第二話
「小単、何やってるの。あなたは何をやらせても駄目ね。薪も割れないわけ?」
そう言って怒鳴るのはここの料理屋の娘金聖花である。
「でも聖花さん・・・こんな大きな鉈、両手じゃないと扱えません。僕・・・この通り片腕だから・・・」
「何言ってるの。あなた男でしょう。鉈くらい片手で持ちなさいよ」
聖花はああもう、という感じで溜息をついた。
小単はいつもおどおどとしている。何をやっても失敗ばかりで物覚えも悪い。買い出しに行けば村の子供にまで馬鹿にされる始末だ。そのせいで彼は聖花に怒られてばかりいた。
「すみません僕、役に立たなくて・・・その、置いてもらってるのに」
「少しでもありがたいと思っているのなら態度で示してほしいものだわ」
「聖花、あまりきついことを言うものじゃないよ」
「あら兄さん。本当のことじゃない」
彼女の兄でこの店の主人、賓だ。彼は人が良いことで村では誰からでも好かれていた。
賓、聖花兄妹と老母の三人で店を切り盛りしている。
数年前父を病で亡くし母江が後を受け継いだのだが、慣れない仕事でついに夫と同じ病にかかってしまったのである。そこで長男の賓が店主となったのだ。
しかし町はずれにある小さな村の飯屋に来る客などたかが知れている。母の病も日に日に悪くなるので、聖花も町へ働きに出たのだった。
小さい頃から調理道具と慣れ親しんでいたお陰でなんとか一軒の饅頭屋に雇ってもらうことができた。
早速稼いだお金で母の薬を買わなければと道を急いでいると、港に大きな船が二三隻停まっている。どうやら西洋の船らしい。
支那人の商人も多数見えたので、病に効く薬があるなら少量でいいから分けてもらおうと思い近づこうとした時、左手の路地に人影がうごめいた。
顔面蒼白、こけた頬や落ち窪んだ眼の鋭さ物凄いこと極まりない。右腕は付け根から無く、その傷口は何日も放置されていたのだろう蛆が湧き腐臭を放っていた。
聖花は何を思ったのかこの少年を連れて帰ったのだった。
傷の手当てをし、手厚く看病する中少年は何日も眠り続けた。そして五日目に目覚めたときすべての記憶をなくしてしまっていたのだ。
少年は流暢な支那語を話した。だが故郷や名前は一切思い出せなかった。
気の良い江や賓は不憫と思いこの家に引き留めさせたのだった。
聖花は彼に小単と名前をつけた。腕が一本しかないという理由からだ。
少年は笑ってそれを自分の名にした。
「小単、もう薪割りはいいから水を汲んできてよ。本当にあなたって役立たずね」
「すみません・・・」
青年はしょんぼりしながら井戸の方へ歩いていった。