第十八話
夜もだいぶ更けたろう。港町にある宿の一室で弦之介は食い入るように一振りの刀を見つめていた。
刀身は不気味なほど長く、心なしか光沢が鈍く感じられる。
右腕がちくりと痛んだ気がしたので彼は刀を鞘に戻した。
「この刀は折れたはずだが?」
「はい。若君をお助けした際、私が拾い集め鍛え直したのでございます。切れ味は前と変わっていないものと思いますが」
弦之介は無言で長刀を卓の上に置いた。
そうしなければ無様に指が震え刀を鞘ごと落としてしまっただろう。
黒田とて主君のそんな様子にはとうに気付いている。
だがあえて「切れ味は変わっていない」と言ったのだ。――――――切れ味を確かめろ、と。
刀は俺を裏切った。
そう思っていた。
血だまりの中で、記憶の交錯する中で――――――。
しかし、それはまちがいなのではないか。
己が先に刀を裏切ったのではなかったか。
弦之介は勢いよく鞘を払った。
信じよ、己を。
過信するのではなくありのままを受け止めよ。
そして時節に乗るのだ。
運を我が掌中に!
弦之介は舞った。
これ程の長刀を片腕で操るのは難しい。
だがこれは武器ではない。人を殺めるための牙でもない。彼の分身、いや彼自信なのだ。己の血肉であり骨であるものを操れぬわけがない。
信じよ、すべてを。
光りが一閃した直後、室内は真っ暗になった。
すぐに灯がともされる。
鋭利なる輝きを放つ刀身が巻き起こした疾風は蝋燭の火をかき消したのだ。
「見事な太刀さばきにございます」
「黒田、明朝に出発するぞ。なおあの娘は置いてゆく。よいな」
「し、しかし・・・」
弦之介は食指を口元へもっていった。聞こえるぞという意味だ。
隣室で休んでいる彼女に聞こえようが聞こえまいがどうでもいいのだが、彼は思わずそうした素振りをしてしまった。
恋などすべきではない。
弦之介は刀をゆっくりと鞘に戻した。