第五十三話
程なくして、朝廷軍が京を出たという報せが入った。
先頭は影井晨三。そして以下六千騎という大軍だ。
歩兵も含めるとまだまだ多かろう。
対する幕府も各地方の大名に参戦するよう文を送った。だが、なかなか兵が集まらない。勝敗など目に見えていると思っているのか、詔によって徴集された討伐軍と戦うのが恐いのか。
それでも、なんとか集まった兵は八千前後。朝廷軍と拮抗した。
早朝。暁天の下を幕府軍は進軍した。
町は静かであった。
戦が起こると知り、皆逃げたのだろう。
軍は西に向かって進んだ。
城から離れなければと思ったからでもあるが、西の方には合戦に適した平野が多かった。
弦之介は先頭を行った。
心なしか、目が下を向いている。
後に付く者たちも、暗い表情をしていた。
いつから出回っていたのか定かではないが、幕府軍は朝廷軍には勝てぬという根も葉もない噂が流れた。どうってこともなさそうだが、もとから弱気であった幕府軍の士気を削ぐには充分であった。
戦は絶対の勝利を胸に描かなくては勝てぬ。
土地の利や兵力などは勝つための条件ではない。
兵士たちの心意気こそ大切なのだ。
だが、心意気を出したところで、皆の表情が好くなるわけではなかった。
なぜなら、この戦の向こうは不明であるから。
この戦をすることによって、幕府軍は己の首を絞めるのだ。
無益な戦。
愚かな戦。
弦之介はきっ、と前方を見据えた。
そう。だからこそ、美しく尊く永遠で最後なのだ。
無益であるからこそ、我々に得られるものなどないからこそ、『最後の戦』なのだ。
彼はくるりと後ろを向いた。
己に続く長い長い列。
彼のすぐ後ろに付いていた何人かの武将は、はっと息をのんだ。
弦之介の表情は輝いていた。それは、陽光を浴びているからではない。
彼は心底うれしかったのだ。
安寧と思われたこの時代の最後の最後で、こんな戦ができるということが。
得るものはない。
だが、確認することができる。
武士の本分を―――。
もっとも愚かしい戦は何かを変えるのだ。
弦之介は再び前を向いた。
心の中で、彼は思う。
己の生に意味を持たせるならば、それはこの世における終止符以外にない、と。
弦之介は蒼天を仰ぐと、やおら大声で笑い出した。
身につけている甲冑が、がちゃがちゃと鳴った。
後ろに控えていた者は、びっくりして顔を見合わせた。
そして、彼らも笑った。
愚かであることが我等の本分ではないか!
弦之介の笑い声は空を突き抜け長蛇の列に染み渡った。




