第四十二話
定路のとった行動が功を奏したのは秋も終わり冬も過ぎた頃であった。
つきのは先の災害で家を流され家族とも別れ別れになってしまっていた。
宿を失った穢多非人が増加したため、幕府は各土地の非人寄場にすこしずつ彼らを収容させた。それでも数が足りず、野宿を余儀なくされた者もいるほどだ。
この際新しく人別帳が作られ定路は目から血が出るほど調べたが、つきのの名はどこにもなかった。
それもそのはず、彼女が住んでいた部落そのものが不法なものであったし、今回の人別帳制作の際もどこの寄場にも収容されなかったのだ。
定路はすべての寄場から辛うじて流されずにすんだ部落まで調べ、野非人の集団の中まで捜し回るという必死さだった。
そして、ついに見つけたのだ。
小屋ともつかぬものがぽつりぽつりと建っているその中の一軒に、彼女はいた。
「つきの殿!」
定路はうれしさのあまり泣きながら少女を呼んだ。
つきのは名を呼ばれたことに気付かず、しばらく下を向いていたがゆっくりと白い顔を上げた。
駆け寄ろうとした定路は少女の腕の中のそれを見て立ち止まった。
なんと、つきのはこれ程の大災害の中流産することもなく赤子を産み落としていたのだ。
元気とは言いがたいが、その赤ん坊は健やかな寝息をたてていた。
「つきの殿・・・」
定路は力なく繰り返した。
唐突に訪ねてきたこの青年を、つきのは憶えていた。
「あなたは将軍の・・・」
定路は少女の前までくるとがくりと膝をついた。
何を言ってよいのかわからなかった。
そして、口をついて出てきた言葉が、
「私に、謝らせてください」
この一言につきのは驚いて大きな目をさらに見開いた。
口元に悲しげな笑みが宿る。
「なにを謝るのです。なにに謝るのです。わたしにですか?乱暴したことをですか?」
定路は黙ったままだ。
「そんなことのために、ここまで来たのですか?だったら、わたしの方こそ謝らなければなりません。わたしは、何一つ恨んでなんかいないんですもの。あなたも、将軍様も」
「ちがいます、私は・・・」
定路は次の言葉を飲み込んだ。
少女の表情にことさら変化があったわけではない。言い募ろうとした彼を見やり、首をほんの少し傾けただけである。
だが定路はこの言葉の先を言ってはならぬと思ったのだ。
つきのは定路の言いたかったことが解ったのか、柳眉を少し寄せた。
「おごってはいけませんよ。それはとても愚かなことです。わたしはあなたが思っているほど不幸でも憐れでもありません。それでも謝りたいと言うのなら、そうするべき相手と事柄がちがいます」
少女はどこまでも静かであった。
やつれた様はこの世のものならぬ美しさである。
定路は少女を掻き抱いた。
その甘い唇に、己の唇を重ねた。
つきのは抵抗しなかった。
粛々とすべてを受け入れた。




