第二十七話
「殿、代戸にございます。弦之介様がお帰りになられました」
明かり障子の前に座し、代戸はゆっくりと言った。
しばらくして、
「何、弦之介とな?」
となんとも間延びた声が返ってきた。
代戸はちらりと横を見やり、弦之介の顔を見やるとこくりと頷いた。
弦之介は躄ると障子をすっと開け放った。
何とも甘い香りが鼻をつく。
部屋の中央で定路は萩の君に酌をさせながら酒を飲んでいた。
淫らに女の膝に身を預けながらその白い足を弄ぶ兄を見やり、あからさまな嫌悪の色が弦之介の顔を走り抜けた。
定路は弟のそんな様子を気にするふうもなく、酒を飲み続けている。
「兄上」
弦之介は呼んだ。
「兄上!」
「そのように大きな声を出さずとも聞こえておる。何年も音沙汰がないので心配したぞ。おおっ?!おまえ、腕はどうしたのじゃ腕は」
「斬られましてございます」
「誰に」
この質問に弦之介はぐっと詰まった。
あの男などと言えるわけがない。
黒田や右近の話しによると、この兄は史に全幅の信頼を寄せているらしい。
城に入り家臣達の様子からそれが本当らしいとわかった。
「まあよい」
定路は興味がないというように手で遮った。そして自分が手にしていた盃を弦之介の方へやると、
「何はともあれ無事だったことを祝そうではないか。わしの盃を受けてくれ、弦之介」
と言った。
弦之介は盃をもらい受けると、酌をしようとした萩の君から瓶子を奪い自らそこになみなみと注いだ。
ぐいと一息にあおる。
「兄上、今まで迷惑をかけ申した。これからは兄上に悌を尽くしまする」
一気にしゃべり一礼すると彼はその場を辞退した。