第十六話
異国との軋轢と朝廷との不仲のために起こる問題のしわ寄せはすべて抵抗なき国民にくるのだ。
暗君と呼んで然るべき定路の苛政に光りを当てたのが史義久である。彼は老中史君親の一子で若いながら文官としての才能があった。
いつ綻びが生じてもよいこの組織をどうにか繋ぎ止めてこれたのも、偏に彼の判断力と状況を見る目の鋭さ、そして天稟だろう。
父の死後は皆の推薦もあって老中に就き、畏敬の念で皆はこの若き天才を支えた。
こうして次第に政治の中心は史義久に移っていったのだ。
邪魔者は彼の一声で首が飛ぶ。
そんな中に数少ない味方がいるにせよ、弦之介を置くのは黒田にはためらわれた。
そこで彼は弦之介をイギリスの商船に乗せたのだ。
開国に反対だった彼もこの時ばかりは異国の船が日本の港に停泊していてくれたのを喜んだ。これで若い主君は助かる。
この少年だけが明日の希望なのだ。
黒田は出航するその時まで主君の看護に努め、ゆるゆると去っていく船を遠く離れた岬の上から見送っていたのだった。
辺りはしんと静まりかえっている。
その空間の中に黒田と聖花は焚き火を囲いながら座っていた。
「お嬢ちゃん、そろそろ眠ったらどうかね。そんなんじゃ明日保たないよ」
「寝たければ先に寝ればいいわ。あたしはまだこうしているから」
黒田は溜息をついた。
「あんたが家を飛び出し儂に付いて旅をするようになって半年だ。女の身でたいしたものだと思う。だが、今更若君に会ってどうなるというのだ。このまま家に帰り親に孝を尽くし、良い男に嫁ぐのが身のためだと思うが・・・」
「たしかにそうした方が幸せになれるわ、でも、でも・・・・。どうにもならないことくらい分かってるわよっ!あたしは黙って出ていった小単が許せないのよ。何者だってかまわなかった、そうよ・・・たとえ――――――」
聖花は一瞬言葉を切り、強い眼差しで黒田を見た。
「――――――たとえ東洋だろうが、心に想う人がいようが」
黒田はどうしたものかと夜空を見上げた。
たぶん今も弦之介の心は彼の君にあるだろう。だが、彼の君の心は弦之介を見てはいないのだ。
恋うても恋うても想われぬこの少女が憐われだった。
――――――若君・・・。
彼は呟きごろりと横になった。
空気は澄んでいるというのに星一つ見えなかった。