第七十三話
地平線が見えた。
風が黄砂を舞い上げ、あたりは靄がかかったようになった。
しきりに吹く風は誰を呼んでいるのか。
「ひと雨くるな」
衛峰がぽつりと言った。
「え、どうしてわかるんです?」
「そりゃあ小単兄い、においでわかりますよ」
にっ、と笑い狄春が言った。
小単が口を開きかけたとき、ポツリと何かが頬をうった。
低く垂れ込めた重苦しい雲間からざぁっと雨が降ってきた。
どんどん激しくなる雨はまるで滝のようだ。
だが、誰一人として動かなかった。
地平線沿いに並んだ何百人もの馬賊たち。
馬具のひしめき、拳銃のこすれる音。
時は刻々と過ぎていった。
分厚い雨雲のためあたりは夜のように暗くなっている。
土は重く湿り、草は波の音をたてた。
「やあっ」
上がった喚声。
皆一斉に馬を駆った。
南と北から挟み撃ち。
目指すは高い塀に囲まれた堅固な邸。
「貪官汚吏を許すまじ!」
夜陰と紛うほどの漆黒の帳は人馬一体となって攻める彼らを覆い隠した。
銃声は途切れることなく馬賊たちに襲いかかる。
「うっ」
側を駆けていた狄春が落馬した。
とっさに手を伸ばそうとした小単の腕を何者かが掴んだ。
「衛二当家・・・」
衛峰は自身の馬を小単の馬にぐんと近づけ、叫んだ。
「このままでは埒が明かない。塀を飛び越えろっ!」
「えっ、どうやって・・・」
「俺が上のヤツらの気を引いている間に反対側から入り込め。おまえの跳躍力ならできるはずだ!」
小単は雨に濡れた髪を大きく掻き上げ、「はいっ」と言った。
衛峰は小単の腕を放すと、ただ一騎左へ逸れ外郭に沿って駆けた。
塀の上から乱射していた私兵は瞬時に衛峰に気づき、そちらに向かって発砲する。
衛峰とて黙って弾丸を食らう人間ではない。恐ろしい正確さと素早さで次々と私兵を撃ち落としていった。
私兵たちが彼に気を取られている間に、小単はひらりと塀に飛び上がった。
下では何百騎もの馬賊が駆け回っている。
たった一人で飛び上がってきた者に気づく余裕などなかった。
突如、死角から飛び出してきた小単に警護の兵は驚いて真っ逆さまに落ちていった。
小単は刹那に三発撃ち、みな命中した。
「閂をはずせ!」
衛峰の声が耳に入り、小単は何十メートルという高さを鷹のように飛び降りた。
塀の内側は知事お抱えの私兵で溢れかえっている。
着地と同時に残りの弾を発砲した。
皆、敵の突飛な出現に呆気にとられている。
小単は素早く閂に手をかけた。
にぶい音とともに右肩に激痛が走った。
体内で屈折した弾は上部へと抜けていった。
痛みを堪え勢いよく閂をずらす。
開け放たれた門から一斉に雪崩れ込んでくる。
知事と私兵たちは色めき立った。
小単は安堵と同時に足の力が抜けてしまい、動けなくなってしまった。
このままでは流れ込んでくる仲間の蹄に潰されてしまう。
「何ボケっとしてるのさ!」
ぐいと彼の腕を引っぱり脇へと寄せたのは狄春だった。
「あ、あれ?狄春、無事だったのかっ」
「あったりまえだろ。おいらがあんなへなちょこ弾で死ぬもんか。それより兄いは?肩を撃たれたろう?」
小単は肩をさすり、
「どうってことないさ」
と、笑った。
門を突破されたことにより私兵たちは浮き足立ち、這々の体で逃げ散っていった。
どちらが勝者か一目瞭然である。
「不正役人の首だけあげ命を乞う者は殺すな。必要以上の掠奪もしてはならん」
梁金燕は騎馬のまま言った。
門をくぐり、出てきた梁は小単と狄春に目をやった。
狄春は見栄を張ってみたものの足を撃たれ、小単に肩を貸してもらっていた。
「狄、大丈夫かね?」
「へへ、何ともありませんよ攬把」
梁は頷き小単に視線をやった。
「よくやってくれたね、小単」
にっこりと微笑み、梁は通り過ぎていった。
「勇敢に戦い死んでいった兄弟の亡骸を手厚く葬ろうではないか。鄭重に運んでやれ。では、引き上げるぞ」
先程まで降っていた雨はいつの間にかやんでいた。
黒雲は掃いたように消え去っており、秋のあたたかな陽が顔をのぞかせている。
梁一行が村の入り口までさしかかったとき、村長をはじめ何人もの村人たちが皆で出迎えに来てくれていた。
馬に揺られ疲労困憊していた仲間たちも、誇らしげな顔で村人たちに応えた。
梁は後ろを向き小単を見つめた。
「応えてやりなさい。今回の一番の功績者は君だよ、小単」
小単は驚いて梁を見返した。
横から狄春が小単を小突き、後ろからは仲間たちが囃し立てる。衛峰も笑いながらこちらを見ていた。
小単は前へ出た。
目の前には何が起ころうとも絶えることを知らない、人々の温かさとしたたかさを備えたいくつもの笑顔がある。
小単はこぼれそうな涙をこぼすまいと、空を仰いだ。
ああ、空はこんなに蒼かったのか―――!
(完)
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。




