし。


「エルセイオンの剣が強く反応してる。ジェハム・イールはここから遠くないところにいるよ」


 エルセイオンの剣はガタガタと震えていた。まるでエルセイオンの剣がジェハム・イールを恐れているかのように。


「なら、奴の魔力を辿っていくしかないな」


 見張りに見つかったらどうしようかと思いながらも、僕は地図が映っているスマートフォン片手に通路を進んでいった。


 するとすぐに謁見の間に辿り着く。


 僕はここにジェハム・イールがいるなと思いながら、重々しい扉を開けた。中はとても広くその一番奥には立派な玉座があった。


 何とも荘厳な空気が漂っていて、否応なしに緊張させられた。


「そろそろ来る頃だと思っていましたよ」


 謁見の間の中央には一人の男が立っていた。見間違えるはずもない。そいつは宰相のジャハルだったのだ。


 謁見の間に緊迫した空気が漂う。


「待っていたと言うことか、ジェハム・イール」


 奴の言葉からすると、僕たちは敢えてここに招き寄せられたのかもしれない。それなら、見張りがいなかったことも頷ける。


「いかにも」


 ジャハルは肯定するように言った。


「お前はモンスター避けのアミュレットを手に入れようとしていた。一体、何を企んでいるんだ?」


 僕は刃の切っ先を突きつけるように尋ねた。


 するとジャハルの体が瞬時に変化する。


 そこには黒いプロテクターのようなものに身を包んだ化け物がいた。その体には足がなく宙に浮かんでいる。


 どこか無機質な物体が浮遊しているという印象を受けた。


 その上、手には刃の部分が紫色に光り輝く鎌が握られていた。この風貌はまるで死神ではないか。


 正体を現したジャハル、いや、ジェハム・イールの顔のフォルムは美しさを感じさせるロボットのようだった。


 そして、その口からは苦々しい言葉が発せられる。


「ただ、私はこの国に復讐したいだけです」


 ジェハム・イールは復讐という言葉を強調する。


「復讐だと」


 僕はオウム返しに尋ねる。


「そうです。かつて私はエルセイオン王国が建国される前にこの地方で神として崇められていました」


 それはいつの話だ。少なくともこの町でジェハム・イールが神として崇められていた過去などない。


 僕は強引な辻褄合わせが、綻びを生み始めているような気がした。


「それが光りの国などと呼ばれるエルセイオン王国ができると、たちまち邪神に貶められたのです」


 ジェハム・イールは憤怒を感じさせる声で言った。


「故に、その恨みを晴らすためにエルセイオン王国を滅ぼそうとしたのですよ。もっとも、あなたのような子供にその野望を邪魔されるとは思いませんでしたが」


 ジェハム・イールの言葉を聞き、僕もようやく話が見えてきた。


「だから、お前は再びモンスターを迷宮から溢れさせようとしたわけか」


 僕は恫喝するように尋ねる。


 もし、魔王デモス・ナーダが現れていたら、大量のモンスターが迷宮に送り込まれたはずだ。


 そうなればそのモンスターたちはやがて地上へと出て、たくさんの人を襲ったに違いない。


「その通りですが、再びというのはどういうことでしょうか?」


 ジェハム・イールは腑に落ちないと言った感じで尋ねてきた。


 そもそも、この世界ではエルセイオン王国が滅ぼされたという事実は無かったことになっている。


 だがら、ジェハム・イールも本当は自分の策略によって、エルセイオン王国が既に帝国に滅ぼされているという事実を知らないのだろう。


「たいしたことじゃない。とにかく、この町の平和のためにもお前はここで打ち倒す」


 僕はエルセイオンの剣を引き抜いた。するとラルグが僕の肩らから飛び立つ。


「おいらはラルグだ。お前に呪いをかけられた恨みを忘れたことは無いし、ここで決着を付けさせて貰うぞ、ジェハム・イール」


 ラルグが猛るように言った。


「やれるものなら、やってみなさい、ドラグナート卿。再び、この私の恐ろしさを思い知らせてあげましょう」


 ジェハム・イールは人間の体など真っ二つにできそうな鎌を振り上げながら言った。そのまさしく死神といった姿に、僕の心も恐怖で震える。


 そして、もはや言葉は不要だと思った僕は、エルセイオンの剣を構える。するとジェハム・イールの体が唐突に消えた。


 これには僕もぎょっとする。


 が、すぐに背後に殺気を感じ、反射的に振り返った。するとそこには鎌を振り下ろそうとしているジェハム・イールがいた。


 僕は振り下ろされた鎌をギリギリのところで避ける。もう少し反応が送れていたら、死神の鎌に命をさらわれていただろう。


 そして、僕が反撃に移ろうとするとジェハム・イールの姿は掻き消えていた。


 僕は目を白黒させる。


 ひょっとして、ジェハム・イールはワープができるのではないか。だとすると、その体を捉えるのは一筋縄ではいかない。


 僕は再び現れたジェハム・イールに向かって走り出した。が、ジェハム・イールはワープしながら後ろへと後退する。


 走っても、走っても距離が詰められない。


 そして、鎌を持っていない方の手が翻ったと思ったら、いきなりジェハム・イールの爪が伸びた。


 それは生き物のように僕を追いかけてきて、僕を串刺しにしようとした。だが、僕はその爪を身を捻って避ける。


 空を切った爪は床に穴を開けた。


 それを見て、ヒヤリとするものを感じながら、僕はどうやってジェハム・イールと間合いを詰めようか考える。


 その間もジェハム・イールは伸縮する爪で僕を何度も貫こうとする。五本もの指が一斉に迫ってきては、いつまでもかわしきれるものではない。


 なので、僕はエルセイオンの剣を振り下ろし、光りの刃を放った。この攻撃なら距離は関係ない。


 だが、ジェハム・イールはすぐにワープしたので、光りの刃は掠りもしなかった。それでもめげることなく僕はジェハム・イールに何度も光りの刃を放つ。


 が、ことごとくかわされてしまった。ただ闇雲に放っていては、一生かかっても当たりはしないだろう。


 そして、反撃とばかりにジェハム・イールは僕の真横に現れて鎌を振るう。ブォーンと風を切る音が鳴った。


 それを避けて僕が距離を取ると、蛇のように追いかけてくる爪で攻撃してくるのだ。


 僕はジェハム・イールの変則的かつ、巧みな攻撃に追い詰められていた。今までのように力押しで勝てる相手ではない。


 何とかして効果的な攻撃を見出し、活路を開かないと。


 僕が焦っていると、急に感覚が鋭敏化する。魔力の流れが今までのよりもはっきりと感じられるようになった。


 これはエルセイオンの剣の力だな。


 爪による攻撃を終えたジェハム・イールは再びワープする。すると今度は僕もジェハム・イールがどの地点に現れるのか分かるようになった。


 なので、試しにその地点に光りの刃を放ってみる。すると光りの刃は現れたジェハム・イールの肩をバッサリと切り裂いた。


 ジェハム・イールの体がぐらりとよろける。だが、宙に浮いている体が落下することはなかった。


 その代わり、ジェハム・イールは手にしていた鎌を放り投げ、今度は両手から全てを貫く爪を伸ばしてきた。


 僕は迫り来る都合、十本もの指を巧みにかわす。だが、爪はのたうつように、避けても、避けても追いかけてくる。


 それも退路を塞ぐような計算された動きで。


 正直、これ以上、避け続けるのは限界だった。なので、光りの刃で爪を切断する。が、爪はすぐに生え代わるように再生した。


 僕は何度も爪を切断したが、すぐに再生されてしまう。


 はっきり言って、キリがない。


 僕は早急に決着を付けるべきだと思い、再び迫り来る爪を切断すると、光りの刃をジェハム・イールに向けて放つ。


 ジェハム・イールはその攻撃を避けたが、構わず僕はジェハム・イールが現れた地点に光りの刃を叩き込む。


 だが、距離が開きすぎているせいか、どうしても寸前のところでかわされてしまう。


 僕は一撃で勝負を決める必要があると判断し、更に感覚を研ぎ澄ます。


 ジェハム・イールが現れた瞬間、最大の力を込めた光りの刃をお見舞いするしかない。その一撃で、ジェハム・イールを倒せなければ勝機はないし。


 僕は幾度となく光りの刃を放ち続ける。この攻撃は当たるとは思っていないただのフェイントだ。


 なので、ジェハム・イールが隙を見せるのを待つ。


 一方、避け続けるだけでは勝てないと思ったのか、ジェハム・イールは再び爪を伸ばしてきた。


 僕はその爪を光りの刃を乱れ打ちして切断する。その光りの刃は、そのままジェハム・イールにも迫る。


 それを受け、ジェハム・イールが少し慌てた感じでワープしたのを僕は見逃さなかった。


 その瞬間、僕は全て力を使い切るつもりで、ジェハム・イールの現れるところに光りの刃を放つ。


 この一撃に全てを賭けると思いながら。


 すると、分厚さを増した光りの刃はタイミング良く出現したジェハム・イールの体を見事に真っ二つにしてのけた。


 それにより、ジェハム・イールは体から白煙を立ち上らせながら、ドサッと床に倒れる。すると謁見の間が静まり返った。


「僕の勝ちだな」


 僕は動かなくなったジェハム・イールの体を見下ろす。ジェハム・イールの体は壊れかけたロボットのようにガクガクと震えていた。


「これで終わったと思わないでくださいよ。今の私はただの分身に過ぎません。本当の私は別のところにいるのです」


 ジェハム・イールもまた分身に過ぎないと言うことか。


「お前も魔王デモス・ナーダと同じというわけか」


 もし、本物だったらもっと手強かったと言いたいんだな。


「そういうことです。いずれにせよこの屈辱は絶対に忘れませんし、このお返しは必ずさせて貰います。せいぜいそれまでに束の間の平和を楽しんでおくことですね」


 ジェハム・イールが笑いを含んだ声で言うと、その姿は煙のように消えた。


 僕はこの町における全ての脅威を取り除いたことで、糸が切れたように力が抜けてしまった。


 が、すぐにラルグの体がキラキラと輝いていることが分かる。


「ど、どうしたの?」


 僕は自分の肩から離れていたラルグに恐る恐る声をかける。


「ジェハム・イールを倒したことでおいらにかけられた呪いが解けようとしているんだ」


 ラルグはどこか疲れ切った笑みを浮かべた。


「本当?」


 僕は目をまん丸にした。


「ああ。俺に呪いをかけたジェハム・イールとこの世界に現れたジェハム・イールは別物みたいなのに」


 ラルグがそう言うと、その姿が光りに包まれる。そして、光りの中から現れたのは剣士のような青年だ。


 美しい金髪に青い目をしたラルグの容姿は本当に美しく、僕も思わず見惚れてしまった。


「君はラルグなの?」


 僕は瞠目しながら尋ねた。


「俺の名前はラルグ・ラックフォード。世界の創造者よりドラグナートの称号を授けられた竜騎士だ」


 ラルグは威厳を感じさせる声で言った。


「へー」


 それが凄いのかどうかは分からなかったが。


「ちなみに《ナート》と付く名前は正真正銘の神の証だ」


 だとすると、イビルナートも神だってことだよな。


「じゃあ君は神様なの?」


 ラルクが神様だなんてちゃんちゃらおかしいと思うけど。


「一応な。まっ、無理やり不老不死の神にさせられてしまったと言った方が良い」


 ラルグがおどけたように言うと、その姿がまた光りに包まれる。そして、現れたのはいつもの手乗りサイズのドラゴンの姿をしたラルグだった。


「あ、元に戻った」


 まるで手品みたいだ。


「おいらはいつでもドラゴンの姿になれる。その力も創造者から与えられたものだ」


 ラルグは口の端を吊り上げる。


「それは便利だね」


「今ならガルムナートの言葉の意味も分かる」


 ラルグは神妙な顔で言った。


「どういうこと?」


「ジェハム・イールもデモス・ナーダもこの町のおかしさを認識していなかった。ただ、ガルムナートだけがそれを分かっていた」


 ガルムナートはこの町を面白くする余興のために自分はいると言った。だが、ジェハム・イールは本気で自らの復讐のために動いていた。


 この二人の行動を比較すると、やっぱり噛み合わないものがある。


「つまり、ガルムナートがこの世界のおかしさを認識していたのも、神の称号を持っていたからかもしれないってことさ」


 そう言って、ラルグは首を竦めた。


「なるほどね」


 僕は今一つピンと来なかったが、とりあえず納得しておくことにした。




              第五章に続く。







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