第三章2
第三章2
僕は大聖堂を出ると熱い日差しの下で立ち尽くす。正直、このアミュレットをどうするべきか悩んでいたのだ。
オリウールがアミュレットをジェハム・イールに渡そうとしていたのは事実だし、よからぬ企みがあるのは間違いないだろう。
なら、ジェハム・イールだって黙ってはいないはずだ。
「このアミュレットは王宮に返すべきかな?そうすればたんまりとお金が貰えそうだし」
僕の言葉にラルグが懸念を感じさせる顔をした。
「止めておけよ。王宮にはジェハム・イールがいるんだぞ。下手したら口封じに殺されかねない」
確かに。
「なら、どうすれば良いんだよ?」
このまま持っていると変な疑いを持たれかねないと思う。
「こうなったら、おいらたちだけで魔界のゲートの封印をするしかないな。ジェハム・イールが魔界のゲートをどうにかしようとしているのは確実だし」
それができれば苦労はしない。
「それはさすがに無理だろ。僕たちにゲートを封印する技術なんてないんだよ」
「なら、ゲートの研究をしている王立アカデミーの連中に力を貸してもらったらどうだ?大聖堂があったことを考えると、アカデミーもこの町には存在していると思うし」
確かに自分一人で抱え込むよりは良いかもね。
「そういういえば、ギルドで会ったセドリーさんっていう人もゲートの研究をしているとか言ってなかったっけ?」
僕はおぼろげな記憶を手繰り寄せる。
「ああ。それならおいらも憶えているよ」
「だったら、セドリーさんに協力を仰いでみよう。幸いにも携帯の番号は教えて貰っているから」
あの人なら信頼できると思うのだ。なので、僕は携帯でセドリーが教えてくれた番号に電話する。
「もしもし、リィオですけど」
僕は緊張しながら携帯を耳に当てた。
「ああ、君か。ガルムナートを倒したことは聞いているよ。僕としても君に許可証のお金を出してあげた甲斐があった」
聞こえてきたのは柔和な声だ。
「そうですか。僕、モンスター避けのアミュレットも手に入れたんです。それで迷宮にある魔界のゲートの封印をしたいんですけど協力してくれませんか?」
セドリーに頼れなかったら打つ手なしだ。
「モンスター避けのアミュレットを手に入れたのか。そいつは凄いな」
セドリーの声に興奮が混じる。
「ええ」
「なら、これから会わないか?四時にこの町にある中央広場で待っている。もちろん、ティアも一緒だ」
四時って言うと、もうすぐだな。でも、中央広場なんてこの町にあったかな。
「分かりました」
そう言うと、電話は切れた。僕はスマートフォンを操作しているラルグの方を見る。
「セドリー・ラグトゥースはゲートを研究している第一人者らしいな。かなり有名な男みたいだぞ」
ラルグはネットで調べたことを淡々と口にする。
「そうなんだ。それなら、セドリーさんさえいればきっと何とかなるよ」
第一人者というからにはゲートのことには精通しているのだろう。
「どんなゲートでも封印できると豪語しているみたいだし、その言葉は信じても良いかもしれないな」
それは心強い。
「なら、期待が持てそうだね」
そう言うと、僕はスマートフォンの地図を頼りにこの町にある中央広場へと向かう。
すると綺麗な水が流れている水路がある広場に辿り着いた。階段の先にある噴水はイタリアのスペイン広場を彷彿とさせるし。
他にも広場には食べ物を売る屋台などもあり、幾つもあるベンチには人も座っていた。
ちなみに広場の四方にある通りの入り口には兵士たちが立っている。その前を色んな人たちが行き交っているのだ。
その上、広場からは宮殿も見えた。異国の文化を感じさせる壮麗な宮殿だ。
「約束、通り来てくれたね」
噴水の前には既にセドリーとティアがいた。
「はい」
僕は緊張しつつ返事をした。
「さっそくだけどアミュレットを見せてくれないか?」
セドリーの言葉を聞き、僕はポケットからアミュレットを取り出す。
「これです」
僕がアミュレットを手渡すと、セドリーは熱心な目でアミュレットを調べる。
「確かにこれは錬金術師アルタイレルの作りだしたモンスター避けのアミュレットで間違いないよ」
そう言って目を見張ると、セドリーは僕にアミュレットを返した。
「そうですか」
僕もほっと息をついた。
「これなら迷宮に入ってもモンスターに襲われずに済む、理論上は」
「理論上は?」
僕は眉を持ち上げた。
「そうだよ。実際に僕たちは試したことがないからね。本当にモンスターに襲われなくなるかどうかは迷宮に行ってみないと分からない」
そりゃそうだ。
「じゃあ、行きましょう」
「分かった。もし、最下層まで行ければゲートの封印は必ずできる。だから、アミュレットの力には期待しようじゃないか」
セドリーは揚々とした声で言った。
☆
僕たちは迷宮の中にいた。
だが、モンスターは不自然なほど姿を現さなかった。なので、緊張しながら通路を進んでいく。
僕はいつガルムナートのようなモンスターが出て来ても良いように気を張り詰めていた。が、それでも現れないので、だんだん焦れったくなってきた。
「本当にモンスターが襲ってきませんね」
僕はやっと現れたモンスター、ドレイクが何事もなく目の前を通り過ぎていくのを見て驚嘆していた。
「ああ。僕も驚いている」
セドリーも僕の胸元で光り輝くアミュレットを観察していた。
「でも、油断は禁物ですよ。下の階に行くほどモンスターも強くなりますし、そうなったらアミュレットの効果も効かなくなる可能性がありますから」
もし、途中でアミュレットの力が効かなくなったら、命はないな。
「そうだね。まっ、そうなったらこいつの出番だよ。僕も射撃の腕にはかなり自信があるから」
セドリーも腰にあるフォルスターから拳銃を引き抜いた。銃には詳しくないので名前は分からないがリボルバー式の拳銃だ。
「私もモンスターに後れを取るつもりはありません。むしろ、存分に力を振るう良い機会になることでしょう」
ティアは掌から炎の玉を出した。ごわごわと燃える炎の玉には凄いエネルギーが籠められているのを感じた。
「頼りにしてます」
僕はとりあえず二人にも戦う力があることを確認し安心する。
「とにかく、迷宮の最下層には八時間くらいで辿り着けると言われている。だから、モンスターが現れなければ途中で体力が尽きてしまうと言うことはないと思う」
過去に迷宮を制覇した冒険者は三人いるらしい。が、今はその三人は生きていないと聞いている。
ちなみに彼らは魔法使いではなかったので魔界のゲートを封印することはできなかった。
「ちょっとした山登りだと考えれば良いんですね」
僕は地下街で買った水と食料がいれられている革袋の重みを感じる。八時間も歩き続けることがどれ程、大変かは現時点では想像できないが。
「そういうことだね」
セドリーが笑うと僕たちはひたすら歩き続ける。
途中、道に迷いそうになることもあったけど、そこはエルセイオンの剣がフォローしてくれた。
今の僕には魔力の流れを感じ取ることができるのだ。だから、魔界のゲートから流れてくる魔力を辿っていけば良い。
とはいえ、迷宮の通路は予想以上に入り組んでいたので、気を抜くと道を間違えてしまいそうになる。
それでも、モンスターは数えるほどしか現れず、その現れたモンスターからも全く襲われなかった。
なので、ほっとしながら歩を進める。
正直、エルセイオンの剣の癒しの力がなければ足が痛くて倒れていたかもしれない。
だが、セドリーとティアは涼しい顔をしている。二人とも世界中の遺跡を回ったりしていたので、足腰には自信があるのだという。
そんなこんなで僕たちは五時間ほどで三十階まで辿り着いた。やっぱりモンスターと戦わずに済んだのは大きかったと言えるだろう。
モンスター避けのアミュレットの力は伊達ではなかった。
「ここは?」
僕は巨大な魔方陣が描かれている広間にやって来た。
「恐ろしい魔力を感じます。この魔方陣が魔界に繋がるゲートで間違いないでしょう」
ティアが分析するように言った。
「なら、さっさとゲートの封印を施してくださいよ」
僕は濃密な魔界の空気を感じながら言った。
「分かった。このペンは最近になってアカデミーで開発されたものなんだ。これで魔方陣の形を変えてやればゲートの効果を失わせることができる」
セドリーは複雑な装飾が施された万年筆のようなペンを手にする。そして、ゲートの方に近づこうとすると、いきなり魔方陣が光り始めた。
これには僕も咄嗟に身構える。
「このゲートを封印することは許さんぞ」
光りが膨れあがった魔方陣から現れたのは山羊の頭を持ち、三メートル近くの巨体を誇る怪物だった。
ガルムナートを超える恐ろしいプレッシャー。はっきり言って、モンスターと呼べるような奴ではない。
「お前は?」
僕は全身が凍えるような錯覚に陥る。エルセイオンの剣もブルブルと震えていた。
「この俺は魔王デモス・ナーダ。迷宮の最下層にまで辿り着いた人間は実に二百年ぶりだし、どれ程の力があるのか見せて貰おう」
そう言うとデモス・ナーダは手にしたハルバードを振り翳して襲いかかってきた。
僕はエルセイオンの剣を引き抜くとすぐに臨戦態勢を取る。ティアも掌に巨大な火の玉を出現させた。
魔王デモス・ナーダは烈風の如き一撃を放った。僕は受け止めることはできないと判断して避ける。
するとデモス・ナーダは連続して空を切り裂くような斬撃を浴びせてきた。この凄まじさを感じさせる攻撃にはとても余裕を持って避けることなどできない。
僕は何とか距離を取ると、光りの刃を放った。だが、デモス・ナーダは躍動感のある動きでかわして見せる。
そして、すぐさまハルバードを振り翳して反撃に移ろうとする。
そこへティアの放った炎の玉が飛来した。炎の玉の直撃を受けたデモス・ナーダの体は大爆発する。
凄まじい威力だ。
だが、デモス・ナーダは無傷で炎の中から飛び出してきた。
セドリーも追い打ちをかけるように銃弾を浴びせるが、デモス・ナーダはまるで豆鉄砲を食らった程度の反応しかしなかった。
生半可な攻撃は通用しないぞ。
僕は接近戦は不利だと悟り、間合いを詰められないように光りの刃を放ち続ける。するとデモス・ナーダの体がいきなり霞んだ。
と、思ったらデモス・ナーダは残像すら生む動きで、光り刃を避けるとあっという間に僕の目の前に現れた。
僕はそのあまりの早さに戦慄する。
するとデモス・ナーダは雷光の如き斬撃を何度も僕にお見舞いする。僕はその攻撃を紙一重のところで避け続ける。
掠りでもしたら骨まで断ち切られるだろう。
僕はデモス・ナーダの猛攻に耐え続ける。そして、バックステップで後ろへと大きく跳躍するとデモス・ナーダに大きな炎の玉が迫る。
だが、デモス・ナーダは光りの球を掌から放って、炎の玉を相殺する。デモス・ナーダは魔法も使えるわけか。
それを受け、ティファも怯むことなく炎の玉を立て続けに放ったが、全てデモス・ナーダに到達する前に相殺された。
セドリーも銃を打ち続けるがデモス・ナーダには掠り傷一つ負わせられない。
僕はエルセイオンの剣と意思を通わせる。
そして、もっと力を貸してくれて訴えかけた。するとエルセイオンの剣のから凄まじいエネルギーが流れ込んでくる。
体が内側から爆発しそうだし、このエネルギーを長時間、扱うのは無理そうだ。なので、僕は弾丸のようにデモス・ナーダに迫る。
デモス・ナーダは迎え撃つようにハルバードを目まぐるしく何度も振り下ろす。だが、今の僕にはその動きがスローモーションのように見える。
なので、ハルバードの斬撃の合間を縫うように剣を突き出した。その視認できない早さの突きはデモス・ナーダの脇腹を貫く。
これにはデモス・ナーダも苦痛に顔を歪ませたが、すぐに反撃に打って出てハルバードを唐竹割りのように振り下ろした。
が、僕はその凄まじい膂力によって繰り出された一撃を受け止めていた。これにはデモス・ナーダだけでなく僕自身も驚いてしまう。
だが、その驚きを隙にまで発展させるようなことはせず、僕はエルセイオンの剣を勢い良くハルバートの刃に叩きつけた。
するとハルバードの刃の部分がバリンッと割れ、柄の部分にまで罅が入る。それを受け、僕はすかさず追い打ちをかけるような一撃を放った。
するとその一撃を受け止めたハルバードは今度こそ粉々に砕け散り、破片がキラキラと宙を舞う。
これにはデモス・ナーダも驚愕の表情を浮かべた。
そして、僕は見えない力に突き動かされるように鮮やかに剣を一閃させ、守ものがなくなったデモス・ナーダの胴体を真っ二つにした。
その瞬間、デモス・ナーダの目がカッと見開かれる。それから、切断されたデモス・ナーダの体は力を失ったように崩れ落ちた。
僕は動かなくなったデモス・ナーダの巨体を見下ろし息を整えた。すると体から急速に力が抜けていった。
全身が酷い虚脱感に襲われる。
これがエルセイオンの剣の力を限界以上に使った反動か。
デモス・ナーダを倒すのにもう少し手間取っていたら僕の方が自滅して倒れていたかもしれない。
「この俺を倒すとは、さすがエルセイオンの剣を持つ勇者か。だが、今の俺はただの分身に過ぎない。本当の俺は魔界にいるのだ」
デモス・ナーダは悔しがる風でもなく言った。
ゲートの封印が完全に解かれていなかったから、本当の魔王デモス・ナーダはこの世界に現れられなかったわけか。
「例え、今、ゲートの封印をしたとしても、もはやこの俺の力は押さえられん。いずれは完全に封印を解かせて貰うぞ」
そう口にしたデモス・ナーダの体が砂粒のように分解されていく。
「その時はただの人間に過ぎないお前たちも生きてはいまい」
デモス・ナーダが勝ち誇ったように言うと、その姿は完全に消えてなくなった。それを見ていた、僕はしばし放心する。
「さっそく、ゲートの封印をしよう。見たところゲートの封印はかなり弱まっているようだし、グスグスしていると本当のデモス・ナーダが現れかねないからね」
セドリーはそう言うと、手にしていたペンで魔方陣に何やら書き込みをしていった。
これでゲートの封印を強めることができたわけだが、完全な封印は現時点ではやはり不可能だという。
なので、力の弱いモンスターならゲートが通過できるし、いずれはデモス・ナーダ自身も現れることになるそうだ。
ただ、当分の間、迷宮の平和は守られることになるとセドリーは力強く言った。
第四章に続く。