第二十五話
風が吹くたびに饐えた臭いが鼻をつき吐き気さえもよおす。
彼は足早にそこを去った。
途中幾度となく非人に呼び止められたがなんとか振り切った。
道すがらおびただしい死体を見たがさすがに動揺はしなかった。しかし胸がきりりと痛んだのは否めない。
「お嫌になりましたか」
柳の葉が柔らかく揺れている川のほとりで、響四郎は弦之介に尋ねた。
弦之介は答えなかった。完膚無きまでに打ちのめされた。
俺が今まで見てきたことは何だったのだ。
広大な大陸で何を見たのだ。
私腹を肥やす役人。飢えと疫病で死にゆく人々。民のために命さえ捨てると言った梁金燕と仲間達。
梁の一言だったのではなかったか。
俺を奮い立たせたのは―――
民あってこその国家なのだ。政は民のためにするもの。
天の下では万物平等。
いつか言っていた梁の言葉が響き渡った。
それを知らしめんがために俺がいる。
この日本に知らしめるのはこの俺だ。
弦之介はゆっくりと響四郎の方を見た。
「嫌になど誰がなる?」
そう言って彼はにこりと笑った。
新しきをはじめるために、古きをおわらせるのが俺の務めだ。
弦之介が城に着いたのは陽もだいぶ傾いた頃であった。
突如何の前触れもなく城門の前に立った彼に見張りの者は仰天した。
急いで門が開けられる。弦之介は悠々と城門を跨いだのだった。
「なに?」
そう言って眉根を寄せたのは老中史義久である。
今頃何をおめおめと帰ってきたのだ。
「挨拶に行かれたほうがよろしいのではありませんか?」
そう言う部下を一瞥し、彼は走らせていた筆を置いた。




