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蒼天英雄  作者: 小波
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第六十一話

 高くそびえる天守からは、遙か遠くまで見渡すことができる。

 町は秋の色に染まっていた。

 いや、秋も終わり、冬になろうとしているのかもしれない。

 そう思えるほど、吹く風は透きとおっている。

 吐く息は仄かに白く、着物を通して冷気が体を這っていく。

 史は襟に手をやった。

 眼下に広がる城下町はくすんで見えた。

 彼は無言でそれを見つめている。

 一人の家臣が慌てて駆け込んできた。

「報せが入ったようだな」

「はっ。曠野にての合戦で敵軍の将、影井晨三は首を討たれたとのことでございます」

 史は背を向けたまま、家臣の言葉を聞いた。

「そうか」

 少し間を置き、彼は静かに言った。

 大将を討たれ、朝廷軍は統率者を失ったことになる。

 兵は乱れ、戦える状態ではなくなってしまっただろう。

 一気に攻めれば我々の勝利は決定的だ。

 だが、史の脳裏をよぎったのは勝利の瞬間ではなく、弦之介の後ろ姿であった。

 『去りたい者は去れ』。

 弦之介は家臣たちにそう言い放った。

 それがどれだけ不利なことになるか、百も承知であったろうに。

 史は自分でも気づかぬうちに、口元に笑みをにじませていた。

「あなた様はどこまで愚かしく、お優しいのだ」

 史にとって、弦之介の思いはどんな鋼よりも重かった。



「我々はどうやら戦捷したらしいな」

 天守入り口前の階段を警備していた斎藤は、うれしそうに邦田に言った。

 だが邦田は紙のように白い顔を下に向け、震えていた。

 それに気づかぬ斎藤は、一人でしゃべりまくっている。

「なあ、斎藤殿・・・」

 体の震えが声にまでうつったのだろう、邦田の声は聞き取りにくかった。

「どうした、寒いのか?」

 邦田は目をさまよわせ、ようやく斎藤に視線を合わせた。

「何故、おまえはそんなに喜べるのだ?勝てたとしても意味がないのだぞ」

「そりゃあ、まあ・・・」

 斎藤は少し困ったような顔をした。

「おまえに、話したいことがあるんだが・・・」

「何だ?」

「謀叛しよう」

「え」

 斎藤は驚いて声を発した。

 それを邦田が手で遮る。

「前々から決めていた。仲間も集まっている。俺と一緒に史を討とう!」

「い、嫌だ・・・」

「何故?!このままあいつらに従って、朝廷に屈するのか。ここでも下っ端の俺らが、朝廷からまともな官位が貰えるわけないだろうっ。それよりも、史を殺しこの城を乗っ取ろう。俺たちが天下を治めよう、な!」

「嫌だ、い、嫌だっ」

 斎藤は首を横に振った。

「おまえだって、史のヤツに恥をかかされただろう?どうして嫌なんだっ」

 邦田は必死に怒鳴った。

 斎藤も負けずに怒鳴り返す。

「それとこれとは関係ない。そんな恐ろしいことができるか!」

 そう言うと、彼は出口へ向かって歩き出した。

 邦田はここまで反対されるなどと思っていなかったので、しばし呆然としていたが、斎藤が出口へと歩いて行ったので仰天した。

「どこへ行く?ま、まさか洩らす気かっ」

 邦田は太刀を抜きはなった。

「させぬ。ぜったいに、させぬぞっ!」

 叫びながら、彼は斎藤の背中を袈裟斬りにした。

 痛みよりも驚きが先に斎藤の顔に表れた。

 なぜ?

 彼の眼は、そう告げていた。

 邦田は間髪容れずに斎藤の喉を刺し貫いた。

 心臓がばくばくと鳴った。

 邦田はそれを抑え込むように胸へ手をやり、血まみれの斎藤を見下ろした。

 血刀を放り投げ、彼は足を懸命に動かしながら城を飛び出した。

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