第四十四話
弦之介は静かに下を向いていた。
定路の言葉より己の心臓の喚きのほうが大きく聞こえる。
「すまなかった・・・弦之介。これを言えばどれだけおまえは傷つくか・・・そう思い、なかなか言えなかった。おまえは本当に好いやつだ。だのに、わしは兄としても父としても失格だ・・・」
弦之介は相変わらず上の空だ。
定路はやっとの思いで枕元の文箱に手を伸ばした。
蓋を開け、一枚の書状を取り出す。
「これはわしの遺言だ。わし亡き後の次期の将軍はおまえじゃ・・・!印も押してある。どうか、どうか受け取ってくれっ。弦之介・・・!!」
「お痛ましゅうござる」
あまりにもきっぱりとした物言いに定路は目を瞠った。
弦之介はすいと立ち上がり部屋を出ていこうとする。
「待ってくれ・・・!弦之介っ・・・弦之介っ!」
必死に呼び止める定路を一瞥し弦之介は部屋を出た。
他人に言われたのであれば諦めもつこう。
だが、己が真の父親だと名乗ったのは兄と思っていた人物なのだ。
何故、何故。
何故、冥土まで持って行けないのだっ!
弦之介は馬を走らせた。
濃い闇が彼の体に纏い付く。
頭上に輝く茫洋たる月は未来を照らし出してくれるのか。
―――わからぬ。
弦之介は強く頭を振った。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
誰かにすがらなくては、明日の己は確実にないということが―――