第五十四話
連日に渡り、城では会議が行われていた。
弦之介は上座に座り皆の様子を見つめていた。
今や彼は将軍なのだ。
もちろん、会議の内容はこれから起こる戦についてだ。
準備は整いつつある。明日にでも出発できよう。
代戸は定路の喪に服すべきだと言ったが、弦之介は首を横に振った。
そして彼は言った。
「この戦に勝とうが負けようが、俺は土地も官位も政権もみんな朝廷に返すつもりだ。したがって、おまえたちが死のうが生きようが俺は何もしてやれないことになる。それでもよいというのなら、参戦してくれ」
皆、あまりのことに騒ぎ立てもせず、しんと黙った。
己の立場を守る戦ではなく、潰す戦なのだ。
「何を血迷うておられる?正気の沙汰とは思えぬ」
邦田であった。若い面に嫌悪の黒い陰が満ちている。
「俺が血迷っているように見えるか?」
「所詮あなたは大将の器にあらず。如何せん、穢多の腹より出でし子故」
弦之介は片方の眉をはね上げた。
「穢多は人ではないと言うのか?」
「人として生きていないし、生きられない」
邦田は炯々と光る眼を向けてきた。
弦之介は淡く笑った。
「『人』として生きていないのも、生きられないのも我等武士であろう。邦田、一つ聞くが、この戦に勝ったとしたら、おまえはどうしたい?」
邦田は押し黙った。
簡単な問いのはずなのに答えられない。
幕府の権威を維持し、この国を治め続ける―――。
それ以外に何もないはずなのに。
「即答できぬのなら、無くなってしまえばよい」
弦之介は無表情だった。
「あなたは・・・」
邦田は震える声を懸命に抑え、言った。
「あなたは、どうしたいのです」
ふっ、と弦之介は目を和ませた。
まったく同じ問いをしてきたことがおかしかった。
「『人』の生きられる世にしたいのだ」
そう言った顔は、どこかさびしげであった。
彼はそれ以上口を開かなかった。
「あんまりではございませんか?」
誰かが言った。
「無意味な戦で死ねと言われるのですか?生き残ったとしても禄ももらえず、どう暮らしていけばよいのです。わたくしには妻も子もいるのですよっ」
「応戦しなければ家族をも死なすぞ。向こうには我々を殺し尽くすだけの大義名分がある。それに、俺は別に無理に死ねと言っているわけではない。生きたい者は生きればいい」
この言葉に、家臣たちは我が耳を疑った。
死にたくない者は城を去れ、そう言っているのだ。
何人もの家臣たちが立ち上がり、部屋を辞していく。
生きられるというのに、すすんで死ぬ馬鹿がいようか?
史は去っていく者たちを、冷ややかに見つめていた。
「邦田。おまえは行かぬのか?」
邦田は下を向きがたがたと震えている。
弦之介は座敷を見回した。
大半の家臣が残っていた。
皆、気づいているのだ。
変えねばならぬと。
いや、変わっていかねばならぬと。
合戦の中で死ぬことこそ、男の栄誉であり見栄である。
この時代でしか生きられぬからこそ、消えゆこうとしているこの時代の中で、痛快に己の胸の内に咲いた大輪の花を手折ろうではないか!
愚かなまでの矜持、あわれをもよおすほどの愚直さの中で生きることこそ、武士道の美学なのだ。




