第三章1
第三章1
僕は今日も調べ物をするというラルグを置いて学校に行った。が、そこで思わぬ現実を突きつけられる。
朝のホームルームになると何と隣の席のレベッカがいなくなっていたのだ。代わりに青色の髪をした見たこともない女子生徒が座っていた。
それを受け、愕然とした僕は休み時間になるとジョシュの背中を叩く。
「ちょっと、ジョシュってば」
僕が声をかけるとジョシュが暑さで草臥れたような顔をして振り向いた。
「何だ」
ジョシュはのほほんとした顔をしている。
「レベッカがいないんだけどどうしちゃったのさ?」
僕は隣の席を指さす。
「レベッカって誰だ?」
ジョシュはきょとんとした。
「おい、本気で言っているのか?僕らとは小学生の時からの付き合いがあるレベッカ・ユリシールだよ」
僕は思わず声を荒げていた。だが、それを聞いたジョシュは戸惑った顔をする。
「知らないな。お前、昨日も変なことを言ってたし、本当に大丈夫か?」
「そんな」
あのレベッカが消えてしまったと言うのか。
「はっきり言って、レベッカなんていう女子は全く知らん。悪ふざけにしては、少し質が悪いぞ」
ジョシュはそう言って不愉快そうな顔をした。それを聞き、僕も今度はレベッカの後ろの席にいるレフィリアに声をかける。
「レフィリアはレベッカのことを知ってるよね?」
僕は縋るように尋ねた。
「わ、私も知らない」
レフィリアは一瞬、強張ったような顔をしたが、すぐに首を振る。その様子を見て、僕はレフィリアは何か知っているのではと勘ぐった。
「こんなことって」
僕はこの現実に打ちのめされていた。
「お前も訳の分からないことを言ってないで、夏休みになったらどこか遊びに行かないか?男二人っていうのはちょっと寂しいところがあるが旅行なんて良いと思うんだよ」
ジョシュは明るい顔で言った。
「旅行?」
飛行機にも乗るってことか。
「そうだよ。俺、日本の秋葉原とか一度、行ってみたかったんだよなー。あと、同人誌の即売会にも参加したいぜ」
ジョシュの浮かれた顔を見て僕は心の中で憤る。
「一人で行けよ」
僕は素っ気なく言った。それを受け、ジョシュはムッとしたような顔をする。
「なに怒ってるんだよ。お前、昨日からちょっとおかしいぞ。暑いのは分かるがそうカリカリするなって」
そう言うと、ジョシュは肩を竦めて前を向いてしまった。
☆
放課後になると僕は部室に行って、インスタントのスパゲティーを食べる。ミートソースには塩味が聞いていて、なかなか美味しかった。
パソコンに向かうエリシアは汗でべたつくブロンドの髪を何度も掻き上げていた。その際、白い項が露わになるので、僕もドキッとする。
こう暑いと何だかムラムラしてしまう。
なので、僕はレベッカの大きな胸が見られなくなったのは残念だと馬鹿みたいなことを考えていた。
「あのレベッカがいなくなったわけね」
エリシアは胸の谷間を見せながら、扇風機の風に当たっていた。
「エリシアはちゃんと認識できてるか」
エリシアもレベッカのことを知らないわけではないのだ。
「ええ。でも、私はレベッカとはあまり親しくなかったし、リィオみたいに気に病んだりはしないわ」
ドライな奴だな。
「だよね。実は僕、密かにレベッカのことが気になってたりしたんだ」
僕は複雑な気持ちを吐露する。
「そうなの?」
「まあ、恋って感じじゃなかったけど。何ていうかレベッカって可愛いし、付き合いも長かったからさ」
思い出すのは赤い髪に良く引き締まったスレンダーな体だ。
「確かにレベッカの胸は大きかったわね。リィオもレベッカのことを想像していやらしいことをしてたんじゃないの?」
エリシアは下世話に笑った。
「そういう言い方はしないでよ」
こっちは本気で落ち込んでいるんだぞ。
「別に隠さなくたって良いでしょ。リィオくらいの年頃の男の子はみんな女の子のことばっかり考えてるって言うし」
そうかもしれないけど僕は違う。でも、目を閉じていると裸のレベッカの体ばかりが浮かんでは消えるんだよな。
彼女がいなくなってしまったというのに、こんなことばかり想像している僕は本当に最低の奴だと思う。
「良く知ってるね。保健の授業で習ったの?」
「まさか。ネットとかで調べたのよ。最近の女の子はネットでアダルトな画像や動画を集めてたりするのよ。さすがに男の子みたいに書店で堂々とエロ本を買ったりはできないから」
ネットは青少年に対する悪影響の元だな。
「でも、僕はレベッカのことを利用して、変なことなんてしてないからね」
「なら、私ではするの?」
エリシアは悪戯っぽく笑った。その笑みを見て「ああ、エリシアももう子供じゃないんだな」と思った。
小さい頃は夏休みになるとエリシアと一緒にカブトムシやクワガタを捕まえに行ったりした。
そして、その帰りに二人で無邪気に笑いながらアイスキャディーなんかも食べた。あの頃が無性に懐かしく思えるし、もう取り戻せない時間なんだなと痛感した。
「それはない」
「意地を張らないでよ。せっかく夏休みになったら、リィオには美味しいことをさせてあげようと思ってたのに」
エリシアは僕の心を擽るように言った。
「冗談だろ?」
「私の回りの女の子は結構やってるみたいよ。だから私も経験してみたくって」
僕だって経験したくないかと言ったら嘘になる。
「じゃあ、今すぐに胸とか見せてよ」
僕は挑発的に言った。
「バカッ。すぐにそういうことを言い出すから、男の子って駄目なのよ。物事には順序ってものがあるのに」
エリシアはガミガミと言い聞かせる。
「そうかい。とにかく、こんな汗の臭いが漂っている部室で変なことを言い合うのは止めよう」
僕は顔が火照るのを感じながら言った。
「そうね。まっ、そうやって腰が引けちゃうのもリィオらしいか」
エリシアは屈託なく笑うと、不意を突くように僕にキスをした。柔らかな感触が僕の唇に伝わる。
「ん」
僕は声にならない声を発し、急速に頭に血が上っていくのを感じた。
「これでレベッカのことは忘れなさいよ。あんたにはいつだってこの私がついていてあげるんだから」
エリシアは唇を放すと、しょっぱい気持ちにさせられるような笑みを浮かべた。
☆
僕は疲れた足取りで家に帰ってくると、クーラーをガンガンに効かせる。もう、夏なんていう季節は嫌だ。
僕はキンキンに冷えたコーラを飲むと、ラムネのアイスバーも食べる。少しでも気分をすっきりさせようと思って。
エリシアとのキスはさっさと忘れたかった。正直、初めてのキスは気持ち悪いとしか言いようがない。
僕は何となく冷たい墓の中で眠りたいような気持ちになる。
「何、不機嫌な顔をしているんだよ?」
ラルグはコーラを飲みながら、ピザ味のポテトチップスを食べていた。こいつは本当に暢気な奴だと思う。
「いや、これからどうすれば良いのかと思ってね」
僕はどうしたらこの町を元に戻せるのか考えあぐねていた。
「やっぱり、盗まれたモンスター避けのアミュレットを探してみるしかないだろ。それを使って魔界へのゲートを封印すれば町の人間の安全も守られるだろうし」
その話は昨日、ギルドの酒場でエリシアから聞かされた。
でも、ネットで調べる限りでは王宮はそんな事実はないと言い張っていたので、ガセネタかもしれない僕は思っていた。
なのに、ラルグはその噂は本当のことだと言い張るのだ。ただ、その根拠となるのはただの勘らしいが。
「そうだね」
何か大きな事件に繋がらなきゃ良いけど。
「ちなみに迷宮は三十階まであるが、その最下層の近くにはガルムナートのようなモンスターがウヨウヨしてるって言うぞ」
「そうなの?」
あんなモンスターがウヨウヨ現れたら、例えエルセイオンの剣の力があっても切り抜けられるものじゃないぞ。
「ああ。このままじゃいくら待っても迷宮を攻略できる奴なんて現れやしない。なら、どうしたってモンスター避けのアミュレットは必要になる」
「手に入れといて悪い代物じゃないってわけだね」
今のところ、この町に対する不安要素はそれだけだからな。
「そういうこと。あと、もし、本当にやるべき事が分からないなら、またルーシーとか言う占い師がいる店に行ったらどうだ。前に会った時は相談には乗るって言ってただろ」
ルーシーのことはすっかり忘れていた。
「そうだったね。なら、まずはルーシーの店に行くことにしよう」
僕はまた熱い日差しの下に出るのは嫌だなと思いつつも、そう言っていた。
☆
僕とラルグは地下街にあるルーシーの店に来ていた。この店の中にいると夏だということを忘れそうになるくらい肌寒くなる。
どこかクーラーとは異質な冷気が漂っている気がするのだ。なので、たちまち汗も引いていった。
「残念ながらアミュレットのことについては私にも分からない」
ルーシーは水晶玉に手を翳しながら言った。
「そうですか」
まあ、期待はしてなかった。
「だが、そういう事情なら、組織の者にも探させよう。既にこの町には組織の者が何人も潜伏しているからな」
アドナイの目の組織にはどれくらいの力があるのだろう。
もし、頼るのに値する力があるなら、もう僕のような子供がガルムナートのような恐ろしいモンスターと戦わずに済むかもしれない。
「助かります」
僕がそう言うとルーシーは重々しい言葉を発する。
「エルセイオン王国の存在は世界中で認知され始めている。しかも、あたかもこの町には元からエルセイオン王国の王都があったかのように」
ルーシーは危機感を感じさせる声で言った。
「このままではヴァークレフ・シティーが消えてなくなってしまうと言うことですか?」
だとしたら、レベッカのように消えてしまう人も増えることになる。やはり何もしないわけにはいかないということか。
「そうだ」
ルーシーは断言した。
「やっぱりその動きは止められないんでしょうか?」
本物の神様が手を貸してくれれば良いのに。
「前にも言った通り世の支配者がやることは誰にも止められん。例え神と言えども」
ルーシーは諦観の念を感じさせるように言った。
これには、なぜ、僕のような一介の中学生が、世の支配者に立ち向かわなければならないのかと憤りたくる。
「でも、僕は諦めませんよ。絶対にこの町と消えてしまった人たちを元に戻して見せます」
僕はレベッカの笑顔を思い出しながら、そう力強く言った。
「なら、我々もできる限りの事はしよう」
その言葉を聞くと、僕はルーシーの店を後にする。それから、情報を集めたければギルドの酒場に行くのが一番だとラルグに言われる。
なので、僕はギルドの酒場へと向かった。
☆
酒場には昼間にもかかわらず多くの客がいた。特に毛に覆われているせいで、暑さを苦手とするバファル族が多い。
「本当にこの席に座っていれば情報屋が現れるんだろうな」
僕は半信半疑な気持ちで尋ねた。
「ネットじゃこの席に座って、ローズマリーっていう酒を頼めば情報屋が接触してくるって書いてあったんだよ」
そのローズマリーはラルグが飲んでいる。
「ふーん」
本当にゲームみたいだ。
「ま、果報は寝て待てって言うし、とりあえず落ち着こうぜ」
そう言うとラルグは綺麗なグラスに入ったローズマリーをクイッと飲み干す。僕はチキンとポテトを食べながら待った。
すると、いきなり服を着たネズミが僕とラルグがいるテーブルの上に乗った。このネズミはオリット族だな。
「そこの坊主か。情報を買いたいって言うのは?」
オリット族の男はかなり野太い声でそう尋ねてきた。
「君は?」
もしかして、こいつが情報屋なのか。
「俺はラッド。この町じゃ名の知れた情報屋だ」
ラッドは腰に吊してある小さな剣の柄に手を置いた。まるで玩具のような剣だし、戦えるとは思えない。
「へー」
僕はとりあえずラッドをあまり見くびらないようにする。いくら人間ではないとは言え、ラッドは大人みたいだし。
「お前さん、リィオ・フォークスだろ。あの獣王ガルムナートを倒した」
ラッドは白い前歯を見せて笑った。
「そうだよ。良く知っているね」
「それくらい知らないようじゃ、とても情報屋は務まらないさ。で、何が知りたい?」
ラッドの問い掛けに、僕も顔の表情を引き締める。
「モンスター避けのアミュレットはどこにあるの?」
もし、ラットが知らなければ打つ手なしだ。
「あのアミュレットのことか」
ラッドは腕を組んでフムフムと頷いた。
「知ってるの?」
「教えても良いが二万二千ドルは頂くぞ」
その金額に僕は目を丸くした。
「たかが情報にそんなにお金を取るって言うの?」
「ガルムナートを倒して報酬を貰ったお前さんなら払えない金額じゃないだろ」
確かに今の僕なら払える金額だ。
「足下を見るにも程があるよ」
僕は目の前のネズミを肉屋に売り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
「それだけやばい情報だってことだ。それに情報は鮮度が命だ。今、俺の情報を聞いて動けばアミュレットはギリギリで取り戻せるかもしれないぞ」
ラッドは得意げに言うと言葉を続ける。
「もし、アミュレットを取り戻して王宮に渡せば二万ドルなんて目じゃない金額が貰えるだろうし」
なら、迷っている暇はないな。
「分かったよ。そういうことなら、その情報を買おう。その代わり今はお金を持ってないから、払うのは今度でも良い?」
二万ドルなんて不用意に持ち歩いてたら、強盗に遭いかねない。
「ああ。お前さんは逃げられるような人間じゃないから、そこは俺の方としても信頼させて貰う」
「じゃあ、さっそく教えてよ」
僕は急かすように言った。
「王宮はしらばくれているがアミュレットは本当に盗まれた。盗んだのはルーヴェン・モドリードっていう奴だ。どうも、そいつが誰かの依頼を受けて王宮から盗み出したらしいな」
「その誰かって?」
僕はそっちの方が気になってしまった。
「モンスター避けのアミュレットは厳重に守られていた。その守りの隙を突けるような情報をルーヴェンに渡した奴がいるんだよ」
「なるほど」
王宮に盗人と通じていた奴がいたんだな。
「そいつは王宮じゃかなり重要な立場にいると思われるな。何せアミュレットがどうやって守られているのかを知っているのはごく一部の人間だけだし。だから、俺はルーヴェンに依頼したのはそいつだと睨んでいる」
「それでルーヴェンはどこにいるの?」
ルーヴェンを捕まえて吐かせた方が早いな。
「地下街にバファル族のドルカスっていう奴が経営している武器屋がある。その店の奥にルーヴェンのねぐらがあるって聞いてるな」
「じゃあ、行ってみるよ」
ドルカスの店はすぐに見つけられるだろうか。
「あとルーヴェンは凄腕のトレジャー・ハンターだ。腕も立つし、気を付けて戦わないと返り討ちに遭うぞ」
ラッドはそう忠告をした。
☆
僕は地下街の目立たない通りにあるドルカスの店の前に来ていた。ここにルーヴェンがいると思うと緊張させられる。
とはいえ、相手がただの人間ならそこまで恐れる必要はない。
僕は狭い店の中に入ると、カウンターの前に立っているバファル族を見る。異種族と言うことを抜きにしても、見るからに強面の男だ。
「ここは子供の来る場所じゃないぞ」
男は剣呑な目で僕を見た。
「あんたがドルカスか」
僕は心を奮い立たせながら尋ねた。
「ああ」
ドルカスが眉を顰めながら言った。その手にはカウンターのすぐ横の壁にあるバトルアックスに伸びている。
「店の奥にいるルーヴェンを出して貰おうか」
僕はエルセイオンの剣を引き抜くとそう言った。
「そんな奴はいないぞ」
ドルカスはあくまで白を切る。
「誤魔化すとためにならないぞ。この店の奥にルーヴェンのねぐらがあるのは調べ済みなんだから」
僕が強引にでも店の奥に踏み込もうとすると、ドルカスは大きなバトルアックスを手にして襲いかかってきた。
「このガキ!」
ドルカスはカウンターから飛び出るとバトルアックスを振り下ろした。だが、僕はその攻撃をさらりとかわす。
が、ドルカスも負けまいとブォーンと風を切る音を鳴らしながらバトルアックスを振り回す。
僕は舞い踊るようにバトルアックスを避ける。確かに強力な一撃だが当たらなければ意味がない。
僕はドルカスが疲れるのを待ち、動きが鈍ってきたのを見てすかさずドルカスの腕を切りつけた。
するとドルカスはバトルアックスを落としてしまう。
それから、ドルカスは店の入り口の方へとじりじり後退りして最後には逃げに転じた。
僕はドルカスを追いかけるようなことはせず、慎重にカウンターの奥へと進む。するとそこには部屋があって一人の人間の男がベッドで寝ていた。
「お前がルーヴェンか?」
僕は男に剣を突きつける。すると男は軽やかな動きで立ち上がると切れ味の良さそうなナイフを手にした。
「そうだがお前は?」
男、いやルーヴェンは隙のない身のこなしで、ナイフを構える。
「僕はリィオ・フォークスだ。モンスター避けのアミュレットを返して貰うぞ」
僕は間合いを詰めながら、恫喝した。
「なら力尽くで、やってみるんだな」
ルーヴェンはナイフで斬りかかってきた。流れるように繰り出されるナイフの斬撃は見事というより他ない。
だが、僕はそれを見切ったようにかわす。
いくら手強い相手とは言え、ガルムナートを倒した僕ならルーヴェンに打ち勝つのはそれほど難しいことではない。
が、できることなら、怪我をさせずにアミュレットを取り返したい。色々と聞かなければならないこともあるしな。
なので、僕は反撃の隙を窺うようにひたすらナイフを避け続けた。
そして、ルーヴェンが焦りを見せ始めて大ぶりの攻撃をしたその瞬間、僕は力の乗った一撃をルーヴェンのナイフに叩きつけた。
するとルーヴェンのナイフはバキンッと砕け散る。これにはルーヴェンも青ざめたような顔をする。
「チッ、さすがにガルムナートを倒したガキだけのことはあるな」
ルーヴェンは痺れたであろう手を押さえる。僕は攻め急ぐことなく、ルーヴェンに歩み寄る。
「アミュレットを返せ、ルーヴェン。じゃないともっと痛い目に遭うことになるぞ」
僕はエルセイオンの剣をルーヴェンの喉元に突きつける。
もちろん、僕に無抵抗の人間を傷つける勇気なんてないから、これはただのパフォーマンスだ。
「残念ながらアミュレットはもうない」
ルーヴェンの頬から汗が垂れる。
「どういうことだ?」
口を割らないようなら、やはり少しくらいは痛い目を見て貰う必要があるかも。
「邪神を芳信する教団の奴らに売り渡しちまったよ。アミュレットを盗んで欲しいって言う依頼もそいつらから来たものだし」
そう口にしたルーヴェンの目は嘘をついてるようには見えなかった。
「そいつらはどこにいる?」
邪神って言うと、もしかしてジェハム・イールのことか。
「それはいえないな。もし言ったら、俺の方が殺されちまう」
ルーヴェンは引き攣った笑みを浮かべた。
「腕を切り落とすぞ」
僕はできるだけ怖い顔をしながら脅し付ける。すると、ルーヴェンはダラッと手をたらす。
完全に戦意を失ったらしい。
「連中は地上にある大聖堂を隠れ蓑にして、活動をしている。神官長のオリウールはその黒幕だ。だから、そこに行けばアミュレットも取り返せるかもしれないな」
ルーヴェンの言葉に僕は幼い頃に何度も連れて行かれたこの町の教会のことを思い出していた。
☆
僕はかつてカトリック系の教会のあった場所に来ていた。
だが、今、この場所にあるのはカテドラルと言っても良いような立派な建物だ。小さくはあったが温かみのある教会は影も形もない。
だが、ネットではこの町にある大聖堂はここしかないという。
僕は神秘的な服を着た人たちが出入りしている建物の中に入る。そして、荘厳な空気が漂う大聖堂へと足を踏み入れた。
するとそこには一際、立派な服を着た神官のような男と、見覚えのある男がいた。男は確かエルセイオン王国の宰相のジャハルだったはずだ。
ジャハルの顔はネットの写真で既に確認ずみだし。
僕は二人がいる祭壇の前へと歩を進める。すると二人の傍にいた僧侶のような格好をした男たちが怖い顔で僕の方に近づいてきた。
「神官長のオリウール様は現在、ジャハル宰相とお話中です。用がないなら、お引き取りください」
その言葉を聞き、僕は問答無用にエルセイオンの剣を引き抜き、僧侶のような男たちをどかせて前へと進み出る。
「用ならある。ルーヴェンから話は聞いているし、モンスター避けのアミュレットを返して貰おうか、オリウール」
僕は聖堂中に響き渡るように叫んだ。
「藪から棒に何を言い出すのかね、君は?」
オリウールは人間では消して浮かべられないような笑みで応じる。
「僕はそこにいる男が邪神ジェハム・イールだと言うことも知っている。いい加減、正体を現したらどうだ」
僕は刃を突きつけるように言った。
「ほう、そこまで知っているのか。ただの小僧ではなさそうだな」
そう言うと、オリウールの姿が見る見る内に変化していき、黒いローブを身につけた幽鬼のような顔をした化け物へと変化する。
その手には先端に水晶が突いた杖が握られている。
「私の本当の姿を見たからには生かしてはかえさんぞ。のこのこと一人でやって来た己の愚かさを呪うが良い」
オリウールはそう轟くような声を上げると、水晶が光り輝く杖を翳した。そのプレッシャーたるや鬼気迫るものがある。
幽鬼のような顔も怖い。
僕はガルムナートとは違った恐ろしさを感じながら、オリウールへと疾走する。するとオリウールは杖から光りの球を放ってきた。
恐るべき魔力が込められているのはピリピリとする肌で伝わってくる。
僕はそれを軽やかな身のこなしで避ける。だが、オリウールは頓着せずに大量の光りの球を放ってきた。
その数、十数個。
とても避けきれるものではない。
なので、僕はエルセイオンの剣の力でバリアを張った。バリアは光りの膜のように僕の回りを円形状に包み込んでいる。
光りの球がバリアの膜にぶつかって爆発する。目も眩むような光りが乱舞した。
だが、幸いにもバリアは破られなかった。それを受け、オリウールは少しだけ宙に浮かぶと、滑るように僕へと迫って来る。
そして、杖で僕の体を殴打しようとする。バリアも物理的な攻撃には弱いのか、すぐに破られてしまった。
オリウールは何度も杖を振り下ろす。杖が激突した床は粉々に砕け散った。何というパワーだ。
だが、その攻撃は決して早くなく、俊敏な動きができる僕には当たらなかった。
そして、今度は僕が迅雷の如く剣を一閃させる。
するとオリウールの杖を持っていない方の手が切り飛ばされた。これにはたまらずオリウールもグッと唸り、僕と距離を取ろうとする。
だが、僕はそれを許さず剣を振り翳しながら走り、電光石火の如き早さでオリウールに斬りかかる。
それに対し、オリウールは杖から灼熱の炎を生み出した。
その大量の炎は僕を一瞬にして包み込む。だが、僕は咄嗟にバリアを張っていたので炎は届かなかった。
だが、バリア張り方が遅かったのか、身を焦がすような凄まじい熱は感じた。
そして、歯ぎしりをするオリウールは今度は雷を呼び出す。
それは僕の頭上から振ってきて、炎を防いだせいで弱くなっていたバリアを突き破って落ちた。
だが、その地点にもはや僕はいない。もしいたら、雷によってショック死していたところだからな。
僕はオリウールのいる場所に疾風の如きスピードで迫っていた。
オリウールは必死の形相で光りの玉を乱れ打ちする。それに対抗するように僕はバリアを張りながら光りの刃を放った。
それは目にも留まらぬ早さで飛来して、オリウールの肩を切り裂く。青い血がオリウールの肩から吹き上がった。
これにはオリウールも苦悶の表情を浮かべる。
それから、膝を突いたオリウールは肩から白煙を立ち上らせながらも何とか反撃に移ろうとする。
が、その首筋にエルセイオンの剣が突きつけられた。
「ここまでだな」
僕は妙な動きをすれば首を切り落とす覚悟で言った。
「さすがエルセイオンの剣の使い手か。ジェハム・イール様ならともかく私ごときでは相手にならなかったようだな」
オリウールは肩を押さえながら、苦痛に顔を歪めている。
エルセイオンの剣は聖なる力が秘められているし、悪魔と思われるオリウールには効果か絶大だったようだ。
「命だけは助けてやる。だから、モンスター避けのアミュレットを渡せ」
例え人間ではなくても殺してしまうのは目覚めが悪い。
「良いだろう。だが、ジェハム・イール様を敵に回してただで済むと思うなよ」
オリウールはローブの裾から、綺麗な宝石が埋め込まれているアミュレットを投げて寄こした。
僕はアミュレットから伝わって来る魔力を感じて本物だと確信する。ジェハム・イールに渡る前に手に入れることができて良かった。
それから、僕は身動きが取れないオリウールを残して、その場を去ろうとする。宰相のジャハルと僧侶のような格好をした男たちは戦いの最中に姿を消していた。