第三十三話
ついつい見惚れてしまった弦之介の目と槐の目とが合った。
弦之介は慌てて下を向いたが、槐はにこりと笑った。
「あら」
槐は目敏く弦之介の袴の綻びを見つけた。
先程転んだ際にできたものであろう。
「助けていただいたというのに、何もしてさし上げることがないとあっては非礼の極み。せめて、若君の袴の綻びを縫ってさし上げたく思います」
弦之介は結構ですと何度も言ったが結局折れて、おとなしく槐の後に従った。
通されたのは六畳ほどの部屋であった。
裏庭に面した窓から花菖蒲の鮮やかな紫が見える。
槐が差し出したのは真新しい黒の袴であった。
史のために縫ったものなのだろうかと思うと、複雑な気持ちにならざるをえない。
それでも弦之介はにこやかに微笑み、脇差を槐に渡すと袴を受け取った。
その時であった。
鋭い音とともに一閃したもの―――
一本の征矢であった。
窓に背を向けていた弦之介はとっさに振り向いた。
十三束三伏はあろうかと思われるその矢は、すさまじい音をたてながら弦之介の左胸に吸い込まれた。
にぶい音とともに箆被のところまで深々と彼の肉に食い込んだ。
「弦之介様!!」
槐は悲鳴をあげた。
弦之介は後方へ倒れ込んだ。
悲鳴を聞きつけ黒田たちが駆けつける。
右近は素早く窓の障子を閉めた。
黒田はいささか動揺の色を示したが、強いてそれをおさえ外に飛び出そうとした。




