第四十三話
夜気が鋭く肌を刺す。
褐色の空に銀光をたたえた満月があった。
定路は後悔の念に押し潰されそうになった。
思いを遂げるために捜しだしたわけではない。
あまりにも勝手で軽率な行動を彼は恥じた。
つきのは身を起こすと着物を纏った。
そばで寝ていた赤子を背負うと外へ出て行こうとする。
「つきの殿・・・」
彼は思いきって声をかけた。
つきのは顔だけを定路に向けた。
月を背に立つその姿はまるで月天子のようである。
定路は彼女の後に従って外へ出た。
ひたひたと静かに歩き、向かいの小屋へ入っていく。
「つきのさんっ。祖父はたすかるんでしょうか?」
一人の女がつきのに飛び付きながら叫んだ。
小屋の中には一人の老人が寝ており、周りを何人もの穢多や非人の人々が囲んでいる。
皆暗い面持ちだ。
つきのはにこりと笑い、
「大丈夫です。昼間飲んだ薬草がよく効いています。後はあなた方がしっかりしなければ。助かるのだと信じなければだめです」
その言葉に皆の表情が和らいだ。
「つきのさん。わたしの子も診てください」
「わたしもっ」
つきのは始終笑みを絶やさなかった。
どこまでも深く慈愛に満ちた眼差しで、絶対の平等のもとに人間を誘う。
その姿はまさに真理の世界からこの穢土に降り立った如去のようだ。
駆けても駆けても果てしない荒埜なれど、空を仰げば必ずそこに月輪がある。慈愛のそのまなここそ、月に喩えるに相応しかろう。
―――なんと尊いことだろう。埜を照らす月のようなお方だ・・・。
戸口の陰で、定路は涙に噎んだ。
それから程なくして、父定盛もつきのの所在をつかんだ。
月日が経ち、彼女はまた一人子を産んだ。
定盛はたいへん喜び二人とも引き取りたいと言ったが、つきのは頑として譲らなかった。
しかし、先に生まれた方は女児だが、後から生まれた方は男児である。将軍の跡取りとしてどうしてもと土下座までしてきたので、つきのは泣く泣く男児を城へやった。
その赤子の懐に一枚の小さな鏡を忍ばせて―――。
それは別れの際、定路が贈ったものであった。
それぞれに日天子と月天子を彫り上げてある。
つきのは日天子が彫られている方を男児に託した。強い子に育ってほしいという親心からでもあるが、この赤子は定盛の子ではなく定路の子であると、それとなく定路本人に知らせるためでもあった。
城に引き取った赤子を定盛は溺愛した。己が本当の父ではないなどと毛ほども思っていないのだろう。
この愛らしい赤ん坊の真の父が誰であるか知る者は、定路とつきのだけであった。




